第2話 慈悲は乞うな、手繰り寄せろ。

ロマネスティアに降り立って早2週間が経過した。

やる事為すことは現代日本とほぼ差がなく、自分の住処と食料の確保にこの2週間という時間を費やすこととなった。

夏海が住むことにしたロンダの町(どうやら周辺にここ以外町は無いらしく、半ばここに住まざるを得なかった。)は人口3000人ほどの町で、各地に散らばる村々をつなぐ中央の拠点として栄えた宿場町である。魔物というのも存在してるらしく、守衛や魔物を討伐するためのギルドなるものがあるのが以前の世界と大きく違う点だろうか。

 今は住み込みという形でここハロンの宿で働いている。

「ハロンさん。荷運び全部終わりました。」

「え!もう終わったんですか!?あれ一日かかると量だと思ってたのに…ナツミさんはすごいなぁ。」

この人はハロンの宿のオーナーのハロンさん。町でもそこそこ規模の宿を経営している。衣食住を提供してもらってるのでその対価として夏海は労働力を提供している。

「運動は得意ですし、力とか強い方なので。あれくらいの量なら2時間もあれば片付きます。」

夏海はブレスレットをチラッと見た。白い宝石がキラリと光る。

「うーん、じゃあ今日の仕事終わり!あとは僕らの仕事になるから、今日はもう休んでいいよ。」

「ありがとうございます。」


夏海はロンダの町を歩くことにした。行く人々の群れの中に獣人や、捜索でしか見たことがない人型種族などが混ざっている。

充分に物珍しい光景ではあるが、夏海は特に気にせず、歩いてる。

「文化が違うだけで生活環境はほとんど変わらないんだよなぁ。」

時々耳にする魔法という言葉の想像は全くつかないが、少なくとも今の自分には全く関係ないだろう、と思っていた矢先に事件が起きる。

「魔王軍が攻めてきたぞーーーー!!!!」

誰かの叫び声と共に空が真っ赤に染まる。辺りで大炎が巻き起こり、悲鳴と怒号が飛び交い始めた。

「ハロンさんが危ない。」

自らの生存よりもハロンの安否が気になった夏海は、ハロンの宿に向けて全速力で走りだした。


「た、助けてくれ!!!誰か!!」

ハロンが大きな声で助けを求めている。辺りには魔王軍の魔物が闊歩し、すでに息絶えた冒険者や住民を貪り食っている。

「冒険者は、他に冒険者はいないのか!?」

目の前の惨劇に腰を抜かし、ただ這いずる事しかできない。

「ああ、神よ…どうか我々に慈悲をお与えください…どうか…どうか…。」

祈る。ただ祈る。絶望に包まれた人間が行うのはただ、祈るだけ。

魔物がゆっくりとハロンを掴み上げ足に嚙り付こうとした瞬間。

魔物とハロンは急な横からの衝撃に大きく吹っ飛んだ。

「神に慈悲は乞うな、どうせ助けてくれない。生きたいなら、生きたいと思うなら。生き残る可能性を手繰り寄せろ。」

声の主は夏海だった。

「すいませんハロンさん。ちょっと遅れました。」

「ナツミさん!!なんで…早く逃げなさい!」

「逃げる?私はハロンさんを助けに来たんですよ。」

魔物が夏海に飛び掛かる。夏海はそれを華麗にかわし、魔物の腕をつかみ、豪快に右の拳を叩き込んだ。バギャリと何かが割れると音がしたかと思うと、魔物は地に伏し微動だにしなくなった。

「ハロンさん!」

夏海が左手を付きだすと、ブレスレットから白い糸のようなものが複数伸び、ハロンの体に巻き付いた。

「引っ張りますよ!!!!」

グッと夏海が手を引くと、ハロンの体が宙に浮き、夏海の元へと手繰り寄せられる。

パシッと夏海がハロンをキャッチしたのと同時に、ハロンの宿から飛び出した。


「これはひどい…。」

辺り一面火の海となっていた。そこかしこに魔物と人が戦う姿あり。悲鳴と怒号が混じり合い、血と肉の焼ける匂いが充満している。

「今日は、この世の終わりなんですかね…?」

ハロンは呆然と景色を眺め、呟いた。

「ひとまず安全な場所に連れていきます。しっかり掴まっててください。」

夏海はバネの様に跳躍し、目にも止まらぬスピードで走る。並み入る魔物を片手間に倒し、町の外をただ目指す。突如異様な殺気を感じる。

「お前、中々やるみたいだな。俺と戦おうや。」

筋骨隆々の魔物が一人、夏海達の前に立ちふさがる。

「邪魔だからさっさとそこをどけ。」

「血の気が多いねぇ。俺は魔王軍幹部、轢殺のブロウ。今日はムシャクシャしたからこの町ぶっこわしちまった。悪ぃな。」

「あんたが何者かなんて興味ない。ただ…。」

「ただ?なんだよ言いたいことがあるなら言ってみな。」

「この町を壊し、人々の日常を奪い去ったその罪、死で償ってもらう。」

夏海はハロンを安全な位置に遠ざけ、構えを取る。

「オイオイオイオイ。寝ぼけてんのか?俺は魔王軍の幹部だぜぇ?魔王様から偉大な力を貰ってるつぇ~魔物なんだせ?嬢ちゃん、命は大事にしな。」

「ならば冥土の土産に覚えておくがいい。私は夏海、この世界を力で救う者だ。」

「バカ野郎が…あの世で後悔しな。」

刹那。拳と拳がぶつかり合う。顔色を変えたのはブロウの方だった。

「オイオイオイ、まじかよ。」

幾千回戦闘を繰り返してきた己の肉体が、ただの拳の衝突で砕けてしまった。足、拳、裏拳、足、フェイントからの拳、バックステップ、すぐに正拳。最後の正拳を受けきることが出来ず、ブロウは大きく仰け反った。

「(ばっ、バケモンかこいつ!全部が早い上に重てぇ!)」

スッと着地し、夏海はまた構えを取る。

「どうした。守っているだけでは勝てないぞ。」

「うるせぇえええええええええええええええええええええええええええええ!!!!!!!!」

ブロウの獣の如き突進。その覇気に一瞬顔色を変えたものの、夏海はそれを正面から取っ組み、受け止め、突進を止めてしまった。

これには周りで見ていた魔物や人間も呆気にとられて動けないでいる。

「貴様らはただ相手に恵まれていただけだ。強いものに縋って、力を貰い、自分が強くなったと勘違いしているただの大バカ者だ。」

夏海は鋭い右拳の突きを1発入れた後、さらの思い切り拳を振りかぶりブロウを殴り飛ばした。

ブロウは彼方すごい速さで飛んでいく、かに思えたがブロウの体中に巻き付いている白い糸が手繰られ、夏海のところに戻ってくる。

すでにノックアウトされているブロウの顔面に拳がめり込み…ブロウはその衝撃で二度と動かなくなってしまった。

「魔王軍幹部轢殺のブロウはこの夏海が討ち取った。不服やあたしに挑みたい者がいるなら名乗りを上げるがいい。」

殺気の籠った視線で辺りを一瞥すると、魔物たちは蜘蛛の子を散らすように逃げていった。

それを見た人々は一斉に夏海を讃える歓声で夏海を包み込んだ。

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