第46話 予言者

 ユキリがロンタール王国へと出航して数日が経った。

 他国の国王が滞在していた前後の時期は気を使っていたパーチメント国民も、徐々に緊張が解けてその口が軽くなっていく。

 ある料理長は『あの男の食卓において食器は消耗品である』と言った。

 ある医者は『いかなる傷薬よりも一日を通して目覚めない睡眠薬を率先して投与すべきだ』と言った。

 ありとあらゆる方向からユキリの悪評が生まれて国中へ浸透していった。

 ……それだけならまだ予想できた。あたしにとって問題なのは同時に流れ出したもう一つの噂の方だ。


「そんな国王ですら見限ることなく自分の仕事を全うした連中がいる。国王は彼らの思いに胸を打たれ、契約以上の報酬を支払った。彼らの名はチーム・ツーサイド!」

「あたし帰る」

「いや待て!」


 ギルド・カートリッジにてあたしを呼び止めたチームBFDのブロードは、噂をしっかりと信じ込んでいたようだ。


「何が不服だ、すごいことだぞ!しかもあんな感謝のカの字も知らないような、どうしようもない奴の心を動かすなんて!」

「あぁ、そういえばあなたも護衛で雇われてたんだっけ。だったら察してよ、そんな感謝なんてありえないって……」

「それはそうかもだが、別に俺は穿った見方をしているわけじゃあない。俺はお前たちの強さを実際に目の当たりにしているからな。依頼を達成したというのは間違いないと確信している。そこで折り入って頼みがあるんだ。今度、俺たちBFDは魔物の巣窟に行くつもりでいるんだが……どうだ?俺たちの護衛をしないか?」

「駄目よ殺すから!」

「殺す!?」

「いや正確には半殺し」

「半殺し!?」


 ああもう口が勝手に!

 これが嫌なんだ!あたしたちを護衛のスペシャリストだと勘違いして依頼してくる輩が増えるということが!

 実際には先の依頼であたしは護衛に参加していないし、シザースの行いもあれが護衛かと聞かれれば誰だって首を横に振る!

 こんなあたしたちに護衛なんてお門違いもいい所だ!


「ま、待て!護衛だぞ!?どこから殺すなんて発想が出てくるんだ!?まさかまだ俺たちを許してくれないのか!?」


 ええい、もう何も喋るもんか!

 チョキは……くっ!さっきウェバリーに連れて行かれてからそのままだ!




「見たことある顔ねぇ」


 ……えっ?

 視界の端に見覚えのある“色合い”が移りこむ。朱色のドレスと金色の髪。その姿はまるで紅葉の山のようだと、あたしはかつて抱いた印象を思い出す。

 あれはあたしがまだ自分の声を知らなかった頃の記憶だ。


「ハイ、スティープル」


 ヴェル・ミリー……!

 あたしの故郷ヴェラム王国の王城に現れ、国の滅亡を予言した女性。

 国王があたしを葬る決意を固めるきっかけを作った、あの女性だ!


「元気そうで何よりねぇ。こんな所までビラ配り?それとも別の用事でも?」

「……!!」


 背筋がぞわりとした。

 視界が急激に薄暗くなり、床から腐臭が立ち上ってくる。それが錯覚だと気づくまでしばらくかかった。

 この女は……あたしを見て何を感じている?あたしの事情をどこまで知っている?

 あたしをじっと見つめる物静かなその笑顔は何を意味しているんだ!?


「なんだこの綺麗な人は?知り合いか?」

「…………」

「スティープル?」

「えぇ、ちょっとねぇ」


 まずい……猶予が無い。あたしが無言を貫いてもここには他の話し相手がいる。

 失声の少女。呪いの疑惑。ヴェラム王国の兵士。逃亡した死刑囚。喋ってほしくないことなんていくらでもある。あたしの過去が明るみに……!!


「大丈夫よ」


 そっと人差し指を自分の口元の前で立てながら、ミリーはそう囁いた。


「私、子供を追い詰めるのは嫌いだから。『』、オーケー?」

「っ……!?」

「私、この子とお話がしたいの。勝手なお願いで申し訳ないけれど席を外していただけるかしら?」

「あ、あぁ……いいっす全然」


 ブロードが離れ、テーブルにはあたしとミリーの二人だけになった。

 緊張感はまだ拭えなかった。彼女がこれからどんな見返りを求めてくるのか、あたしは気が気でならなかった。


「くすくす……怖がってるわねぇ。私の真意を測りかねているってところかしら」

「……!」

「でも大丈夫。だって私……何も知らないから!」

「へ……?」

「あはははは!」


 思わず目を見開いた。そんなあたしの表情が面白かったのか、ミリーは大声で笑いだす。


「聞いてよぉ!私が好き勝手に喋ってたらいきなり王様が立ち上がって私を追い出しちゃったのよぉ!?『急用ができた』とか何とか言って隊長の人と一緒にドタドタ走っていって!今まで偉そうにふんぞり返ってた人が急によぉ?もうギャップがすごいのなんの!」

「…………」

「だから、あれから城内で何があったのかは知らないわ。こうしてあなたと出会って少しばかりピースは埋まったけど、別にもう私は関係ないもの」

「…………」

「あ、気にしないで自由に喋っていいわよ。さっきの男と喋ってたの見てたし、それに私もわきまえているから。『私は質問をしない』」

「う……うん」


 ほ、本当……なのか?ミリーは既に部外者で、あたしの過去を曝け出すつもりはないってことか?

 で、でも、だからといって、あたしは何を喋ればいいんだ?

 聞きたいことはあるけれど、あたしばっかり質問をしてミリーの気が変わったりしたらと思うと……うむむむ。


「プ、プレゼント……」

「ん?」


 ようやく絞り出した一言と共に、あたしは右手を彼女に差し出す。プレゼントと言いながら何も持っていない右手。


「あなたから貰ったプレゼント……受け取り損ねた。あんな意地悪して……」


 バッジを天井に向けて弾くというイタズラを受けた。結局、そのバッジは本棚の埃の中で拾われるのを待っているままだ。


「でも、そのおかげであたしの人生は変わった。良いことも悪いことも含めてね」

「あらまぁ、これは……」


 手のひらに口が顕現する。


「『ファングド・ファスナー』と名付けた。こっちのプレゼントはありがたく受け取ったよ。あなたのイタズラが無かったら、きっとあたしはまだ無言のままだった」

「……皮肉に聞こえるわねぇ」

「皮肉を言ったつもりだから」

「それは残念……あなたの方がよ、皮肉になってないもの」


 ミリーの口元に浮かべた笑みは、勝ち誇っているように見えた。


「私のイタズラが無かったら“きっとまだ”ですって?いいえ、“絶対にまだ”無言のままだったと言い切って見せるわ」

「え……!?」

「なぜならあなたはこの世にいないから。死者は言葉を発せないものねぇ」

「っ!?ど、どういう……ぐ──!」

「別にそっちからは質問してもいいのに」


 あたしのわずかな意地は既に見透かされているようだ。


「そういえばまだ言ってなかったわねぇ。私、占いが得意なの。……いいえ、占いなんて当たり障りのない言い方はやめようかしら。私、特別な能力があるの」

「……!あの時、王に向けて話していたこと?あたしも聞き耳は立てていた。確か未来を知ることができるって……国が滅ぶと言ってのけた、それってまさか……!」


 特別な能力……プレーン能力!


「未来だなんてそんな大それたものじゃないわ。あれは占いに順じて便利な言葉を使っただけ。正確に言えば“滅び”よ」

「ほ、滅び……!?」

「そう、私には“滅び”が見える。そしてへ行ける」


 ミリーは言う。

 あの時、彼女はあたしから“滅び”の気配を感じたのだと。そして『バッジを上空に投じた』……その行動が“滅ばずに済む先の未来”へ行ける方法だったのだと。


「その先に何が待ち受けているかは分からない。ただ“滅び”は回避できる。スティープル、私があなたにあげたプレゼントはバッジでもイタズラでもない。あなたがここにこうして生きているという事実そのものよ」

「っ……!!」


 あたしはその言葉に……気圧された。

 ミリーの行動がおそらく善意によるものだとは感じていたが、礼を言う気にはなれなかった。

 ただただ気圧された。


「だからよ。『私は質問をしない』。それだけであなたは滅びずに済む。もっとも、裏を返せばそれだけで滅びるとも言えるけど。くす……能力が発現したとはいえ、あなたの人生はまだまだ脆いままねぇ」

「そ、それは……」


 ……ショックだった。

 ミリーの言う通りだ。あたしの人生は簡単に破滅する。

 『ファングド・ファスナー』という能力チカラを得て人生が変わったつもりでいた。

 でもそれは……目を背けていただけだった。最悪な状況なんて起こらないと高を括って生きているだけだった!

 ……追手が来る。いずれあたしを探しに……ヴェラム王国から誰かが来る!


「真髄を引き出しなさい」

「え……」


 ミリーはあたしの手を取ると、そこに顕現させたままの口にそっと手を触れた。


「自分のプレーン能力は何か?答えは自分自身で見つけるしかない。でもねスティープル、そうやって見つけた答えというものは大抵の場合、不完全なものなのよ。発現したての能力なんて特にそう。第一印象だけが能力の全てだと思い込んでいる」

「ど、どういうこと……?第一印象……噛み締めるだけじゃないの?」


 自分で言いながら気づく。

 『ファングド・ファスナー』は最初、あたしの言葉を放って敵の肉体を噛み千切った。その後で新しく知ったじゃないか、嘘がつけなくなるって。


「じゃあ、まだあるのね……!?あたしの知らない何かが!」

「さぁ?私は一般的な話をしているだけ。最初に思いついた作戦よりも後の方が良かったってパターンの方が多いっていうだけよ。最初からベストを行く時だってあるかもしれない。まぁ、ともかく……目に見える所だけじゃなくて、その奥の見えない所までしっかり考えてみることねぇ」

「…………」


 そう言ってミリーはあたしの手を離すと、もう用は済んだと言わんばかりに去っていった。




「お待たせスティープルー!」


 しばらくしてチョキがあたしの元へ向かってくる。

 ようやく取り調べが終わったらしい。


「参ったよー、受付のお姉さんに連れ込まれて色々と問いただされてさー」

「お疲れ様。誤解は解けた?」

「うん、ものすごく長い溜息ついてたよー!」

「ははは……」


 どうやらギルド側にはチーム・ツーサイドの“護衛”が正しく認識されたようだ。

 後ろ指をさされそうな気はするが、評価は正しくしてもらった方が良い。

 前向きに捉えるとしよう。チームのことも……そしてあたし自身のことも。





 第2章 END

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