第33話 山にて出会うは

 今から記すのは、あたしがシザースが聞いた話だ。あたしが囚われている間に起きた、ユキリの野鳥観察バードウォッチングの一幕。

 正直、シザースの言っていることだし全てが真実とは限らない。何かしらの脚色が加えられていたり、都合の悪い部分は省かれている可能性もある。




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 その日の天気は生憎の曇り空。

 パーチメント王国を出発したユキリ御一行は野鳥を求めて近くの山へと足を踏み入れていく。


「──で、その漆黒の魔犬をブッ殺したことで次期国王に選ばれのが俺様のジジイってわけよ!」

「国を救った英雄ってわけだねー」


 ご機嫌な態度で先祖の功績を語るユキリと、それを盛り上げるチョキが先頭を歩く。対象的にロンタール国の兵士三名は真剣な顔つきで後方を歩いていた。

 彼らが平和な旅行を満喫できていたのは、パーチメント王国内にいたからこそだ。

 今は違う。たとえ王国近辺と言えども山は山。遭難などの事故や、動物の襲撃といった可能性も十分に考えられる。あるいは魔物や山賊ということも……!


「あっ! いたぞ! いたいたいたいたいた!」

「ユキリ様!?」


 そんな兵士たちの心配など知るはずもなく、ユキリは突如として脇道へとそれてしまった。枝葉をかきわけ、時にはへし折りながら興奮した様子で前へ前へ。


「危険ですユキリ様! 舗装されていない道を歩くのはおやめください!」

「餌! 早く!」

「は、ハッ!」


 兵士が懐から取り出した小箱をひったくり、中身のパンくずを撒き散らす。

 ユキリの狙い通り、野鳥は餌に向かって飛び立つ……ようなことはなく、怯えた様子で空へと羽ばたいていった。


「っだー逃げたっ! マジありえねぇ! お前が餌出すの遅ぇから……」

「え、わ、私は……!」

「すごいねー、あんな小さい鳥を見つけられるなんて。僕には木とか葉っぱしか見えなかったよー」

「あぁー最初のうちはそんなもんだよな! 木しか見えないんじゃなくて木を見てるんだよ! 素人がやりがちなミスって奴!」

「なるほどねー」


 得意げに語るユキリを見て、兵士たちはホッと胸を撫で下ろす。

 護衛とは名ばかりの付き人ではあったが、気づけばチョキの存在は予想以上に重要なものとなっていた。

 彼がいるだけでユキリの雰囲気は柔らかくなる。兵士たちにはできない役割だ。


「はー、なんつーかマジ喉乾いてきたな」

「で、では休憩いたしましょう! チョキ様も何か飲まれますか?」

「え? うーん、僕はいいや。国王様のアドバイスに習って、もうちょっと鳥さんを探してみるよ」

「おう、頑張れー!」


 ユキリは笑ってチョキを見送りながらお菓子を食べ始める。ここに来るまでに町中で購入したもので、もちろん一般人には手の届かない高級品だ。

 その中身はユキリの胃袋へ、そしてこれまた高級な包装紙は引き裂かれて大自然の中へと消えていく。

 ユキリほどの人物ともなれば、ありとあらゆる場所で自宅のように振る舞うことも可能なのだ。

 ……チョキは彼らに背を向けたことをしっかり確認したうえで苦笑した。




 そうして一人、森の中を歩いていくチョキだったが、その視線は上空ではなく周囲の木々に向けられていた。

 時折、遠くから野鳥のさえずりが聞こえてくることもあったが、彼がその方向へ顔を向けることはなかった。


(今は興味が湧かないや……それどころか急に国王様から離れなきゃいけない気がしてきた)


 特に深い理由や根拠があるわけではない。

 強いて言うなら“何となくそうしたくなったから”だ。

 しかしチョキはその“何となく”を大事にしていた。この山の中で一人になることが多少なりとも危険をはらんでいると頭では理解しながらも、自分の持つその感覚に歯向かうようなことはしないと決めていた。


「ねぇ、もういいんじゃない?」


 少年の瞳が赤く染まった。

 “何となく”……そこには“もう一人の自分”による意思が働いているのだ。


「ここなら国王様には聞かれない。そろそろ出てきてよー」

「……気づいていたか」

「あはは、気づいてもらいたくて手を抜いてたくせにー!」


 ガサガサと両手で茂みをかきわけながら一人の人物が現れる。

 チョキ改めシザースは、その男の山登りには相応しくない服装に思わず笑いそうになったが、何とか踏みとどまった。というのは、その男の姿を既に一度、見たことがあるからだ。

 そこにいたのはギルド・カートリッジにて極秘依頼を受けた日、ブロードと険悪な雰囲気になっていたあの道化師だった。


「そんな格好で尾行してくる時点で相当な自信の現れだよ。そして尾行に気づいたのが僕だけ……とくれば、どう考えても僕だけを狙ったとしか思えないよー」

野鳥観察バードウォッチングにおける禁止事項を知っているか?」

「さぁ? 知らないや。……でも、そうだなー」


 道化師の脈絡の無い質問を受けても、シザースは面食らうことなく返答する。


「大声を出したり、自然を破壊したり、餌付けしようとしたりとか。自然の姿を観るのが目的なのに干渉しちゃうのは良くないかな。なーんて、あの国王様がやっていたことを並べてみせただけなんだけどねー」

「利口だな、ユキリ・ロンタールという男の本質を理解しているとは」

「何それ?」

「誰かに対する悪意を抱いているわけでもなければ、誤った知識に基づいているわけでもない。それにも関わらず、あの男は周囲の人間を不愉快にさせるような、不正解の選択肢を選び続けている。根本的なレベルで他人と相容れない、救いようのない男ということだ」

「ふーん」


 シザースは淡々とした様子で、ただ聞いていた。

 道化師の男の口調は、昨日のボラッサスたちのようなものとは違い、何の感情もこもっていない事務作業のような口調だった。

 だからこれは単なる雑談なのだろうと、そう思った。


「ごめんね、国王様を待たせているかもしれないんだ。早めに本題に入ってもらえると嬉しいな」

「山奥で初対面の男と二人きり、ましてや私のような怪しい男ともなれば緊張しているのではないかと思ってな」

「自覚あったんだ……それに緊張を解すならもっと良い話題があったんじゃない?」

「…………」


 道化師の男は無表情のまま、シザースの目を見つめ続ける。


「私はローエンビッツ。長ければローエンとでも呼べばいい。芸道を進んではいるが、同時にそなたの同業者でもある」

「ギルドから依頼を受けてここに来たってこと?」

「その通りだ」


 ローエンビッツが頷く。


「そのうえで挨拶もないのは無礼なうえに誤解を招くと思ったのでな。こうしてそなたの時間をいただいたわけだ。私とそなたは仕事を取り合う仲ではあるが、命を取り合う仲ではない。無用な戦闘を避けるべく互いに協力していただけないだろうか」

「大丈夫だよ。僕は人の命を奪うことはしないんだ。僕は──」




「うわあああああァァァーッ!!」


 突如として絶叫が響き渡った。驚いた野鳥たちがバサバサと羽ばたいていく姿が見える。


「国王様の声だね。偶然かな、僕がいない間に……それとも君が何かしたの?」

「さぁな、どうせ道を踏み外して崖にでも落ちたのだろう。放っておけ、あの男が身勝手に死んだ所で誰もそなたを責めはしない」

「…………本当に崖から落ちたのならね」


 シザースはローエンビッツに背を向ける。


「ちょっと見てくるよ……と、その前に。僕はシザース、よろしくね」


 そして素早い動きで来た道を走り抜けていった。

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