第2話

 ジャンク品集めは夜がいい。

 朝はだめだ。高度な社会で活躍してるエリート様が、意気揚々と出社する時間だ。気まぐれにつばを吐きかけられちゃたまんねえぜ。

 昼もだめだ。ビル、ビル、ビルのこの街じゃ、昼休憩してるエリート様に見つかっちまう。最近の窓ガラスはだいたいマジックミラーなんだよ。

 そこで夜だ。エリート様の残業なんか聞いたことねえし、出歩く仕事はAI搭載型のロボットがやっている。

 そのロボットだが、こっちがパーツをもぎ取ろうとさえしなきゃ、かわいいもんだ。《SDGsUSエスディージーザス》やゴミ探し用の全自動小型飛行子機ドローンユニットと違って、ゴミ収集はかんかつがいだからな。

 じゃあ夕方いまは?

 答えは「ぎりぎりセーフ」だ。

 エリート様も人間――いや、エリート様人間なんだ。仕事で疲れて、ようやく帰れるってところでゴミを見つけても、そうそう構いやしねえだろう。

『――今日ハ、燃ヤセナイごみノ、収集日デス――』

 24時間稼働している《SDGsUSエスディージーザス》は、今日も今日とてゴミにご執心だ。仕事熱心ワーホリかよ。

「とっとと消えろ」

「そうだそうだ」

「ほっときなさいよ」

 大きな十字路の曲がり角でたむろしていた俺たちは、《SDGsUSエスディージーザス》のケツを見送りながらめいめいにつぶやいた。

 右から順に、俺、チュウベエ、そしてアカネだ。

「……ごめんねクロックさん。元花屋のくせに、お花の一輪も手向けてあげられなくって」

「嘆くなよアカネ。お前は社会の求めに応じて、自らおこした店をつぶしたんだ。『持続可能な開発目標』への立派なこうけんだぜ?」

「フラワーロスをなくしたいって思っただけよ!」

「あでっ!? っか~……殴るこたあねえだろ」

「ねえ、リターは知ってる? 最近のお花はほとんどバーチャルなんだって」

 アカネは街灯に寄りかかる。

「立体映像のまわりに香りを漂わせて、それでみんなが喜んで観賞するの。これじゃフラワーロスをなくすより先に、本物のお花そのものがなくなっちゃいそう。現代人にとって、枯れるものは持続可能サスティナブルじゃないから」

「枯らすくらいなら、揚げて食っちまえばいいのになあ」

「ばか」

「ま、そう腐るなよ」俺はクロックの形見うでどけいを見る。「じきに日没だ。同類ゴミどもが目覚めだす。ぼちぼち行こうぜ」

「もうそんな時間? 腕時計って便利ねー」

「日時計についての知識があったら、僕たちにもすぐに時間がわかるんですけどねぇ」

「こんな都市部で、そう簡単にできるもんかねえ」

 俺はチュウベエにあきれながら、青信号に照らされた横断歩道へとつま先を向ける。

 するとそのとき、横断歩道の前で一時停止していたバスが、窓を一枚、電動の速度で下ろした。

「――感心しました。人間としての格を失っても、交通ルールは守れますのね」

ひじり!?」

 開いた窓から話しかけてきた赤めがねの幼なじみに、俺はたまらず視線を上向かせる。

 なるほど、これは企業送迎バスか。しかもよりによって、俺をとしてエリートになった女が乗っていたとはなあ。

「ちっ! とんだやくだぜ」

「いとわしいなら早寝なさい。日付は万物にまたげましてよ」

「こちとら夜勤なんだよ」

「お気の毒様ね、あきら

森田明をゴミ人間扱いすんないまのおれはリターだ、このハゲ!」

もうです! もうひじり!」

 聖は鋭く息をつき、俺から鋭く目をそらす。

「まったく……故意の言い間違いは感心しませんよ」

「お互い様だぜ、エリートさんよお?」

「わたくしにもの申すなら、まずはそのをどうにかなさい」

 聖はそう鋭く返すと、俺に板ガムを鋭く投げてよこしてきた。

 直後にバスが鋭く発進したために、板ガムそれが俺への皮肉を含んでいると気づいたときには、文句ひとつ届きそうになかった。

「ぐんぬぬ……ばかにしやがってえ……」

「水筒でもしゃぶってろってんですよぉ!」

「あんな幼なじみ、ほっとけばよかったのに。ゴミ人間とエリートじゃ住む世界が違うんだし、話にならないでしょ」

「いや、そうも……いかなくってよひははふっへほ

 俺は板ガムの包み紙を開いて、アカネに見せた。

なんて書いてあるかはんへはいへはふは、わかるか?」

「数字に、ローマ字に……漢字? ……組み合わせたら、メッセージになる?」

「見てみろチュウベエ。元運送屋のお前なら、わかんだろははんはほ

「それじゃ失礼しまして」

 首をかしげたアカネの後ろから、チュウベエが包み紙をのぞく。

「あぁはいはい、この街の住所ですねぇ。北西あたりの。ただ、ずいぶん省略されてますので、これじゃまるで暗号だぁ」

そいつはほいふは……プッ! ちっとばかし大げさだぜ」

「やだっ、食べたガムをふつう手の中に吐き出す?」

合成クラフト素材になるだろ。ゴミにだって、作る責任、使う責任があんだよ」

「わたしなら絶っ対に使わないわ!」

「へーいへいっと。言われるまでもねえ。お前に頼むのはもっと細けえやつだけだ」

 俺は食べ終わった板ガムをえきで湿らせてから、包み紙に包んだ。

「ところでリターさん、その住所はなんなんです?」

「宝のありかさ」

「つまりはジャンク品の?」

「ああ」

「まっさかぁ。あんなふくろこうにゴミステーションが置かれてるだとか、置かれる予定だなんて、聞いたことないですよぉ?」

「おいおいチュウベエ、ゴミがお行儀よくゴミ箱に収まるたあ限らねえぜ?」

「えっ、じゃあ……不法投棄ぃ!?」

「口が堅いやつを雇えばいくらでもできらあ。それに不法投棄の現場を監視カメラやドローンユニットに見られなきゃ、真相は《SDGsUSエスディージーザス》の腹ん中だしな」

「さっきの人、エリートなんですよねぇ? どうしてそんな、ハイリスクなことを……」

「さぞかしご大層な目的ありきだろうよ。なあに、あっちが俺たちを利用しようってんなら、こっちもあいつを利用してやるだけだ」

 だいたい、こんなことは昨日今日に始まったわけじゃねえ。当たり外れもまちまちだった。

 なまじもうけ口になるもんだから、憎むに憎みきれねえんだよなあ。あのハゲ。

「とりあえず行くってことで。いいな?」

「簡単に言わないでよ」

 アカネが不満げに割り込んだ。

「たきつけられたゴミはよく燃えるって、エリートはよくわかってるはずよ。わたしたちの居場所、持ち物、権利のすべてを焼き捨てたんだから。チュウベエだって忘れてないでしょ?」

「アカネさん……」

「幼なじみとか抜きにして、答えてよ、リター。ゴミ人間がこの期に及んで、あんな人エリートを信じていいの?」

「……信じようが信じまいが、うまい話にゃ乗るっきゃねえ。ジャンク船きぼうをクラフトできるまで、あと少しなんだ」

 俺は沈む太陽に向かって言った。

 その先の、海の向こうにあるであろう、誰ひとり取り残さないSDGsUSがいない世界を思いながら。

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