8月15日
睡眠薬の影響で眠気が残り、お昼近くまで寝てしまった。ご飯を炊いて卵焼きを作るのと同時に、一昨日の夕飯の残りをつけ合わせる。
「今日は俺の方が早く起きたぞ」
「……そうだね」
「夜も朝も萌絵の寝顔見ちゃった。かわいかった」
「案外、修哉の方が睡眠時間短いじゃない。ほら、ブランチを向こうに運ぶからどいた、どいた」
明日はもう、お別れの日だ。テレビで甲子園を点けながら、言葉少なにブランチを手早く食べる。
食べ終わった頃に画面が、戦没者追悼式になる。テレビの前で起立し、手を合わせて黙祷する。蝉の声が鳴り響く。
「なんかさ」
私は、しんみりと口を開く。
「うん」
「戦争を題材にした映画とか漫画とかも読んだけど、もちろん亡くなった人もだけど、それよりも大切な人の命が奪われて戻ってこない人の気持ちを想像して、辛かったんだろうなって切なくなるんだよね」
「……そうだね」
食洗機がないことを少し恨みながらお皿を洗ったが、身体にだるさが残っているため、またベッドに戻った。
「お仕事大変なの?」
「……うん。正直やめたい」
「養ってあげられなくてごめん」
「大丈夫だよ。どっちにしろこのご時世、専業主婦なんて非現実的だし」
「地元には戻らないんだ」
私はゴロンと寝返りを打つ。
「戻りたくないの」
「そっか」
こちらには、友達も知り合いもほとんどいない中、上京してきた。インドアなせいで休日に友達ができるわけでもなく、地元の友達はもう結婚、出産していて気軽に話せも会えもしない。
冷房の効いた部屋で、どうやら1時間ほど寝てしまっていた。
「寝ちゃってた、ごめん」
「大丈夫。いつも疲れてるだろうから、ゆっくり休みな」
「でも、修哉と一緒にいれるのは少ししかないから、寝たくなかった……」
「子供っぽいところは相変わらずだな」
「そんなことないもん!」
夕方は、ベランダから見える花火鑑賞だ。
炊いたご飯と、ビールと適当に買ってきたおかずをつまみながら話す。
「近距離恋愛だった頃にあの花火大会に行ったことあるね」
「そうだね」
「1回か2回かな?」
「浴衣着てくれたもんね。かわいかった、覚えてる」
「浴衣どこにやったっけな。ある気がするから探してくる」
私は押し入れを引っ掻き回す。しばらく着ていなかったけれど、割と綺麗な状態を保って見つかった。
私は、ワンピースタイプのインナーを着て、その上から軽く浴衣を着付ける。黒地に白と黄色の花が引き立っている。なんとなくそのまま下ろしていた髪は、肩につかないようにポニーテルに結えた。
「綺麗」
ベランダに戻ると、修哉が目を見張った。花火の水色に照らされて、彼の顔が透明感のある青白い色に染まる。
「前に着てくれた時と比べて、大人っぽくなったねえ。似合ってる」
「何目線よ。まあ、もう27になったもんね」」
私は笑う。けれど、褒めてもらって悪い気はしない。
「ありがとう」
「どういたしまして。浴衣暑いから、ビール飲む」
もうすでに温くなったビールを流し込む。苦味とほのかに弾ける感じが口の中に広がった。しばらくすると、花火が立て続けに上がり、終わりを迎える。
浴衣を脱いで解放感を味わった後、軽くシャワーを浴びて、先ほどの残りを飲み食いする。
「なんか私、ここ数日食べて寝てばっかりね」
「そんなもんでしょ。そういえば、お義父さん、お義母さんは元気?」
「多分。少なくとも今年のお正月は元気だった」
「お盆くらい実家に戻ればいいのに」
「修哉と会いたいから。それに、年末年始は帰ってるもん」
ふい、と彼から目を逸らす。私は一方的に彼に愚痴を言ったり手紙を書いていたりしていた。でも、修哉から返事は来ることはない。事情があって仕方のないことだとはわかっているけれど、寂しい。
「ごめん……ありがと……」
彼はそう呟いて、大人しくなった。規則正しい寝息が聞こえる。
「おやすみ」
私は呟いて、またしばらく見られなくなる彼の寝顔を目に焼き付けた。
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