MILKPUZZLE

彩亜也

ステレオタイプ

 真っ白な世界。どこまでも真っ白で眩しくてしばらくそこに自分があると言うことを認識できなかった。

「ここは?」

 陳腐な言葉は白に吸い込まれる。“それ”は歩いた。何もないけれど確かに歩いていた。なんのために?誰かを探すために。見つけるために。この不安から、逃れるために。

 歩き続けているとやがて景色が現れた。脈絡も無く表れた景色に目を奪われていると景色は端の方からゆっくりと白に飲み込まれていく。“それ”は走った。そして景色の中に飛び込んだ。

「ここは、俺の家か?」

 景色に飛び込んだその時最初の記憶が甦った。

「やめろ……やめてくれ‼」

 景色の中で“それ”は少年の姿をしていた。よれたTシャツはサイズが大きく、履いているズボンは誰かのお下がりで、その頬は青く腫れあがっていた。

 倒れこんだ背中には畳の感触。鼻をつくのは夕方とアルコールの臭い。鉄の味に吐きそうになる。自分に跨る真っ黒な物体を押しのけて少年は駆けだした。行く先なんてわからないまま玄関の扉を開けて駆け抜ける。端からは白が追いかけてきて更に走り続けた。

 気が付くと、空は真っ暗で星が輝いていた。それに、コンビニも。

「おーい」自分を呼ぶのは友人のカズキ。あいつは中学からの腐れ縁だ。

 気が付くと少年の姿から制服をまとった高校生の姿に変わっていた。ポケットにはたばこが入っていて、カズキがライターを貸してくれる。慣れた手つきで一服すると、今日も知らないやつから金を巻き上げてそれを元手に街へ繰り出す。

「待ちなさい」

 夜でも明るい街で警察官に呼び止められた。

 友人たちは我先にと逃げていく。置いていかれないように必死で追いかけた。けれども腕を掴まれる。手に持っていたライターをその手に当てて警官が怯んだすきに突き飛ばして駆けだした。警官が白に飲み込まれた。

 近くにあったバイクに飛び乗って逃げ続る。どこでもいい、白も親父も警官もいない場所を目指して走り続けた。

 次第に雨が降り出し、中年の男は適当なところでバイクを捨てると煙草をふかして自分の境遇を嘆く。

 そうだ。俺は、俺はどうしようもない奴だった。

 毎日浴びるように酒を飲んでは暴力をふるう父親、

 カツアゲに虐め、暴力沙汰に塗れた学生時代。ろくな友人なんていなかった。

 そして、そして、そして――――
















 ――――そして、人の命を奪ったあの日。

 目の前にカズキが現れた。俺は全てを失って死んだように生きてきたのにあいつは嫁と子供がいて幸せそうだった。

 金髪だった髪は黒になって、ピアスだらけの耳はすっかり穴が塞がっている。俺たちの過去が嘘だったかのように平凡な幸せを手に入れたあいつ。

 気が付くと俺はバイクにまたがって三人家族に向かって突っ込んだ。

 最期にカズキは子供を守るように抱きしめて俺の目を真っすぐに見てきた。


 そうして白が俺を飲み込んだ。


 俺はどこか救われた気分になった。

 けれど、すぐにペンキを倒したみたいに世界は黒に塗りつぶされる。

 木を叩く高い音が響き渡った。白と違い黒は音をよく反射した。

 目の前にはカズキのあの目が現れて俺を見下ろす。

「やめろ……そんな目で見るな」

 目は大小さまざまに増えていく。

「やめろ」

 まだまだ増える。

「やめてくれ」

 黒を埋め尽くすように。

「嫌だ」

 たくさん、たくさん――。

「うわあああああああああああああああああああああああああああああ」


 ――――気が付くと“それ”は真っ白な世界にいた。

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