SDGsUS《サスティナブル・デベロップメント・ゴールズ・アルティメット・システム》

水白 建人

第1話

 あの世で爆笑するソクラテスが目に浮かぶようだぜ。

 高度な社会じゃ役に立てないを、合法的にゴミ扱いできる時代になっちまったんだからなあ。

『――今日ハ、燃ヤセルごみノ、収集日デス――』

「けっ! 天下のAI様が、ばかのひとつ覚えかよ」

 俺はがらんとした夜の車道をぜえぜえ走りながら、死んだカラスを後ろに捨てた。そいつはもはやゴミだ。大口を開け、時速13キロでいやみったらしく追ってくる全自動ゴミ収集車――《SDGsUSエスディージーザス》が収集しないわけがねえ。

 車体から伸ばしたアームで死んだカラスをつかみ、

『――今日ハ、燃ヤセルごみノ、収集日デス――』

 無造作に食っては、またこれだ。日本生まれの自動機械オートマタなら、神妙に足止めて、ぶつだのなんだの唱えやがれってんだ。

 くそ、額の汗が目にしみる。

 エコロジーな街灯がぎらついて見えらあ。

「リターさん! リターさぁん!」

 俺の隣を走るお調子者の男、チュウベエがわめく。

「歯車、カッター、一斗缶! おんぼろだらけのジャンク品はもう充ぅ分に集めたでしょぉ!? なんでマンホールのとこに逃げないんですかぁ!?」

「取りこぼしがあるかもしれねえだろ」

「置いとけばいいでしょう!? 燃やせるゴミの日に《SDGsUSエスディージーザス》が収集するとでも!?」

「ほかの同類ゴミどもに奪われちまうじゃねえか!」

「今日は2人も収集されてるのにぃ!?」

「じゃあ聞くけどよチュウベエ、人権すら奪われたやつらになにが残ってる? ……なんにもねえよ! あるもんか! だから手の届くがらくたおたからに目がくらむ!」

「ひぃぃぃん……日本はもうおしまいだぁぁぁ!」

「おう、泣け泣け。泣いて走れ。涙の分だけ身軽になれるぜ」

 俺は先端が輪になったロープをカウボーイよろしく投げて、わき道に続く曲がり角に立てかけられていた傘――布がめくれて、骨も数本折れてやがる――の柄に引っかけた。

 すかさず両手を胸もとでぐるぐる回せば、さあお立ち会い、あら不思議。俺が走るのより速く、傘が俺の手に抱きついてきた。

「こいつもおまけだ、お前のバックパックに突っ込んどいてやるよ」

「なんでそんなものまでぇ……ああっ! 見てください!」

 チュウベエが前方に指をさす。見れば、20メーターもないぐらいの距離に、つぎはぎマントのクロックが立っていた。

「クロックおじいさんです! 無事だったんですねぇ!」

 なにが無事だ。俺たちと同じゴミ人間で、《SDGsUSエスディージーザス》と鬼ごっこする身分には違いねえだろ。

 ぱっと見、めぼしいジャンク品にありつけなかったらしいのはわかる。

 だったら逃げろよ、えんせい気取り。

 あの全自動ゴミ収集車でかぶつに食われちまうぞ。

「見てのとおりだクロック! 気合い入れて走れ!」

 俺は数メーターぐらいまで近づいたタイミングで、クロックをせきたてた。

「――――いいんじゃ、リター」

 耳を疑う暇もねえ。

 俺の前にちらっと光るものを放られて、目玉が飛び出るかと思った。

 反射的につかんだそれは、元時計屋のクロックが命の次に大事にしてるっていう、アナログでアナクロな腕時計だった。

「クロック……!? おい!?」

 俺はとっさに体を横にして、履き古した作業靴の底がすり減るのもお構いなしに、急ブレーキをかけた。

 音もなく、「あばよ」と語る後ろ影――。

 ただただ俺は、奥歯をかんだ。

『――今日ハ、燃ヤセルごみノ、収集日デス――』

「クロックおじいさん!? なにしてるんですか!?」

「……行くぞ、チュウベエ」

「でもおじいさんが」

「脚を動かせ!! それともここでミンチになりてえかよ!?」

 俺が怒鳴って、先に走って、それでようやくチュウベエは俺についてきた。

 チュウベエのすすり泣く声が聞こえる。

 慰める気はなかったが、俺は我知らず口を開いていた。

「ゴミ人間にゃなにもねえ。電話も、金も、仕事も、家も、人権も」

「はい……」

「くたばったって、墓も、念仏もねえんだ。せめて焼却処分かそうに夢見たっていいだろ。カラスかゴキブリにたかられるよか清々しいかもしれねえぜ」

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