第42話 仕込み

 引退。シザースの放った二文字が場を硬直させた。

 あたしも、ボラッサスも、残りの兵士たちも……いずれの人たちにも思考を整理する時間が必要だった。

 そうやって辿り着いた思考は、あたしの場合は“言われてみれば確かに”だった。

 これなら護衛と両立ができる。目からうろこが落ちた気分だった。

 ……だが、その思考はすぐに次の段階へと移る。

 相手は国王。それも、生まれた頃から権力や財産に囲まれ、庶民に対する偏見を育んできた第二世だ。そういったものを全て捨てて“持たざる者”となってほしい、などとお願いした所で受け入れてもらえるとは思えない。

 本当に引退なんてさせられるのか……!?


「俺様は……いや俺は……」


 ユキリが唇を震わせながら、絞り出すように話し始める。


「怖いものなんて無いと思っていた。だって俺には“間違わない”って特別な才能があるんだから。何かを指示すれば必ず正しい結果がついてくる。世界中が俺の指示した“正解”へ向かって進んでいく。俺には国王として、これ以上ないほどの才能があったんだ。何かを口に出すだけで世界中の間違いを正すことができるなんて、神に選ばれたとしか思えなかった」

「引退の下りまで端折ってよー」

「興味なしかよチクショウ!!」


 うん、チョキが口を挟んでくれて助かった。

 なんせ話は長いし正しい情報が含まれていないし……あたしは途中から聞いていなかったよ。

 これが文字だったらささっと読み飛ばせるのに、わざわざ時間をかけて待たないといけないなんて……会話って不便よね。


「マジのマジに最悪だったんだぞ!あんなグロくて恐ろしくて痛くて……おまけにそれを唆したのがそこにいるボラッサスそいつだなんて!こんなクソみてぇなことがあるかよっ!」


 尚も喚き散らしながら、ユキリは首にかけたペンダントに手をかける。すっかり色褪せた宝石のついたペンダントだ。

 ブチンと高い音を立てて引きちぎられたそれを掲げながらユキリは言う。


「こいつは俺が親父から、親父がジジイから受け継いできた国王の証だ。こんな物のために俺は……クソオオオオオォォォォォーッ!!」


 大きく振りかぶってユキリがペンダントを投げつける。


「あんな目に合うくらいならもう国王の座なんかいらねぇ!これ以上、俺に関わるな!何もかも勝手にしやがれっ!!」

「それは引退するってことでいいんだよね?」

「だからそう言ってんだろうが!!何で今ので分からねぇんだよ察しろボケッ!!」

「ちゃんと引退って口に出してもらわないと分からないなー」

「引退するってんだよ引退引退んたいんたいィィィーッ!!」

「よし。これで依頼は達成だよ、スティープル!」

「そ、そうね……」


 子供の癇癪のような引退宣言に思わず圧倒されてしまったが……ともかくシザースの言う通り、これでボラッサスからの依頼は達成できたということで……。


「ふ、ざけているのか……」


 否、そうではなかった。ボラッサスの反応からは不服さが滲み出ていた。

 そして彼の声は、唇を震わせながらの小声だった。

 一体どういうわけなのか……彼の顔を見た瞬間にその謎が解けた。


「た、隊長!目を……!」

「ぐ……ぅぅぐ……おのれ……!」


 額に汗を浮かべながら左目を抑えるボラッサス。その足元にはユキリが投げつけたペンダント。

 ……なぜ目を狙った!?


「おのれよくも……オオオォォォこのカス野郎がァァァーッ!!」

「レサルタ、そいつを連れていって。『デュアル・ブレード』!」


 シザースの剣がボラッサスを食い止める。

 一方のユキリは、何が何だか分からないといった表情でキョロキョロしながら、レサルタとマルルに連行されていく。


「殺してやる!何が国王だ今すぐ処刑にしてやる!邪魔をするなら貴様もだ!!」

「僕は護衛だよ。国王様を……じゃなくて元国王様、いやユキリでいいや。ユキリを守るのは当たり前じゃないかー」

「黙れ黙れ!何が“引退”だ!?依頼主の我々は“殺害”を命じたのだ!それくらい貴様にも分かっているだろうが!あぁ!?」

「もちろん分かってるよ、君がわざわざ回りくどく“引退”って言ったことくらい」

「だったら奴を殺せ!依頼主の望む通りに振る舞うのが貴様らの役目だろうが!」

「違うよ」


 シザースが冷たく言い放つ。


「僕らが従うのは依頼主の言葉だ。そこに隠れた言葉は依頼には含まれない。なんならギルド・カートリッジに掛け合ってみようか?受付嬢のお姉さんなら僕たちの方が正しいって言うよ」

「それはそうね」


 あの人、融通がきかないから。これまでのやり取りを伝えれば、過失はボラッサス側にあったと言ってくれるとは思う。

 ……ただ、今のボラッサスを言葉だけで言いくるめるのは無理だ。

 あの馬鹿の投擲のせいで頭に血が登っているし、それに……。


「はっ!忘れたのか?これは極秘依頼だ!我々が何をどう依頼したか、そんなものを証明できるとでも思ってるのか!?」


 そう、ボラッサスの言う通り。彼らの依頼内容が文章として残っているわけでもない。結局は水掛け論になるだけだ。

 もうこうなってしまった以上はどうにもならない。


「できるよ」

「え……!?」


 シザース……!?証明できる、と……そう言ったの!?


「僕だってちゃんと考えてるよ、君が納得してくれないってことくらい。だからね、そのために彼を連れてきた」


 そう言って顔を向けた先には、あの包帯男の姿。

 ユキリを狙った第二の殺し屋ローエン、彼が一体何を……?




「ユキリを引退させろ、それが君への依頼だローエンビッツ」


「っ!?」

「た、隊長の声……!」

「これは……ローエンビッツ貴様!?」


 包帯の中から聞こえてきたのはボラッサスの声だ。先程まで聞いていた重症者の声ではない、ハッキリとしたボラッサスの声!


「すまないな。依頼を失敗したうえにこのような手引きまで。しかし私が拒んだ所で同じことなのだ、彼の能力チカラをもってすれば私の意思など……ゴホッ!分かってくれ」

「ローエンビッツ、貴様……今のは我々が依頼したときの……!」

「そうだ、その時の声を記録しておいた」

「馬鹿な!音の記録など……そんな国を動かすほどの資産を必要とする魔道具をなぜ貴様が持っているのだ!?」

「不思議に思うなら私がこれまで葬ってきた人数を思い出してみろ。同じロンタール出身のそなたなら分かるはずだ、私がどれほどそなたらに貢献してきたのかをな」

「ぐっ……!」


 音を記録する……か。世界は広いな、ヴェラム王国では聞いたことなかったよ。

 気づけばシザースがあたしの方を見て微笑んでいる。

 いよいよ大詰めってわけか。


「……いいだろう、認めてやる!我々が依頼したのはあのカス野郎の引退だと!だがそれはローエンビッツへの依頼だけだ!シザース、貴様に同じ言葉で依頼したわけではない!」

「じゃあ僕にはなんて言ったの?」

「『ユキリを引退させろ』だ!!だから貴様は我々の意向に従って今すぐユキリを殺しに行かなければならない!!」

「ローエンに依頼したのはなぜ?」

「どの口がほざくんだ!?貴様が信用できないからに決まってるだろうが!引退だ何だと言葉尻を捉えるような貴様と違い、ローエンビッツは確実にユキリを殺しに行く殺し屋だ!なのにこのザマとはな!!」

「隊長……?」

「何だ!?何か言いたいことでも…………何と言った?」

「ありがとう、もう大丈夫だよー」


 シザースがあたしに向かって言った。

 『ファングド・ファスナー』で真相を引きずり出した。これでようやく終わった。

 

「よく察してくれたね、スティープル」

「同じチームでしょ、あれくらい気づかなくてどうするのよ。ローエン、これがあたしの仕込みよ。どんな具合?」

「ユキリを引退させろだ!!だから貴様は──」

「うん、素晴らしい」

「ま、待て!今のは何かの……」

「もう無理だよ。それに言い訳している時間だって残されちゃいないんだしー」

「シザース様」


 シザースの言葉に呼応するように、レサルタが姿が現す。


「ご言いつけどおり、今のボラッサス様のお言葉を書面にしてロンタール国へと鳩を飛ばしました」

「なっ!?」

「ユキリ様は引退の意向を示されましたが、国へ戻るまでは国王の身。ボラッサス様の国家反逆罪が適用される方が先と存じます」

「お、おのれ……!」

「隊長!これでは──」

「分かっとるわ!!」


 ボラッサスが叫ぶ。

 完全に詰んだな。それとも最後の足掻きで、ローエンを狙って証拠隠滅を図るか?


「ニコル号だ!この国で一番速いニコル号を手配しろ!」

「は、ハッ!直ちに!」

「ねぇねぇ、僕たちへの報酬──」

「黙れェェェーッ!!勝手に持っていけ邪魔をするなァァァーッ!!」


 違った。どうやら急いで鳩を追い越すつもりのようだ。

 尚も神経を逆なでしようと目論むシザースを振り払って、ボラッサスたちは外へと走りだす。

 ……と、去り際にこちらを振り向いて言った。


「覚えておくがいい、この借りは必ず返すぞ……!!」


 そしてあたしたちの返しを待つことなく去っていく。典型的な捨て台詞だった。

 ローエンやレサルタといった大人たちは何ら反応することなく聞き流す。

 その一方で、シザースは不自然なほど大げさに吹き出していた。


「あはっ、無理だよ。だって……」


 ……だって、何?

 もしかしてまだ何か仕込んでいたり……?

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