8月14日

カーテンの隙間から入ってくる日の光で目が覚めた。隣を見ると、彼はまだ寝ていたので私は静かに起きる。


彼を起こすのは一苦労だ。寝起きが悪いし、放っておいてもそのうち起きるので昨日の夕飯の皿洗いから始める。


「こういう時、食洗機あったらいいなっては思うけど……」


最近は、仕事が忙しくてご飯を作るどころではないので、あっても意味がないだろう。


朝ご飯は簡単にパンだ。休みに入る前に食パンや昨日のきゅうりやミョウガ、レタスと卵を買っておいた。


フライパンに卵を割り入れていると、リビングの方でゴソゴソと動く物音がした。

お皿にパンと簡単なレタスとトマトのサラダ(マヨネーズがけ)、目玉焼きを載せていると修哉が目をこすりながら台所に来た。


「おはよう」

「……おはよ」

「ふふっ、まだ寝ぼけてるみたいだね。もうできたよ」

「ああ、うん……」


台所からリビングに食事を運ぶ。


「いただきます」


私たちは机の前に座って、手を合わせる。


「今日は何する予定?」


修哉に問われて私はもぐもぐと口を動かしながら考える。


「うーん、混んでるから外に出たくないんだよね」

「じゃあお家デートは?」


私は、少し行儀が悪いけれど、食パンに目玉焼きのトロッとした黄身をつけて食べる。


「おいしい?」

「うん!」


頬張って笑う私を修哉が微笑ましそうに見つめる。


「萌絵にはそうやってずっと笑っていてほしい」


彼に言われて、私は少し俯いた。最近は笑うどころか怖い顔をしていることが多かったと思う。



のんびりとしたブランチを終えて、軽く掃除と片付けをした。彼氏が来る前にしておけよ、という話だが、最近はそれどころではなく深夜に家に帰ってくることもざらで、家と職場の往復で精一杯だった。


「アルバム見よう」


片付けの途中に目についたアルバムを取ってきて、一緒にベッドに腰掛ける。


アルバムは、大学生の私の一人東京旅の写真から始まる。


「友達が急に行けなくなったんだっけ?」

「そう、体調崩しちゃってね……。それで、盛大に迷って修哉に声をかけたんだよね」

「急に同じ年くらいの女の子が涙目で、『迷ったんです! ここどこですか⁈』って聞いてくるからびっくりしたよ」

「泣いてない」

「涙目だった」


スマホと睨めっこしても、目的地から遠ざかるばかりで焦ったものだ。修哉とはそんな嘘のような出会い方をきっかけに交際が始まった。そして私は、将来を見据えて大学卒業を機に上京してきて今に至る。


ひとしきり思い出話に花を咲かせた後、近くのスーパーにお弁当を買いに行く。今日の夕食はこれで済ませる。


「いつもお弁当とかなの?」

「そうだね。今日はスーパーが開いてたからよかったけど、だいたいコンビニだな」

「萌絵は頑張りすぎちゃうから心配だよ……」


私は、無言でお弁当のご飯を頬張った。


お菓子をつまみながら談笑し、シャワーを浴びる。髪を乾かした後、暗くした部屋のベッドでゴロゴロするが、一向に眠気が来ないので、枕元に置いてある睡眠薬を手に取る。


「昨日はあんなにすぐに寝れてたのに?」

「修哉と一緒にいたから安心したんだと思う。今日はどっちかというと目が冴えちゃって。あっ、そろそろなくなってきたからまた病院に行ってもらわなきゃなー」


ここ数年間、睡眠薬には度々お世話になっている。


「大丈夫? 自分を大切にしてよ」

「そうだね」


私は台所に行き、コップに汲んだ水で睡眠薬を飲む。


「修哉は寝られそうなの?」


私は布団をかぶりながら隣に尋ねる。


「萌絵ちゃんの寝顔を見る」

「そういう時ばっかりちゃん付けにして。答えになってないんだけど。修哉を起こすの大変なんだから、早く寝てよね」

「わかった、わかった」


ずっと待ち望んでいた彼の笑顔が目の前にあることを幸せに感じながら私は眠りについた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る