第4話 幻惑のカリア

過去の記憶、在りし日々。山奥にひっそりと建つ家の庭、そこに幼い夏海と

その父の姿があった。

「夏海。私たちの一族はかつて人を救うという命題を抱え、その方法を模索してきた。求道者と呼ばれていたそうだ。富、力、名声、それらを駆使する、あるいは人々の精神に呼応する何かを与えれば、人は苦しまずに生きていけるのではないか?というものだ。今教えてる武術もその一端に過ぎない。」

「父さん、これってほんとに役に立つの?父さんが使ってるところ一度も見たこと無いけど。」

「まぁ、ぶっちゃけ俺も俺の親父から教わった時に技を絶やすなって教えられたからそうしてるだけで、ぶっちゃけ道とかどうでも良い。てか現代の生き方に即してない。」

「じゃぁ、やっぱり意味ない?」

「意味がないってのは半分正解で半分間違いかな。お前はいつか、自分の人生の選択をする。俺もした。大成することよりも、家庭を持ち、家族に愛を注ぐことを俺は選んだ。その結果がお前や母さんだ。この武術は俺の身を守るだけでなく、お前たちを守る事にも繋がる。俺も嫌々習っていたが、無駄とは思ったことはない。」

「要は人を守るために使えるってこと?」

「まぁそんな感じだ。俺も、夏海も現代社会で普通に生きるために生まれてきた。親父やじいちゃんは修行狂いだったけど…夏海は社会で言う一般的な幸せを享受する資格はある。ただいつか、今日習ったこの倉井流闘術くらいりゅうとうじゅつが役に立つ日がきっと来る。そう思ってればいいさ。」

「わかった。とりあえず父さんより強くなるのを目標にする。」

「お前なぁ…。」

その日は日が暮れた後も訓練を続けた。


 ロンダの町を出てから実に6日という時間が経過した。馬車でゆったりと移動しているというのもあるが、主な原因は回り道の数が多い事だろう。

ヴェイン曰く、首都圏に向かう道には山賊や魔物が蔓延っているエリアが多数存在しており面倒事を避けるためとのことだ。

馬を全力で走らせれば2日で着くそうだが、大体は魔物と遭遇してそうもいかないらしい。

夏海自身焦りは無いが、整備された現代社会の交通網の合理性や利便性と比較した時に不便と感じてしまうのは仕方ない事だろう。

 そんな6日目の夜、野営をしている際にある事が起きる。

「この世界の食べ物、良いね。あたしの口にめっちゃ合う。うまい。」

ヴェインが作った夕食をガツガツ食べている。

「うむ、貴殿の食べっぷりを見ていると、ワシも腕の振るいがいがあるというモノよ。して、貴殿がいた世界では何か旨い飯はあったのか?」

「そうだねぇ。あたしが好きだった料理はカレーだね。複数の香料が織りなす香りののハーモニー、米と呼ばれる食材との相乗効果で生まれる味わいはまさに究極だったよ。」

「ほう、ナツミにそこまで言わせるという事は相当の食べ物であるに違いない。ワシも食べてみたいのう。」

「無理だね、あたし作り方知らないし。料理なんて生まれてこの方一度もした事無いのが自慢でね。」

「ナツミよ、貴殿は以前の世界では結構ズボラな生活をしておったな?」

などと話していると近くの森の奥から何かの悲鳴が聞こえてきた。この6日間で全く遭遇しなかった事例に二人はすぐに警戒の態勢を取った。

「声のする方へ行ってみよう。」

ヴェインはコクリと頷き、夏海の背を守るように、夏海に付いていった。

 数分森の中を歩くとそこには驚くべき光景が広がっていた。2頭身程のモフモフの獣人が巨大な食人植物に飲み込まれる寸前だったのだ。

 獣人は完全に生を諦め涙を流しながら抵抗する素振りも無く食人植物に飲み込まれていった。

「ナツミ、あれはトリゴスと呼ばれる魔物じゃ!弱点の腹部を攻撃すればきっとあの獣人は助かる!」

「了解ぃ!」

夏海は食人植物の触手を華麗に躱しながら的確に2、3発の鉄拳を弱点に叩き込んだ。は絶叫ともとれる断末魔を残し、絶命した。

「ふぅ、そんなに強くなかったね。動きも単調だったし。」

「それにしても凄まじい動きよのう。その力、神から得た物ではないのだろう?」

「まぁ、昔取った杵柄って奴だね。」

「なんじゃ?そのキネ、ツカっという物は。」

「まぁ要するに昔にちょっとやってただけって事よ。ぞれよりも…。」

夏海は倒したトリゴスに目をやる。

「あの子を早く助けなきゃね。」

ヴェインの剣でトリゴスの腹を切り開くと体液でべちゃべちゃになった獣人が出てきた。二人は獣人を拾い上げて近くの川で洗ってあげることにした。

「ぶはぁ!死んだかと思いました!」

ジャバジャバと洗っていると獣人は意識を取り戻した。体をブルブルと振り体の水を

飛ばすと夏海達に向き直る。

「助けて頂きありがとうございます!トリゴスに捕まった時は流石に死を覚悟していっぱい走馬灯を見ましたが…。」

「なんでトリゴスに捕まってたの?」

「いやぁ…私、ここ数日何も食べてなくて…。食べ物を探して森を放浪していたらトリゴスに捕まっちゃって。抵抗する力も無かったもので…。お二人が助けてくださったのですか?」

「ワシは何もしとらん。助けると決めたのも助けたのもすべて彼女じゃよ。」

「私を救って頂きありがとうございました!この御恩は必ず返します!」

元気よくペコリとお辞儀をした獣人だったがぐぅ~と巨大な音が鳴ったかと思うとお辞儀の姿勢のままコテンと横に倒れ、微動だにしなくなってしまった。

「え、死んじゃったのかな。」

ツンツンと突きながら夏海は言った。

「恐らく空腹じゃろうて。放っておくのもなんじゃし飯を食わせてやるかのう。」

 二人は野営の場所まで獣人を連れ帰える。残っていた夕食の匂いを嗅いだ瞬間、獣人は飛び起きた。食事を与えると泣きながらものすごい勢いで平らげてしまった。

「ほぁ…久しぶりのご飯ではしたないところをお見せしてしまいました。ご飯めちゃ美味しかったです!」

またしても獣人は深々とお礼をした。

「そういえば、あんた名前は?」

「私、【幻惑のカリア】って言います!【閃拳のナツミ】と呼ばれる方を探してるのですがご存知ないですか?」

「……。」

夏海とヴェインは顔を見合わせる。

「ちょっと、ちょっと待ってね。」

「え?は、はい。」


少々離れた木陰。

「ねぇ、あたしの名前広まるの早くない?情報網そんなにしっかりしてないでしょこの世界。」

「人の噂が広まるのは早いものよ。なんせ長年脅威であった魔王軍の幹部が辺境の町で倒されたのだからな。名が売れるには充分よ。ワシとナツミが首都ガイアスに向かっている話ももう広まっておる頃じゃろうて。」

「うむーそっか。というかさっきのあの子、名付けられし者ネームドだったよね?ヴェインは知ってる?」

「恐らく魔王軍じゃ。【幻惑】なぞ聞いたことが無いからな。」

「ええええええーーーーー!?」

「まぁ落ち着け。本気で殺しに来るなら道中で全く襲ってこないのも変な話じゃろうて。警戒して手を出さないにしろ罠1つないのは不自然過ぎるわ。」

「確かに。という事は威力偵察とかその辺って事か。」

「【幻惑】という名からして。人を惑わすことに特化している、あるいは、幻を扱う能力を持っているかだな。いずれにせよ警戒はせねばならんだろう。」

「うん、わかった。気を付けるよ。」


「あ、お帰りなさい!」

夏海はうーんと唸ってから言った。

「あたしは【閃拳のナツミ】。多分あんたが探してる人物だね。」

「ナツミ!」

ヴェインは声を張り上げ、夏海を止めようとするが。夏海は大丈夫と、アイコンタクトを取った。

「あんたがあたしを探してる理由って教えてもらえたりする?」

「はい!命の恩人の上に一飯の恩があります!お答えします!」

カリアはビシッと姿勢を正し、言った。

「私、【幻惑のカリア】はパステノ様の命によりナツミ様と合流し、お役に立つよう行動せよ!と指示を受けました!」

静寂が訪れる。

「…どういうこと?」

「あ、手紙!手紙を預かってます。こちらをどうぞ。」

カリアはポケットからべちゃべちゃかつびちゃびちゃの手紙を夏海に渡した。

なんとかギリギリ読めるその手紙には以下の文章が書かれていた。


閃拳のナツミ様へ

お初お目にかかります。わたくし【有情のパステノ】と名乗るものです。魔王軍です、ええ、はい。いきなりの事で驚かれているかもしれませんが、どうか手紙を破かずに最後まで読んでください。ええ、決して破かずに。我々魔王軍を名乗っていますが、その性質、一枚岩ではございません。現在はわたくしの穏健派と、もう一つの虐殺派という派閥がございます。魔物そのものがすべてが悪逆非道という訳でないのですが、私やカリアの様な穏健派はいかんせん少数です。先日のブロウの死によって虐殺派の力関係が大きく変わりの動きがございます。我々穏健派を抹殺する動きをする者たちが台頭するとわたくしは予想しました。それゆえに、カリアを一度あなた方に預けるという形で(彼女には魔王様からの任務という体裁で動かしていますが。)。獣人にしては体が小さく、体毛が多くモッフモフですが(そこがプリティーなんですけどね。)れっきとした成人と迎えた子です。純真無垢ゆえに、善にも悪にも染まりやすい。ただ、獣人である彼女が日の目を見て生きていけるならこのパステノ、命を投げうつ覚悟もございます。

どうか彼女が一人前、少なくとも魔王様にあてがわれた【幻惑】を誇れる様勇気付けてあげてください。誠勝手ながらどうかよろしくお願いします。


追伸 生き残る事が出来たらいずれまたお会いする日が来ることでしょう。その時はまたよしなに。

有情のパステノより


手紙を読み終えた夏海ははぁとため息をつき、カリアとヴェインの顔を交互に見た。

「魔王軍って実は意外といいやつもいるんじゃない?」

「主に過激な行動に出ているのは虐殺派であることは調べがついておる。だが、人間側で区別がつかん以上はすべて叩き斬るしかないというのが現状じゃ。何ならマリンツは首都から獣人や亜人を魔物と定義して追い出し、今後国内に入れることを禁ずる法を作ったぞ。」

「クソだな。会ったら一発殴っちゃいそうだよ。」

「で?どうする。カリアは我々が匿う以外道は無さそうだが。」

「ん、連れていく。放っておいたら明日またトリゴスの餌になってるかもしれないからね。」

「やった!ありがとうございます!」

カリアは目を輝かせぴょんぴょんと跳ねている。

「ひとまず、今日はもう寝るとするか。話は明日じゃ。」

一つ背負うものが増えた夏海は嬉しいような困ったような顔をしながら寝床へと歩いて行った。

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