恋するをとめ譚 承の一 「母さん」

 長らくクロールをして、イオリも中々疲れてしまった。案外城までの道は遠いらしい。

 再びイオリは地図を確認した。もうこれで五回目の確認になる。理由として、周りのくらげがうざったくぶつかって来るのがあった。後に分かったが、繁殖期だったようだ。

 くらげを遂には破るようにかき分け、急いで先へ先へとイオリは進み始めた。くらげも負けずに腕に絡みついて応戦した。ついでに人の形をした何かもくらげに混じって応戦する。

 長々と格闘を繰りつつ段々楽しくなってきたころには、目の前に巨大な城が見えた。

 意志を持っているのかいないのか、そんなくらげ達(ついでにヒトガタにも)に手を振ってお別れをした。イオリは中へと入る。


 中は何もなく、淡々と壁や部屋が繰り広げられる様な内容だった。

 次の段階としては……女王を探し出す必要がある。縁結びにはまずパートナーが欲しいからだ。

 この城にオスは沢山いるのだが、メスは中々いない様で、それ故にイオリを派遣させることとなったのかも知れない。

 此処のところ暫く探してみたが、やはりメスはいない様だ。ツノを生やした魚人もどきは嘘偽りなく百匹ほどは見かけたのだが、メスは一度も見ていない。もしかすると、オスメスの違いが分かりにくい個体なのかとイオリは思ったが、先に明らかにツノがない個体を見たので、違った様である。

 おっと、魚人とぶつかってしまった。頭を下げながら通り過ぎようとしたが、よく見ると又メスだったので今度は引き止めた。もう会えないかもしれないので、彼女に聞く事にしたのだ。

 魚人語辞典、耐水メモ帳、どちらにも頭がある鉛筆を持って、彼女は聞いた。

「きみはたれこそ」

「われになつくはすい、なり」

「こがしろのしゆうはおおいにゆかめられん、いまわれがあなくりみれとも、きみのみにけつかをのこすものとなり。」

「そうか、そのーー」

 上記の会話記録から分かる通り、この世界は奇しくもイオリと似た様な言語を用いている様だ。

 そのおかげか、イオリは速やかに魚人の証言を、魚人自身の口を上回るまでに記録できた。

 女魚人に別れを告げ、いよいよ本格的な女王探しに入る。


 男魚人にも聞いて回ったところ、女王は今くらげの場で昼餉を食しているらしい、

 何でも女王は光ったものが好きで、現実のレストランが如く、深海の闇の中でくらげを灯に食べているという。

 それはどうでもいいのだが、どうも気になった点がある。実際に魚人たちに聞いて分かった事。この世界には「パートナーと絶対に離れない」という法則が存在している。

 考えれば、当然の法則である。

 この狭く、暗く、男女比も歪な中でやっと手に入れたメスをオスは決して逃してはならないのだ。逃さぬためなら、彼らは何でもやる。殺すことも稀ではない。

 そんな世界で、独り昼餉を行う彼女は何者だろうか。女王としても異質な個体である。

 そう考え事をしていると、便利な脳だ、イオリは勝手にくらげの場へと着いていた。

 残念ながら目先には女王はいなかったので、少し前のようにくらげを破って探し始めた。

 時間は大きくもかからず、女王は見つかった。

 想像していたより奇麗で、白髪が似合い、何より……魚人の形をしていない!!

 想定外である。女王は光りものが好きなこと、約百六十八人の子孫がいること、お湯が苦手なことは聞いていたが、まさか彼女が人間であったとは。

 人間であるからに、彼女に日本語が通じるか試してみたいが、彼女なりにも女王である。迂闊に話しかけるのが恐ろしい。

 すると、向こうより話しかけてくれた。

「お前、人間だな?」

 以外にも男みたいな口調である。

「はい。貴方様も?」

「おう。人間だ。貴様より64才は年上だろう。」

「えっ。」

 まだ彼女は驚かせてくる。この美麗なる白髪の女王が、六十四才の差。ああ、異世界だからな、とイオリは遂に宥められ始めた。

「何をしにきたんだ。」

「いやまあ、何かしらのミッションを以ってこがしろ……この城には来てるんですけど、内容は言えませんね……」

「ふうん、しわめ語(魚人の言葉)覚えたんだ。偉いじゃん。」

「ありがとうございます。」

 やっと、女王に会えた。安堵からイオリはその場にしゃがみこんだ。

「ちなみにどうやって死んだの。」

「えーと、ベタなんですが、交通事故でして。」

「ベタって……君はサイコしわめだよ。」

「私は人間です笑」

 女王とは言っても、かなり気さくな人だった。この人と結ばれる人も其れに相応しき美を備えているのだろう……そう考えてしまったせいで、あまりにも早く縁結びの緊張が体を伝わり始めた。

「君、緊張の震え方をしてるね」

 見破られた……!?

「なぜわかるんですか…?」

「六十四年生きてれば何でも分かるんだよ。」

 随分短い歳月で、読心術が身についたようだ。ますます彼女が女王の器であることを実感している。

「ずばり!! 君は私をだれかと縁結びさせに来たんだろう!!」

「唐突すぎます!! 展開を考えて下さい!!」

「知らん。……当たっているんだろう? そう考えて話を進めるが、成るところ、縁結びは永遠に叶わないぞ。」

 それでは、イオリが此処に来た意味はない。その理由とは何なのだろう。

「ど、どうして……?」

「私はね、」

 この海の、母親なんだ。

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