第41話 成否報告

 最初に耳に入ってきたのはキィキィという耳障りな金属音だった。

 その後、件の殺し屋と思われる人物が、いっぱいまで開け放たれた扉の向こうから、ゆっくりと姿を表す。


「これは何の余興だ?」


 ボラッサスが険しい口調でそう尋ねた。

 あぁ、良かった。この光景を異様だと思ったあたしの感覚は、別にズレてはいなかった。

 ローエンビッツと呼ばれた人物は全身包帯でグルグル巻きというミイラ男のような風貌だった。衣服と呼べるものは身につけておらず、目や口といった部分も包帯で覆われている。それだけなら単なる仮装なのだが、その身体は車椅子で移動しており、どこからどう見ても危篤者だった。

 そして、その車椅子を押しているのは薄茶色のローブで姿を隠した、これまた正体不明の人物だった。

 もしやミイラ男はユキリの遺体で、ローブの人物がローエンビッツなのか?

 ……とも思ったが違った。ミイラ男の方が言葉を発したからだ。


「まずはこれを返さなくてはならない」


 無惨で痛々しい掠れた声。そのせいか、どこかで聞いたような気もする声なのに全然ハッキリしない。あの包帯は決して誇張しているわけではなさそうだ。

 と、ローエンビッツの言葉と共にローブの人物が机の上に革袋を置く。


「……何のつもりだ?」

「そなたから受け取った前払い分だ。依頼をこなせなかった以上、受け取るわけにはいくまい」

「そういうことを聞いているのではない!!」


 ガン、とボラッサスが机を拳で叩く。後方に待機する兵士たちがビクリと体を強張らせた。


「お前がロンタール国で築いてきた数字は何だったのだ!?“惨劇の立役者”が聞いて呆れるわ!大体、横にいるそいつは何者だ!?」

「彼は医者だ」


 彼……男性か。


「彼がたまたま山登りに来ていたおかげで私は命を救われた。だが到底、独り歩きできない傷なものでな、こうして付き添ってもらっている」

「あの腑抜けた兵士共にすら返り討ちにされ、そのうえ瀕死の重傷まで負ったというのか!?どこまで無力なのだお前は!?」

「そんなわけないでしょ」

「何……!?」


 勝手に口が動く。別に何かを問いただされたわけではないが、あたしの心が言わずにはいられなかった。


「ユキリの周りにいた兵士たちには無理よ。あんなにズタボロになるまで傷つけておきながら命だけは奪えなかった……なんて、そんなことできるのはだけ」

「なるほど、ではそなたがの相方のスティープルか」

「えぇ。ローエンビッツも災難だったわね。こんなことならあたしも一緒に行けば良かったかしら」

「ローエンでいい」


 そう言って彼……ローエンは苦笑した。

 一方、ボラッサスは訳が分からないといったように捲し立てだした。


「お前を返り討ちにしたのがシザースだと!?あんな子供がどうやって!?いや、それ以前にどうして!?お前は何も説明しなかったのか!?」

「交渉はした。だが私の……いや、そなたの提案する案をシザースが拒んだのだ」

「マヌケかお前は!私の策を拒む利点がどこにある!?それを馬鹿な子供に理解させられなかったお前の落ち度だ!!」

「それ逆だよー」

「っ!?」


 開きっぱなしの扉の陰から……彼が姿を現した。

 ボラッサスも兵士たちも、何ならあたしも驚く。来てたのか、シザース……!


「ローエンはマヌケなんかじゃない。僕の立場にきちんと寄り添って説明をしてくれたし、何よりも彼の態度や立ちふるまいが僕には“信用できる”って思えた。初対面の相手にそう思わせるって簡単なことじゃないよ。少なくとも君には無理だねー」

「な、なんだと……!?」

「そのうえで僕は拒んだ。ローエンの話を聞いて自分で考えたうえでね。どうしてだと思う?」


 シザースの口角が上がる。彼の赤い瞳がじっとボラッサスを見つめていた。


「あ、でも……君が気にしているのは、僕が拒んだ理由じゃなくて、誰の落ち度かって方だっけ?そうだなー、ローエンはちゃんと理解させてくれたわけだし、落ち度があったのは“納得”させられなかった君の策の方だねー」

「おっ……お前ェェェーッ!!」


 赤い瞳に挑発され、ボラッサスの顔色もまた赤くなっていく。

 あたしたちが依頼を受けに来たときとは比べ物にならない、怒りの表情がそこにはあった。

 シザースはそれ以上、ボラッサスとは目を合わせずにあたしの方を向く。


「お待たせ、スティープル。寛げた?」

「そんなわけないでしょ!本当に最低な居心地だったわよ!あなたが依頼を受けたせいで……あーもう!早くあの家に戻って寛ぎたいっ!!」

「あはは、そっかー。そうだよねー……」

「……!」


 何よ、わざとらしく落ち込んだような顔して。

 あんなに笑って楽しそうにしていたくせして、それで“反省してます”なんて言われても説得力なんか無いっていうのに。


「ハァ……でもね、シザース。今は晴れやかな気分よ」

「へ?」

「あたしたちを取るに足らないものだと高を括っていた人たちに、考えを改めさせるきっかけを作ってくれた。おかげで溜まっていたストレスが吹っ飛んだわ」

「…………わーい!スティープルに褒められたー!」

「こら、あんまり調子に乗らない──」

「ふざけるなァァァーッ!!」


 一瞬のうちに、あたしは宙に浮いていた。

 ボラッサスの屈強な腕があたしの胸ぐらを掴んでいたのだ。


「口の聞き方を知らんようだなガキ共めが……この私に向かってよくも……!!」

「ぐっ……!」

「ねぇ、何してるの?今すぐその腕を離しなよ。人質に危害を加えるつもりなら、それは裏切りだよ?」

「黙れぃ!先に裏切ったのはどっちだ!?この女もそうだ!まったくもって口の聞き方を知らん!ロンタール兵士団の恐ろしさを分かるように刻みつけてやらねばならんだろうな!」

「なんですって、この──」

「駄目だよ!シザースはまだ裏切っていない!」

「えっ……」


 その叫び声にハッとする。

 シザースじゃない……チョキだ。瞬時に切り替わった青い目があたしたちを見つめている。


「怒っているんだよね?でもシザースはまだ裏切っていない。だから先に手を出したら駄目だよ……


 ギリギリと歯を噛み締めながらボラッサスがチョキを睨みつける。

 それを見つめながらあたしは……そっと手を引いた。チョキが忠告している相手はあたしだった。

 ……自分でも知らないうちに思わずカッとなってしまったようだ。


「ボ、ボラッサス様……あの少年、裏切ってはいないそうです……!」

「えぇ、それならユキリ・ロンタールの命をおそらく……」

「…………チッ!」


 ボラッサス側も、冷静な部下の対応もあって手を引いた。

 あたしは軽く服を整えて彼に話しかける。


「それで……えっと、もうシザースか。裏切ってないっていうのはどういうこと?」

「あれ?お礼は?」

「あなたの方に言ってどうするのよ?またボラッサスがキレる前にさっさと話を進めなさい」

「ちぇー、チョキを呼んだのは僕なのにー。まぁ、いいや。ほら、入ってきなよ」


 シザースの指示を受けて、扉の向こう側から人影が二つ現れた。

 一人はローエンに付き添っている男と同様に、ローブを被っている。体つきからおそらく女性だろう。

 そしてもう一人は……予想はしていたがユキリだった。


「ちょっと胸を抉っちゃったけど傷は浅いし、命に別状は無いよ」


 とんでもないことをサラリと言ってのけるシザースに思わず顔をしかめるが、それはあたしだけだった。

 ボラッサスが再び厳しい口調で問い詰めだす。


「聞き間違いか?命に別状が……なんだと?」

「無いって言ったんだよ。ちゃんと治療もして──」

「なぜ殺さないっ!?」


 その怒号にユキリが体を震わせる。

 彼からしてみればボラッサスは部下。本気で死を願われている様を見せつけられるのは辛いだろうな。ましてや彼の性格からして身に覚えの無いことだろうし。


「私はお前に殺せと命じたのだぞ!?脳でも心臓でもブチ撒けて引きずって帰ってくるのが責務だろうに!あまつさえ治療して、生かした状態で……それを裏切ってないなどいけしゃあしゃあと!お前が私の兵団に所属していたならば即日処分してやるところだ!!」

「それについては僕も前もって言っておくべきだったかなー。おかげで誤解させちゃったみたいだしさー」

「何をだ!?」

「僕、人を殺せないんだよ。他人に殺させるところまで持っていくのはできるけど、僕自身の手で殺すのは無理。現にほら、ローエンだって生きてるし」

「なんと、これだけ大層に宣いながら肝心要の部分は腰抜けとはな!!」


 どうやらボラッサスには正確に伝わってないようだ。

 今の説明だけでシザースの言う“殺せない”を理解するのは無理だろうが。


「……だが、お前の言いたいことは分かった」

「え?」


 ボラッサスはきょとんとするシザースを尻目に、部下に何かを言い渡す。


「これが裏切りでないのであれば、そいつを生かして連れてきたのはことだろう!?お前自身ではなくこの私に──!」


 指示を受けた部下が手渡したのは……剣だ!


「殺させるつもりだったのだな!?お望み通りに!この出来損ないには私自身の手で引導を渡してくれるわァァァァァーッ!!」

「ひっ!ヒィィィィーッ!!」

「シ、シザース!?まさか本当にそんな狙いを……!?」


 ユキリは竦み上がって動けない!ボラッサスの強靭が脳天に──! 




 ギィン!


 ──届く前に、別の刃が剣を受け止めていた。


「恐れながら、ボラッサス様。そのような冷静さを欠いた突発的な行動……一兵団を率いる立場としていかがなものかと存じます」


 ローエンに付き添っていた男が、外科手術用のメスを手に立ちふさがっていた。


「な、なんだお前は……なぜ邪魔をする!?」

「なんだ、なぜだと申されましても。主の助けをするのが私共従者の役目でありますから」

「……!?」


 従者って……え?まさか……でも、あたしはこの声を知っている!

 ローブがめくれ、彼の顔を見ると同時にあたしはその名を呼んだ。


「レサルタ!?」

「はい、スティープル様」


 ということは……ユキリの方にいるローブの女性はマルルか!


「ねぇ、ボラッサス。そろそろハッキリさせようか」

「なに……!?」

「君は僕に何を依頼した?“殺せ”だなんて一言でも口にしたかい?」


 シザースが立ち上がる。

 彼の本当の狙いを、そして真意を告げるために。


「違うよね?僕が受けた依頼は国王様を“引退”させることだよ」

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