前のエピソード――第１戦　入部したのは超電磁テニス部

　僕（ぼく）は今（いま）コートに立（た）っている。

　大勢（おおぜい）の観衆（かんしゅう）の中（なか）で。

　そう、世界大会（せかいたいかい）のだ。

　何（なん）と世界大会（せかいたいかい）が当日（とうじつ）だったのだ。

　歓声（かんせい）は僕（ぼく）に向（む）いているものではない。

　悲惨（ひさん）にもシード落（お）ちの優勝連名強豪校（ゆうしょうれんめいきょうごうこう）に当（あ）たっているらしい。

　シード権（けん）はじゃんけんとかいうビックリ仕様（しよう）。

　自分（じぶん）たちの高校（こうこう）は散々（さんざん）に負（ま）けたため、下（した）の下（した）から上（あ）がっていくしかないらしい。

　まぁじゃんけんに負（ま）けたのは樹里菜先輩（じゅりなせんぱい）らしいけど。

　そんなことはどうでもいい。

　樹里菜先輩（じゅりなせんぱい）すらもう戦（たたか）えないんだ。

　でも、もしここで一戦（いっせん）でも勝（か）てれば五十万円（ごじゅうまんえん）なんだろ？

　そもそも誰（だれ）も期待（きたい）すらしてないんだ。

　何（なん）なら、やりたいようにやるだけだ。

　三年（さんねん）のホープらしい相手（あいて）がネットの際（きわ）まで歩（ある）いてくる。

　そうだそうだ、どっちがサーブ権（けん）を持（も）つかはじゃんけんだったな。

　何（なに）かにつけて運任（うんまか）せだな、このスポーツ。

　「君（きみ）、小（ちい）さいねぇ。

　まさか一年生（いちねんせい）じゃあるまいね？

　レギュラーでもない一年生（いちねんせい）が世界大会（せかいたいかい）で、この僕（ぼく）と戦（たたか）おうなんざ」

　「うるせぇ。

　サッサとしろよ、弱（よわ）い犬（いぬ）ほどよく吠（ほ）える。」

　「ハッハッハ！

　威勢（いせい）だけは百点満点（ひゃくてんまんてん）だな！

　いいだろう、サーブ権（けん）は譲（ゆず）ってやろう。

　大（おお）いに恥（はじ）をかくといい。」

　言（い）いたいことは沢山（たくさん）あったが、どうでもいい。

　勝（か）ちさえずれば。

　ラケットにはめ込まれた青（あお）いパーツを外（はず）す。

　その光景（こうけい）に審判（しんぱん）が声（こえ）を荒（あら）げる。

　「君（きみ）！　そのパーツを外（はず）したら反則（はんそく）……え？」

　アクリルケースから取（と）ってきた緑（みどり）のパーツと取（と）り換（か）える。

　「え？　君（きみ）、正気（しょうき）か……？」

　「反則（はんそく）でしたか？」

　「い、いや……。」

　そもそも怖（こわ）がって誰（だれ）も使（つか）わないだろうから鍵（かぎ）すらつけてなかったんだろう。

　甘（あま）いな。

　多分（たぶん）青（あお）いパーツであそこまで疲弊（ひへい）するんだから緑（みどり）のこれは相当（そうとう）に効（き）くんだろう。

　一回（いっかい）勝（か）つまでが僕（ぼく）の仕事（しごと）だ。

　なら、コイツだっていいだろ？

　「し、試合開始（しあいかいし）！」

　ホイッスルが高（たか）らかに鳴（な）る。

　しかし、どういう原理（げんり）で球（たま）が出（で）てラケットで打（う）つのかもわからない。

　テニスと一緒（いっしょ）でいいのか？

　ふいっとラケットを上（あ）げる。

　その姿（すがた）に会場（かいじょう）から笑（わら）いが零（こぼ）れる。

　「ハッハッハ！　超電磁（ちょうでんじ）テニスと普通（ふつう）のテニスの違（ちが）いすら分（わ）からないのか！？

　そんなんじゃ」

　スパーン！バリバリィ！

　「……君（きみ）、動（うご）けなかったね？　勝者（しょうしゃ）、様銀二（ほうぎんじ）！」

　「え？　嘘（うそ）だろう？　球（たま）なんて飛（と）んで来（き）てない！」

　「強豪校（きょうごうこう）さんは目（め）の前（まえ）の事実（じじつ）を受（う）け入れないで勝（か）つものなのか？

　足元（あしもと）、焦（こ）げてるぞ。」

　「はっ！」

　視線（しせん）を下（した）にやると少（すこ）し離（はな）れた線（せん）のギリギリ内側（うちがわ）に焦（こ）げ跡（あと）がついている。

　「こ、焦（こ）げ跡（あと）だと！？

　どんな電力（でんりょく）をしたらこんな事（こと）……！？」

　「はーい、一勝（いっしょう）とったからサーブもこっちだったかな。

　もう一発（いっぱつ）行（い）くぞー。」

　観客（かんきゃく）は呆気（あっけ）に取（と）られている。

　そうか、ラケットを振（ふ）れば球（たま）が自動的（じどうてき）に出（で）るのか。

　樹里菜先輩（じゅりなせんぱい）も意地悪（いじわる）だよなー、教（おし）えてくれればいいのに。

　ってのはまぁ、冗談（じょうだん）で樹里菜先輩（じゅりなせんぱい）は部長（ぶちょう）の看病（かんびょう）でそれどころじゃないんだよな。

　ピーッ。

　ホイッスルが鳴（な）る。

　ブンッ、とラケットを振（ふ）った瞬間（しゅんかん）にスパーンと打（う）った音（おと）と同時（どうじ）に相手（あいて）の足元（あしもと）にバリィ！と電気（でんき）の着地音（ちゃくちおん）がする。

　「勝者（しょうしゃ）、様銀二（ほうぎんじ）！」

　「バカな！　速（はや）すぎる！　精度（せいど）も速度（そくど）も化（ば）け物（もの）か！？」

　打（う）ちますよ、のモーションが要（い）らないのは相手（あいて）の虚（きょ）が突（つ）けていいね。

　お相手（あいて）さん全（まった）く動（うご）けていないじゃない。

　面白（おもしろ）い、まさに無双（むそう）じゃん。

　死（し）ぬとか聞（き）いた割（わり）にこの緑（みどり）のパーツ全然（ぜんぜん）疲（つか）れないし。

　力（ちから）入（い）れてないんだぞ、殆（ほとん）ど。

　ピーッ。

　三戦目（さんせんめ）のホイッスルが鳴（な）る。

　今度（こんど）は待（ま）ってやろうか。

　ラケットを持（も）ち時間（じかん）ギリギリ近（ちか）くまで待（ま）ってから振（ふ）る。

　スパーン、バリィ！

　「セットスリー、勝者（しょうしゃ）、様銀二（ほうぎんじ）！」

　「こ、この僕（ぼく）がストレート負（ま）けだって！？　嘘（うそ）だろ……！？」

　観客（かんきゃく）が状況（じょうきょう）を理解（りかい）したのか歓声（かんせい）が一気（いっき）に様銀二（ほうぎんじ）に向（む）く！

　「よっしゃ！　一勝（いっしょう）！　五十万円（ごじゅうまんえん）だ！

　部長（ぶちょう）、待（ま）ってて下（くだ）さいよ！

　それにしてもこれ、かなり気持（きも）ちいいなぁ！」

　かくして、選手疲弊（せんしゅひへい）による棄権（きけん）とまで見（み）られていた我（わ）が校（こう）は様銀二（ほうぎんじ）たった一人（ひとり）により相手校（あいてこう）が、先鋒（せんぽう）、次鋒（じほう）、急遽変更（きゅうきょへんこう）になった大将（たいしょう）の三人（さんにん）が三敗（さんぱい）ストレートで抜（ぬ）かれ呆気（あっけ）も無（な）く敗北（はいぼく）を喫（きっ）したのであった。