第5話 田中三雄ことサードが勇者として旅立ちたいために策を張り巡らせるが失敗に終わる話。

サードの正体が三雄だと判明して3年が過ぎた。

親子の暮らし方が微妙に変わってしまったが問題なく過ごせている。

サードは勇者として鍛えなければならない事を公言したが同世代の男の子達の「おれがまおうをやっつけてやる!」と同レベルだと思われて軽くあしらわれていたものの同世代の男の子達が訓練に飽きる中、1人で素振りや走り込み、村の中では優秀な魔法使いから簡単な魔法を教わって実践していた。


ある日、昼食後にサードこと三雄が「なあ、2人は子供とか考えないの?」と聞き、創一が「…この家の何処で更に子作りすんだよ?」と呆れ返す。


家は元々日本で言うところの1LDKだったが診療所を始めた関係で一部屋は潰れていて残りで家族3人の生活をしている。


息子の質問に父親が答える図式だがそれは異質で皿洗いの終わった双葉はゲンコツと共に「子供と何話してるの?」と創一を怒る。


三雄はそれを聞きながら「えぇ?別に知った仲だし平気だって」と返す。双葉は三雄と男女の仲になっていたので、三雄は遠い記憶だが自分の腕の中で眠る双葉を覚えている。


この返しに双葉は「平気じゃない!」と怒り、創一は「なんでそんな事言い出すんだよ?」と聞いた。


「いやー、そろそろ魔王討伐に行かないとヤバくね?だから俺が旅立った後が寂しくないようにさ」


「何言ってるの!?まだ10歳でしょ!」と怒る双葉に「でもさ、ネツト周辺でも変な話が出てくるようになったろ?いい加減行かないとダメじゃね?」と三雄が返す。


「だが俺たちはついていけないんだぞ?」

「本当よ。訓練ならいくらでも付き合えるけど一緒には行けないのよ?」



「それでもさ、訓練は感謝してるって。後は今の自分達がどれだけ強くなったかわからないのが問題だよな」

「問題だろ?な?これで勇者の名乗りとして王都に行った時に殺されたら困るだろ?」

「着いていけたらいいのに…ヤキモキするわ」


ここで創一と双葉が救済の女神から授かっていた村民最強がネックになっていた。


村民最強はあくまで自身の居る村、ネツト村最強であって村が見えない場所に行くと途端に普通の村人レベルに弱くなる。

元々は平穏無事に人生をエンジョイ出来る為のサービスでしかなかった。


今現在、ネツト村最強は能力を隠しているが勇者としてポテンシャルが約束されている三雄で、その三雄が村に居るからこそ、双葉と創一は相対的にもう一段上の実力を持っていた。


その3人の稽古は深夜に行われるが本気で戦うと付近の魔物達は恐れを成して逃げ出す程になっていた。


「せめてもう一年だけ訓練をして強くなってから勇者の名乗りに行って?」

「そうだな、三雄がいる間だけなら俺たちも強くなるから訓練に付き合えるしな」


この日から更に本気の訓練が休みなく行われた。

朝になると山道を塞いでいた岩が粉々になっている時もあれば見たこともない大穴が空いていたりして村民達は魔物の襲来を案じていたが、実際やっていたのは三雄達だったりする。


そして三雄はその事をすっかり失念していて「また村の周りで魔物が悪さしてるのか…心配だな、もっと鍛えないと」と言って訓練を続けていた。


時折聞こえてくる勇者の偉業を聞くと双葉と創一はたまらなく不安になった。

恐らく自分達のような転移者だろう。


ある日草原に現れた勇者は2000を超える魔物の群れを1人で倒した後は王城に赴いて勇者を名乗るが勇者の装備を身につけずに旅に出る。


そして真っ直ぐに魔王城を目指し、底の見えない深い谷は見たことの無い魔法で目の前のみを塞いで歩いてしまい、灼熱の山を凍り付かせ、魔物が用意した大瀑布を干上がらせて魔王城を目指したと言う。


そんな力を持った勇者が倒されて魔王に取り込まれたとあっては親として、元カノとして、親友としては慎重に慎重を重ねて、訓練に訓練を重ねて安心して送り出したい気持ちだった。



訓練を続けて一年。

三雄はサードとして村長の元を訪れる。

そうしたのには理由があって、父母である双葉と創一はまだダメだと言って出立を認めようとしなかった。


だが三雄的にはもう一刻の猶予もないと思っていた。

日々村の外が魔物達に荒らされていて、村民達は怯え切っていた。

本来は双葉と創一と三雄の訓練で荒らされただけだが、訓練に熱が入ると周りが見えなくなりヘトヘトになるまで暴れるので惨状には相変わらず気付いていない。


「おお、どうしたサード?お前は熱心だから他の連中が辞めた訓練も未だに続けているな」

「はい!」


三雄はサードとして溌剌に振る舞って今年34だとは悟らせない。


「それでどうしたのだ?」

「女神様が夢枕に立ちました」


「何!?」

「女神様は俺が勇者になる子供だと教えてくれました。ですが夢かも知れないから村長のところに行って2人きりになったら声をお聞かせくださいと頼みました。

なのでここで女神様の声が聞こえるか待たせてください」


「…なんと…。女神様に導かれたアインとツインの息子が勇者とは…」


村長が目を潤ませて居るが未だに女神の声は聞こえてこない。

三雄は「おーい、とりあえず魔王討伐に行くから声聞かせてよー」と念じると遠くから女神の声が聞こえてくる。


「おお!これは神託!間違いない!」

喜ぶ村長と、これでようやく魔王討伐に出れると思った三雄だったが聞こえてきた声は「修行しろ、修行しろ、まだ早い」と言うものだった。



「な…女神様?」

驚く村長には「夢枕には立ちましたが、サード少年は肝心なところが聞こえていなかったようですね。まだ幼いのでまだ自己を高めてください。今のままでは勇者の装備が身につけられません。彼を大人達で鍛えてあげてください」と聞こえてくる。


それはサードの耳にも届いていて「ウソ…マジ?」と返すと「ええ、村長を巻き込む作戦は良かったですがまだまだです」と言う女神の声が聞こえた後、村長は本気を出した。



村人を集めて神託を得た事を言う。

そしてその横に居るサード…三雄を見て双葉と創一は嫌な予感と共に固まる。


「聞け!神託の徒アインとツインの息子サードが女神様に勇者として選ばれた!」

どよめきと感動、その中で怒気が起こる。


流石は親、流石は親友と元カノ。

流れから三雄が出立したくて村長に売り込んだ事は一目瞭然だった。


怒りを振りまく双葉と創一の殺気に晒された三雄は信じられない恐怖に震えていた。


村長はそれを緊張と勘違いして優しい目で「恐ることはないぞ」と言って三雄の肩に手を置く。



「このサードが夢に女神様が現れて勇者に認められたと申したのだ。そしてそれは真実だった。私と2人になった時、女神様がお声を届かせてくれた!」


村人達は「おおぉぉ!」と喜ぶ。


「この流れ…」

「ああ、女神の言質も手に入れて名乗り上げに行くつもりだな」


「骨を折ってでも足止めしなきゃ」

「ああ、右足は任せた、右手は任せろ」


双葉と創一がそう言って居る中、村長は「だがサードは幼かった為に女神様のお言葉を聞き逃していた」と言う。


「は?」

「え?」


「女神様はまだサードに修行が足りないと、勇者の装備を身に纏うには幼いと言っていたのだ」


「あれ?」

「話が違う?」


双葉と創一が見ていると三雄の顔はドンドン曇っていき、バツの悪そうな顔になる。


「よってサードは女神様からお許しが出る日まで修行に明け暮れる事になる。皆のものもサードを応援する様に」


この言葉に村民達は皆「はい!」と声を揃え解散になった。

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