第11話

「(それで、どうしたのフィア?)」

「(いえ、なんだかあの信徒の人……とても悩んでいるように思えます)」

「(悩んでいる、ね……)」


 僕はチラリとお祈りをしている信徒の姿を見た。

 何度もため息を吐き、顔はやつれ、負のオーラを全体から醸し出し、彼は哀愁をこれでもかというぐらいに放出しているように見える。

 もし、この人が建物の屋上にいたのなら、きっと反射的に腕を掴んで「何をしようとしてたの!?」って言ってしまうに違いない。


「(この世の終わりじゃないかっていうぐらいの絶望感が背中からありありと伝わってくるよね)」

「(これはお悩みを聞いてあげるべきだと思いますっ! 悩める信徒を救ってあげるのも、聖職者のお仕事です!)」


 まぁ、僕達が声をかけたからには僕達の担当だし、悩んでいる人を放っておけないのは確か。ここでフィアの言葉を否定する理由もないだろう。

 話したくなければ無理には聞かないけど、話しかけるだけならやってあげたい。


「(おーけー、分かった。お祈りが終わったら声をかけてみよう)」

「(ありがとうございます、アレン! やっぱり、アレンは優しいですね!)」


 これも仕事の一貫なのだから、優しいというわけじゃないんだけど……どうやら、フィアの瞳には優しいと映ってしまったらしい。

 本当に、将来変な男に引っ掛からないか心配だ。恋人探しも、慎重に進めなければならないだろう。


「(あ、終わったみたいですよ!)」


 そう思っていると、絶望感漂わせる信徒の人がお祈りを終えていた。立ち上がろうとはせず、ボーっと天井のステンドグラスを眺めながら放心している。

 色々と言いたいことはあるけど、とにかく僕達は悩める信徒の心を軽くするために男へと近づき、声をかけた。


「もし」

「……はい? どうかされましたか、牧師さん?」

「いえ、何やら悩んでいらしたようでしたので。勘違いでしたら申し訳ございません」

「そんなに分かりやすかったですかね?」


 パッと見、飛び降り自殺をしてしまいそうな人間だと思わせるぐらいには。


「もしよろしければ、お話ししていただけませんか? お力にはなれないかもしれませんが、話すだけでも気持ちは軽くなるはずですから」

「わ、私も相談に乗りますっ!」


 これでも、こうして職務に勤しんでいる間は何人もの悩める信徒のお話を聞いてきた。

 毎回「ありがとうございます、気持ちが軽くなりました」って言われるぐらいには聞き上手だし、話し上手だという自負はある。地元では「お悩み相談のスペシャリスト、アレちゃん」とも呼ばれていたぐらいだ。

 たとえ絶望感漂う人であっても、少しの助けにはなってあげられるだろう。


「……ありがとうございます、牧師さん、シスターさん。それでは、少しだけ……俺の話を聞いていただけませんか?」

「ええ、構いませんよ」

「はい、私もです」

「では―――」


 一体、どんな悩みなんだろうか?

 僕が今まで聞いてきた悩みは「好きな人にどうしたら好かれるか」とか「この仕事が向いているのか」とか「友達と喧嘩した」みたいな話だったけど———


「実は、妻に俺以外の子供ができまして……」


 おっも。


「それで、どうすればいいのか分からなくて……ッ!」


 残念ながら、僕もどう反応したらいいのか分からない。


「大丈夫ですよ」


 そんな時、フィアが一歩前に出て信徒の絶望めいた顔を覗き込んだ。

 僕がどう声をかけたらいいのか迷っていたにもかかわらず、彼女はすかさず話しかけた。きっと、かける言葉がすでにあるということなのだろう。

 流石はフィアというところ。悩める信徒を救うためのスキルや想いが僕の比じゃない。

 さて、こんな重い話に対してどう言葉をかけてあげるのか!? ここは今後のためにも、しっかりと勉強させてもらおう!


「コウノトリさんに「間違えてますよっ!」って言えばすぐに取り換えてくれるはずですっ!」

「…………」

「…………」


 ……誰だ、こんな純粋で清らかすぎる女の子に育てた野郎は。


「あー、その……はい、なんかすみません」

「い、いえっ。とても……清らかな人ですね。どれだけ自分が矮小な存在なのか、気づかされました」


 お互いに気まずい空気が流れる。

 悩みを聞いてあげなければならない立場にいるはずなのに、気遣ってくれるような視線がかなり痛い。


「???」


 一方で、清いと純粋を足して二でかけたような女の子は僕達の反応を見て首を傾げていた。

 彼女の中では、赤ちゃんはコウノトリさんが運んでくれるらしい。デリバリーで赤ちゃんが生まれるのなら、僕達男はお風呂場を覗きに行こうなどという色欲は生まれないだろう。


「……奥様とは、お話になられたのですか?」

「あ、いや、まだしっかりとは……」

「お話しされた方がいいかと。奥様にも、もしかすれば事情があるかもしれません。その上で、どう接していくのか……その子を、愛することはできるのか。話す間に自分の心を見つめ直し、自分なりの答えを出してみてください。しっかり考え、出された答えであれば、どんな結果になったとしても必ずいつか前を向いていけるはずです」

「あ、ありがとうございます牧師さん……」


 ……なんだろう、この不甲斐なさを感じる空気は。

 今まで色んな信徒の人のお悩みを聞いてきたけど、ここまで自分の無力さを痛感したのは初めてだ。

 内容も内容だったけど、どちらかというと途中挟まれたコウノトリさんが全てを持っていってしまったようにしか思えない。


「一度、妻と話してみることにします」

「あ、はい……どうか女神の祝福があらんことを」


 そう思っていると、信徒の人はペコリと頭を下げて礼拝堂から立ち去っていってしまった。

 そして、変な空気が流れた場所には僕とフィアの二人が残される。


「少しはお力になれたでしょうか……?」

「な、なれたんじゃないかなぁ?」

「だったらよかったですっ! それにしても、初めて知りました……コウノトリさんも間違えることはあるんですね!」

「…………」


 ───今度、ロニエにお願いしよう。正しい赤ちゃんの作り方、彼女に教えてあげてほしいって。


 これじゃあ、将来の彼氏さんが可哀想すぎる。


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