第3話 あたしと同じ匂いがする

ブロウによる魔王軍襲撃から2週間が経過した。ロンダの町で生き残った住民たちによる尽力の甲斐あって、最低限のインフラが戻って来た。3000人規模の町だったロンダの人口も先の一件で激減し200人弱になってしまった。それ程、魔王軍が与えた被害ともたらす影響というのを生き残った者たちは実感した。そこで、復興に力を注ぎつつ、今後どうするかを話し合っていた。

多く出た意見として、「ガイアスに助けを求めるべきだ。」というものだ。

ガイアスという国について話す前に、そもそもこの世界の構図がわからない。、と夏海が言ったところハロン達がとても丁寧に教えてくれた。

 今夏海達が存在しているロマネスティアという世界は主に2つの大きな国が統治している。東をクリスカルディア国、西をエルドルティア国と呼ばれる。西と東に分かれてはいるが、土地の広さ故一つの首都国では管理が行き届かない可能性を考慮し、東西で分かれる事にしたそうだ。

「なので、クリスカルディアもエルドルティアも基本的には友好的で、両国の行き来もどっちの国属すのも自由というのが現状です。」

ハロンは地面にガリガリと地図を描きながら夏海に説明を続ける。

「そして、今私たちが暮らしているロンダの町はエルドルティア国に属しており、その首都がガイアスになります。」

「一つ、質問良いですか。」

夏海はビシッと手を上げ聞いた。

「どうぞ、私が答えられる範囲でしたら。」

「基本的に友好って事は、友好じゃないタイミングが存在したって事で間違いないですか?」

「あー、えっとまぁ…そうですね…。」

ハロンは少し答えづらそうな顔をしている。

「ワシが答えよう。」

大きな鎧を着こんだ巨躯の男がゆっくりと近づいてきた。夏海の2倍はあるその体から放たれる異様な殺気は多くの修羅場を超えてきた証明でもあった。

「ヴェインさん。でも、ガイアスでの話はしたくないと仰ってましたよね…?」

「今はもう良い。それにこの小娘はを実力者と見込んだうえでだ。超武闘派で残虐性の高い【轢殺のブロウ】を一人で仕留めたのだからな。」

「あたしは夏海。よろしく。」

二人は厚い握手を交わした。

「ほう、このワシに物怖じしないその態度。ますます、気に入ったわい。」

「あんたからはあたしと同じ匂いがする。道を探してる迷子の匂いがね。」

「…。」

 一瞬、ヴェインは真顔になったが、すぐにニヤリと笑い話を始めた。

「ワシは長年ガイアスで将軍をしておった。【不動のヴェイン】と呼ばれていたがまぁそこは別に気にせんでよい。ただそのワシは今、このロンダの町で守衛をしておる。それはなぜかわかるか?」

「老いぼれて引退とか?」

 夏海は特に悪びれず答えた、周りの者たちはいつ夏海がヴェインの機嫌を損ねないかヒヤヒヤしながら見守っている。

「ワシは引退などしておらん。まだまだ現役じゃぁ。正解は、将軍の地位をはく奪された、じゃ。」

「首都ガイアスは数年前に王が亡くなり、次の王が即位することとなった。国王の遺書では長兄であられるマリンツ王子が次の王となるはずだったのだが、そうはならなかった。マリンツ王子は殺されたのだ。」

「弟が殺したとか?」

「まぁそんなもんじゃな。王座を得んとするする愚弟ラーキンによって王子は暗殺されたのだ。」

「ヴェインはマリンツ王子派の人間だったの?」

「その通りよ。先王アルバトラスの民を思う慈悲の心と少々行き過ぎた自己犠牲の精神を持つマリンツ様は、この老いぼれの心を打つ程立派な御方じゃよ。」

「守れなかったのはその弟の差し金ってところか。」

「マリンツ様が暗殺される日、ワシはクリスカルディアの首都へ向かえと言われておった。ラーキンからの指示だったが、国交に関わる事ゆえに断ることは出来んかった。その結果がこれよ。結局ラーキンはワシから将軍をはく奪し、ここに居るという訳じゃ。」

「あんたの身の上話はよく分かった。けど肝心なのはそのラーキン王が魔王軍に対してなんの対策を講じ無いから各地で犠牲が生まれてるって事。少なくとも、今のままで良い訳がない。」

辺りの者たちはうんうんと頷く。中には家族を奪われた苦しみを思い出し、泣き出す者もいる。

「ならば、会いに行くか?我々の王に。」

「どんなクソ野郎か、一度拝んどきたいな。」

「ならば善は急げだ。明日、ワシとナツミ殿で首都ガイアスに向かう。他の者たちは少しでも早く、ロンダの復興を急がれるがよい。」

 皆、応っ!と返し、それぞれの場所へと戻っていった。


 翌朝。

「ハロンさん、いくら何でもこれは流石に…多過ぎでは?」

衣服、数日分の食料、野営道具一式、等々を積んだ馬車をハロンさんはたった1日で用意してしまった。

「何を仰いますか!ナツミさんは命の恩人です!これでもまだ返しきれてない位です。あとこれ、金貨袋。一月は余裕で過ごせるくらい入ってますので。」

「ええ…。」

「私はただの宿屋ですのでこの国の詳しいことはわかりません。ですが、ナツミさんやヴェインさんはきっとこの国に良い影響を与えてくれるのだと確信しています。ですから、その後押しをすることは決して間違いではない、そう思いませんか?」

「ナツミよ。こういう物は素直に受け取っておくがよい。人から何かを与えられるというのはその資格があるからなのだぞ。」

「ん、そっか。じゃあありがたく。有意義に使わせてもらいますね。」

「首都ガイアスまではかなり遠いです。くれぐれも油断無きよう。」

町の住民たちに見送られ、夏海とヴェインはロンダの町を後にした。ゆったりと進む馬車。御者をしているヴェインがふと、夏海にあることを聞いた。

「そういえば、ナツミよ。貴殿は【名付けられし者ネームド】ではないのか?」

「何それ。あたしは最近この世界に来たからそういうの全然わからないんだよね。」

「確かにハロンもそう言っておったな。なら、ワシが名付けをしてやろう。ワシの【不動】も先王アルバトラス様より賜ったのだ。」

「それってなんか重要だったりする?別に無いなら必要ないかなって。」

「大ありじゃよ。名はその人全てであると言っても良い。名は人に与えられるが、与えられた人物はその名に恥じない生き方をしようと心がけるもんじゃ。要するに、自分の軸がブレないようにするためのものだと考えればよろしい。」

「なるほどね。じゃぁ私は…。」


魔王城にて…。

「バステノ様!【轢殺のブロウ】を打破した者の名が判明しました!」

「ほう、言ってみろ。」

「【閃拳のナツミ】という者だそうです。あのブロウをいとも簡単に倒して見せたと…。」

「まじで…?あいつ割と主力クラスの【名付けられし者ネームド】だったんだけどな…。」

「どどど、どうしましょう?まだ魔王城の存在もバレてませんし…。こちらに向かってくる様子もありません。」

「とりあえず様子見だな。【幻惑のキリア】を呼べ。奴を動かす。」

「はっ!今すぐに!」

「…はぁ。今後結構まずい事になるかもな…魔王様にはなんとお伝えしたものか…。」

バステノと呼ばれた者は顎をポリポリ掻きながら闇へと消えていった。

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