訳アリ遠距離恋愛中
郷野すみれ
8月13日
私は彼氏と遠距離恋愛中だ。訳あって1年に1回、数日しか会えない。
「ただいま」
「おかえり!」
夏の土曜日の午後、
「元気にしてた? ちょっと痩せたかな、大丈夫?」
「うん……大丈夫だよ。そっちは相変わらずだね」
一緒に住んでいた頃から変わらない。優しそうな目も、細身な身体も。
「じゃあ、久しぶりだし腕によりをかけて夕飯作っちゃおうかな」
「お、楽しみ」
エプロンをつけて台所に向かうと、彼も後ろからついてきた。
「見たいの?」
「うん。
「ふふ、ありがとう」
そういえば、以前も私の家に来て彼の時間がある時、料理している姿を見ていたものだった。私は台所に立って、まず炊飯器をセットする。ついでに買っておいた魚をグリルに放り込む。
「あんまり台所に立ってたくないし、火は使いたくないからね」
私は冷蔵庫から買っておいたきゅうりとみょうがを取り出して手早く切る。
「今まではちゃんと食べてたの?」
彼に問いかけられる。私は無言できゅうりとみょうがを麺つゆで和える。漬物代わりに作っておくので、これで2、3日は保つだろう。
「ねえねえ」
冷蔵庫に入れるためにタッパーに詰めていたら、脇から顔を覗き込まれ、観念した私は目を逸らす。
「……食べてないこともないよ」
作るのは好きだが、食べることはそこまで好きじゃない、というか量が食べられない。なおかつストレスや暑さが食欲のなさに直結するので仕方ないのだ。
「食べてないんでしょ。だーめ。ちゃんと食べて」
「今日は食べるよ、大丈夫。修哉と一緒だから、食べられるもん」
「いつも。もうちょっと肉付きが良い方が俺は好みかな、なーんて」
おどけたように言ってくるが、心配されているのは事実なので、大人しく受け取る。若干セクハラ発言が混じっている気がしないでもないが。
夕飯を食べて、彼と思う存分話していたら眠くなってきた。明日も彼と共に過ごせるので、今日は早々に寝ることにする。テンションが上がりすぎて反動で疲れてしまったらしい。私は布団にもぞもぞと入る。彼も隣にいる。
部屋の電気を消して暗くすると、彼は呟いた。
「俺にこれしか会えなくて、他の人と、って考えたりしないの?」
「そんなこと思う訳ないじゃない……! バカ……」
私は丸まって掛け布団の端をぎゅっと握りしめ、歯を食いしばる。他の人にそれらしいことを仄めかされたこともあるが、彼にだけは私の気持ちを疑ってほしくない。
「うん、ごめんね」
いつもと変わらない声音に安心する。ふーっと意識が遠のいていった。
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