第3話

 全17項目ある「持続可能な開発目標」の半分以上に対応した、人類の夢のような味方ブレイクスルー・マシン

 動力の100%を再生可能エネルギーでまかない、車体には再生資源を99%使用。

 AIが運転、分別、収集を自動的に行う、国産のゴミ収集車――それが《SDGsUSエスディージーザス》だ。

 今や日本各地に配備されてやがる。2030年を迎えたときに、果たして何体のゴミ人間があのサスティナブル野郎をばかにしていられるのやら。俺の見立てじゃ全滅だな。

 ゴミ人間が生き残る方法はふたつある。

 エリートの仲間入りを果たすか、《SDGsUSエスディージーザス》がいない世界へ脱出するか、だ。

 俺は後者を選んだ。だからジャンク船をクラフトしようと、日々、クリーンな街を駆けずり回ってる。

 ところが、俺の仲間はこのざまだ。

『わたしは行かない。これまでだって、エリートの情報で動いてたって知ってたら、そのときは手伝わずにいたと思う』

『クロックおじいさんがまた、夢に出てきまして……はぁぁぁ……』

 結局、アカネは例の袋小路へのジャンク品集めを拒否。

 チュウベエのほうは、俺が「クロックの死を無駄にするな」と発破をかけて、ついてくるように仕向けた。ちょろいもんだぜ。

 ――てなわけで、ひじりのよこした板ガムの色と枚数から、次の燃やせるゴミの日にジャンク品が不法投棄されると読んだ俺は、ほかの同類ゴミどもにられないよう、当日はいつもどおりの夕方から動きだした。

「まぁた燃やせるゴミの日ですかぁ……」

「今さらるんじゃねえよ」

 俺はチュウベエを横目でにらみつつ、車道と歩道をまっすぐ等間隔に照らす丸い明かりを小走りに踏んでいく。

 目的地の袋小路だが、自分てめえの脚じゃさすがに遠い。

 荷物持ちチュウベエの体力温存を思えば、時間を多めに使うぐらいはしょうがねえ。

 それに、不法投棄のジャンク品が横取りされねえ限りは、かえって好都合だ。

「でもですよぉ? リターさん。《SDGsUSエスディージーザス》に見つかったらまた追われますし、『どうしてあんなところで《SDGsUSエスディージーザス》が騒いでるんだ?』って、ジャンク品集めしてるほかの人に不審がられるんじゃないです?」

同類ゴミどもが嗅ぎつける前に、俺たちが不法投棄されたジャンク品を手に入れりゃいいんだ」

「《SDGsUSエスディージーザス》については?」

「喜べよチュウベエ。策を用意した」

「本当ですかぁ!? やったぁ!」

「なあおい、そろそろじゃなかったか?」

「向かってふたつ目の十字路を左に曲がったところです」

「よっし」

 はやる気持ちを抑え、俺はチュウベエと揃っててんろうの隙間に足を踏み入れた。

「……デパートの見本市かよ」

 ジャンク品だなんてとんでもねえ。いったいどこから運んできたんだって、ぽかんとさせられる物体が目に飛び込んできた。

 その正体は、アスファルトの上にびっしり並べられた、大量のアタッシュケースだ。

「ひゃぁぁぁ!? アルミでしょうか!? どれもジャンク品と呼ぶのがもったいないぐらいの状態ですねぇ!」

「ガワはともかく、中身はジャンク品にふさわしいもんばかりみてえだがな」

 俺はアタッシュケースのうちひとつを確かめてから言った。

「不法投棄されるわけだぜ。大昔の銃に、折れた刀……っと、こっちの注射器は薬物の乱用ヤクづけに使われたやつかねえ。じゃなきゃ医療廃棄物としてまっとうに捨ててるはずだ」

「うへぇ、こっちには黒ずんだ器やらナイフやらがぎっしりと……これ全部持っていくんですかぁ?」

「ったりめえだ。銀食器だったらどうする」

「ぎぎ、銀ですってぇ!? そんなの、ジャンク品どころかアンティーク品ですよぉ!?」

「銃といい、注射器といい、ここにあるものみんな、世間様の前にお出しできねえいわくつきのがらくたおたからなんだろうよ。ジャンク品じゃなけりゃなんだってんだ」

「はぇぇぇ……」

「なんであれ、法が裁こうともしないものゴミにんげん同士の闇取引には使えるな。けっ、ありがてえこった」

 俺は不法投棄のジャンク品に目を落とす。

「チュウベエ、お前はアタッシュケースの重さを見つつ、バックパックにありったけ詰めろ」

 そう指示を出したが、しかし、チュウベエからの返事がない。

「おい、チュウベエ。呆けてんじゃねえぞ?」

「…………」

「チュウベエ!」

「……リターさん、上、上ぇ……!」

「あん?」

『――今日ハ、燃ヤセルごみノ、収集日デス――』

 俺はびっくりしすぎて、のけぞるようにしりもちをついてしまった。

「ドローンユニット……!? 《SDGsUSエスディージーザス》も近いか……!?」

「まずいですよ!?」

「とにかく詰めてけ! すぐにずらかるぞ!」

 想定より見つかるのが早い。くそ、どう時間を稼ぐ?

「……こりゃ出し惜しみはなしだな」

 俺は手の届くアタッシュケースを開けまくり、一瞬の認知と直感でジャンク品を次々つかんでいく。この際だ。持ってきたガムを接着剤にして、武器のひとつでもクラフトしよう。

「リターさん! 行きましょう!」

「ああ、チュウベエ! がらくたおたからの重さでひっくり返るなよ!」

 俺は取るものも取りあえず、チュウベエともども走りだした。

『――今日ハ、燃ヤセルごみノ、収集日デス――』

「《SDGsUSエスディージーザス》だぁぁぁ!?」

「通り抜けるぞ!」

「アームに捕まるのではぁ!?」

「策はある! 行け!」

 言いながらに俺は《SDGsUSエスディージーザス》の車体から伸びるアームめがけて、ついさっきクラフトした粘着爆弾――膨張したリチウムイオン電池にガムをくっつけたものだ――をぶん投げた。

 俺はさらに折れた刀をぶん投げて、心の中で「当たれ」と念じる。

 アームにくっついた粘着爆弾はそのままじゃ爆発しない。

 必要なのは、強い衝撃だった。

「うぉぉぉ!?」

 チュウベエの頭上で、赤、緑、黄色、青――錯覚をも含んでいよう光がひらめくのに相前後して、音と火花が大きくはじける。

 やったぜ。粘着爆弾の爆発で、アームは手首の部位から《SDGsUSエスディージーザス》と泣き別れになり、折れた刀は引き金の役を終え、ちりぢりばらばらの星となった。

SDGsUSエスディージーザス》一台はこれでほぼ無力化できた。つっても、やつらはこの街に何台もいる。

 ――ぶっちゃけちまうと、まあ、

「リターさん! リターさぁん!」

 虎の子のクラフトアイテムを使ったあとは、しゃにむに逃げるしかねえってわけだ。

「なんで、またぁ……マンホールのとこに逃げないんですかぁ!?」

「お前のバックパックが入るなら、とっくの昔に向かってらあ!」

「置いてけばいいでしょう!?」

「言わせんな! ……ぜえ、はあ……」

『――今日ハ、燃ヤセルごみノ、収集日デス――』

『――今日ハ、燃ヤセルごみノ、収集日デス――』

「どんどん集まってきてませんかぁ!?」

「構うな、曲がれ!」

「ああ、脚がぁぁぁ……脚がもつれるぅぅぅ……」

「あれから1時間36分……もうすぐだ、もうすぐなんだ」

「もうすぐって、なにが始まるんです!?」

『――今日ハ、燃ヤセルごみノ、収集日デス――』

「うわっ――わぁぁぁ!?」

「チュウベエ!」

 累計4台目となる《SDGsUSエスディージーザス》が十字路の死角からひょっこり出てきた拍子に、チュウベエのバックパックをアームでわしづかみにした。

「いやだぁぁぁ!! 死にたくなぁぁぁい!!」

「手え挙げろ!」

 俺は腕を力いっぱい振り下ろし、先端が輪になったロープをチュウベエの腕にかけた。

「ロープを外れないようにしろ! こうなりゃやけだ!」

「リターさん、なにを!?」

「……間に合ってくれよ!」

 振り返った先には、時速13キロでいやみったらしく迫る《SDGsUSエスディージーザス》がもう2台。

 俺はそいつらに駆け寄り、わざとアームに捕まってやった。

『――今日ハ、燃ヤセルごみノ、収集日デス――』

 2台の《SDGsUSエスディージーザス》が俺とチュウベエを食おうとする。

 もっとも、互いに向かい合ったまま、それぞれの口にアームを近づけたんじゃ食えっこねえ。

 ぴんと張った一本のロープが、ゴミ人間ふたりの命綱になってるんだからなあ。

「り、リターさん! 腕が、い、いだだだぁぁぁ……!?」

「……10、9……」

 俺の握りしめるロープがじわじわと細まり、真ん中あたりの繊維を一本、また一本と逆立てていく。

「あっ!? ロープがちぎれそう!? 助けてリターさぁん!」

「……6、5……」

「リターさんってばぁぁぁ!!」

「……3、2……!」

『――今日ハ』

 クロックの形見うでどけいが、午前0時を刻んだ瞬間だった。

『――燃ヤセルごみノ、収集日――』

SDGsUSエスディージーザス》どもが、俺とチュウベエをアームから解き放つ。

 さっきまでとは打って変わって、丁重なアームさばきだ。

「……間に合ったあ……」

 地にふたたび足がつき、俺は天を仰いでいた。

「リター、さん……? これはいったい?」

「言ったろ。策を用意したって」

 よろよろ近づいてくるチュウベエに向かって、俺は左腕を突き出してみせる。

「『燃やせるゴミの収集日を、日付が変わるまで逃げまくる』――現場の判断で好き勝手やれる人間が相手じゃ、そうそう通じねえけどな」

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