第12話
───続いてやって来た信徒は、なんと貴族の人だった。
「あぁ、麗しい女神の使徒よ……どうかこの俺と、結婚してはいただけないだろうか!?」
「え、えっ!?」
……そして、出会い頭に求婚していた。
『ふざけんじゃねぇ、ぶっ殺すぞ!』
『イケメンでボンボンだからって調子乗んじゃねぇ!』
『何、俺らのヴィーナスの一人をかっ攫おうとしてんだ、テメェゴラあぁ!?』
礼拝堂にいる牧師見習いが不敬罪関係なくヤジを飛ばす。
シスター見習い、シスターは大聖堂で働く者にとって癒しの存在だ。一人でも欠けてしまえば、花壇に添えられた一輪の花が消えると同義であり、それを愛でることも不可能。だからヤジがオンパレードに聞こえてくるんだと思う。加えて、フィアの人気は罵声を飛ばすまで人気だったことから、貴族に対するヘイトがつい口から出てしまったのだと思われる。
「うむ、周囲のガヤがうるさいな……これだからモテない平民は」
金髪でルックスが吐き気をもよおすほど整っている貴族が肩を竦める。
……余談だけど、独身で恋人がいない人間が牧師になろうとすれば「恋人を作るために行く」という偏見ではない印象を抱かれてしまうことが多いらしい。
それだけ、教会や大聖堂が出会いの場として認知されているということなんだけど、そのせいでこういった外から来た人からたまに白い目で見られたりすることがあったりする。
僕としてはかなり失礼だと言わざるを得ないんだけど───
『んだとゴラァ!?』
『やんのかゴラァ!?』
『今から重石と三角馬でも持ってきてやろうか!?』
とても聖職者とは思えない言葉を発しているから……まぁ、仕方ないのかもしれない。
喧嘩を特売で売られているからか、皆ごぞって買い占めているようだった。
「どうだろうか? 俺と結婚してくれるのであれば、好きなだけ望む生活をさせてやるぞ?」
「い、いきなりそんなことを言われても……!」
傍から見ているけど、フィアはあからさまに動揺していた。
なんの話をしているのか、離れた場所にいる僕には聞こえないけど……きっと必死に口説かれているのだろう。
確かに、出会い頭に求婚されてしまえば動揺するのも無理はない。
『おい、アレンは何も言わねぇのかよ!?』
『お前のパートナーが求婚されてんだぞ!?』
『お風呂を覗く理由の一つが減ってしまうんだぞ!?』
傍からその様子を見ていた僕に、同じ牧師見習い達がそんなことを言ってくる。
『鞭でもさらし台でも、必要なものがあれば懺悔室に行って揃える覚悟はできている!』
『ここで黙って余所者にヴィーナスを取られてもいいのか?』
『テメェがやらねぇなら、俺が助けて結婚してやる!』
「やれやれ、この人達は何も分かっちゃいないね」
そんなことをしても、解決できるものも解決できなくなっちゃうじゃないか。これだから馬鹿達は困る。
『んだとゴラァ!』
『傍観に徹しているヘタレが!』
『だからモテないんだよ!』
誰だ、最後に僕がモテないなんて世迷言をぬかしたのは。僕はこれでも君達とは違って顔面偏差値が高いんだぞ!
「まぁまぁ、落ち着きなよ。拷問道具なんて必要なんてないじゃないか」
『だが、そうしないとあのクソ貴族に生きていることを後悔させてやれない!』
『そうだそうだ! うちのシスター見習いに手を出したことを後悔させてやらなきゃなんねぇんだ!』
『拷問道具は必須だろうが!』
「いいや、必要ないね。だって───」
ゴトッ、と。僕は教壇の下から重石と縄を取り出した。
「奴を仕留めるためのブツは用意しているから」
『『『流石だぜ!』』』
さぁ、これであのいけ好かない貴族をぶちのめすとしよう! 清く聖なる大聖堂で不埒なことをする異端者には、大司教直伝の懺悔で制裁だッッッ!!!
「ア、アレンっ!」
僕が重石と縄を持って懺悔させようとしていたところに、フィアがトテトテとやって来た。
そして、僕の背中に隠れるように背後に回ってくる。
「おっと、子猫ちゃん……そんなブサイクとブサイクをマリアージュしたような男に触れると、穢れが移ってしまうよ?」
更に、罵倒に罵倒をマリアージュしてきた貴族の男がこちらまでやって来る。
そんなに……そんなに───
「石抱きをされたいんだね!」
「何を言っているか分からないが、その単語には恐ろしさを感じるのだが?」
きっと重量感満載の重石を見たからこそ、そう感じてしまうのだろう。
「悪いけど、これ以上フィアにちょっかいをかけないでもらおうか」
重石を持って、僕は貴族の前に立ち塞がる。
しかし、貴族の男は僕など眼中にも留めていないようで、あからさまに無視をした。
「ん? 今思ったが、君の顔はどこかで……」
「ッ!?」
貴族の男がフィアの顔を覗くと、あからさまに背中にいる少女が肩を跳ねさせる。チラリと顔を覗けば、どこか恐れているような、怯えているような感じが見て取れてしまった。
さっき僕の背中に隠れた時は単に「困っている」って感じだったんだけど、今は―――
「(大丈夫だよ)」
「(アレン……)」
「(僕がついてるから)」
急にどうして怖がり始めたのかは分からないけど、きっとこの男が悪いんだろう。
僕は安心させるように後ろにいるフィアの手を握ると、そのまま男に向き直った。
「さっさと帰れ、このクソイケメンが!」
「ん? 堂々と不敬を働くね、君。僕が誰だか分かって言ってるのか?」
「初手から口説く軽薄野郎」
「す、少しは言葉を選ぶところから始めたまえよ……ッ!」
出会い頭に口説く男に持ち合わせる気遣いなどどこにもあるわけないじゃないか。
「お前、この俺に不敬を働いたらどうなるか分かってるのか!?」
「分からないよ、酷い目に遭わされるっていうのはなんとなく分かるけど。牢屋かな? それとも、拷問かな?」
「そこまで分かっているのなら!」
「だけど、生憎と僕は拷問に慣れていてね」
どこぞの大司教様が肉体言語をお好きだから、大体の拷問に臆するようなメンタルには育たなかった。人間としてダメなメンタルな気はするけど。
それに———
「嫌がる女の子が後ろにいるのに、臆するようなチキンに……僕はなった覚えがない」
「〜〜〜ッ!?」
何やら僕の服を掴んでいる腕がぷるぷる震え始めたけど、僕は気にせず真っ直ぐに男を睨みつけた。
すると男は僕じゃなくてフィアの方を見た。嫌がる姿でも見たいのか、後ろを覗き込むように。そして、見終わった瞬間に僕達に向かって背中を向ける。
「ふんっ、俺としても戸惑う女の子を押す気はあるけど、嫌がる女の子に何かをする気はない。今日のところは一旦帰る」
「二度と来るな!」
『イケメンは帰れ!』
『土に帰れ!』
『母ちゃんのおっぱいでも吸ってこい!』
「君達、本当に不敬を知らないね!?」
うちらのヴィーナスを誑かそうとする輩に敬うものなんて何もない! 誰か、塩を持ってきて! それかありったけの聖水を!
「はぁ……まぁ、いい。お嬢さん、ではまた今度」
そう言って、イケメンはイケメンなスマイルとイケメンなウインクを残してイケメンな歩きをしながら礼拝堂から立ち去ってしまった。
その瞬間、牧師見習い達が一斉に唾を吐き、聖水と塩を入り口に撒き始める。
僕が言える立場じゃないけど、この人達はどこかで貴族に不敬を働いていつか捕まりそうな気がする。
そんな光景を見ると、僕は振り返ってフィアの方に向き直った。
「大丈夫だった、フィア?」
「……あ、はいっ! 大丈夫です!」
声をかけると、少し驚いたフィアが慌てて返事を返してくれた。
やっぱり怖かったんだろう。いきなり求婚されてしまえば、そうなるのも無理はない。
だから───
「イケメンはどこかで根絶やしにしなきゃ……」
「ダメですよ!?」
いや、でも根絶やしにしないと今回みたいにまたフィアに変なことを言う輩が現れるかもしれないし。
「ですが、その……ありがとうございました、アレン」
「いやいや、どうってことないよ。何もすることできなかったしね」
用意しておいた重石も役に立たなかったし、結局向こうが勝手に引き下がってくれただけだ。
本当は入り口に現れた時点で悪しき者かを見極めて、大司教様から盗んできたこれらを使って撃退できればかっこよかったと思うけど。
「そんなことありませんっ! か、かっこよかったです!」
「……僕の顔面偏差値を見て言ってる?」
「その話じゃないですよ!?」
できればその話を肯定してほしかった。
「嬉しかったんです……私を庇ってくれたこと。その時のアレンがかっこよくて」
「ふむ……」
僕は脳内で客観的に先程の光景を思い出す。
・貴族に立ち向かう僕。
・後ろに可愛い女の子。
・手に重石とロープ。
「…………」
うん、拷問道具が手に握られていなければかっこよかったかもしれない。
如何せん、手に握られているものが邪魔で仕方なかった。
「まぁ、僕がかっこいいかは置いておいて───難が去ってくれてよかったよ。フィアも何かされたわけじゃないし」
平民からしたら、貴族と結婚なんて玉の輿かもしれない。けど、本人が嫌がっているなら話は別だし、あんな軽薄そうなイケメンが恋人になるのは許せない。
もっといい人じゃないと……あぁいう輩はフィアのことを大切にしなさそうだ。ただでさえ、フィアには男の人にあまり耐性がないのに。
「……何も聞かないんですね」
「ん? 何を?」
「い、いえっ! なんでもありません! さ、さぁ! お仕事しましょう!」
そう言ってフィアは慌てて箒を手に取り、礼拝堂の奥へと行ってしまった。
その時の彼女の顔は若干赤らんでいて……風邪が心配になった。
「それより……聞かないって、なんのことだろ?」
僕は不思議に思いながらも、フィア───のところではなく、牧師見習い達がいる礼拝堂の入り口へと向かった。
イケメンのウイルスに穢される前に塩撒きを手伝わないと。聖水も追加で撒いておかないとね。
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