第10話

 見習いといっても、いつも学校みたいに講義ばかり受けているわけではない。

 何せお給金ももらっているのだ、ちゃんと仕事はこなしている。

 大聖堂では一般の信徒が足を運ぶ場所でもあるため、常に聖職者が働く職場以外の場所は一般的に開放されている。

 といっても、主に開放されているのは礼拝堂だけなんだけども。皆礼拝やお祈りをしに来るからね。


 僕達のいる大聖堂は世界規模で大きな大聖堂だ。その分、足を運びに来る信徒も多い。聞けばわざわざ国を跨いでやって来る人もいるって聞いた。そういう人達は、しっかりと教育期間が終わったベテランの聖職者が対応をする。

 じゃあ、僕達見習いは何をするの? そう聞かれた場合はこう答える───お祈り担当です、って。

 お祈りは礼拝と違って時間に指定がない。そのため、いつでもどんな時でも信徒は足を運んでお祈りを捧げることができる。もちろん、礼拝とは違って牧師や神父の進行の元、聖書を読み上げたり前金をもらったりはしない。


 基本「勝手にお祈りを捧げて帰ってくださいね」で終わってしまう。だったら、お祈りの時は何もしないでよくない? って思う人もいるかもしれないけど、実際は色々やることがあったりする。

 たとえば、やって来た信徒が深刻そうな顔をしていたら悩みを聞いて助けてあげたり、礼拝堂の清掃や忘れ物の管理とか、初めて来る人にルシア教のことを教えてあげたりといった、『窓口・運営・管理』という業務をするのだ。


 こういう役割は、見習いでも任される。もちろん見習いの中で当番を決めて、何人かで一緒に交代で行う。流石に働きっぱなしっていうわけにもいかないし、主は教育だからそれが疎かになってしまってはいけないという配慮だ。


 ───そして、今日はその当番の日。

 配属研修期間に入ったことで新しく当番表が組み代わり、随分先の予定だった僕が初日を務めることになった。


「……ふっ」


 礼拝堂の入り口を見渡して、僕は小さく笑う。

 今日は信徒の方が少なく、いつも以上に礼拝堂は暇をしていた。だから、見渡してみると待機して暇そうにしている見習いの面々が見える。

 そして、今日のメンバーは男ばかり───つまり、配属研修でパートナーを組めなかった溢れ者ばかりだった。


「ふっ」

「どうしたんですか、さっきから「ドヤっ!」みたいな顔をしていますが」


 箒を片手に床をはいていたフィアが僕の顔を見て首を傾げる。

 そうさ、僕は彼らと違って横に花があるんだ。


「いや、これが勝ち組と負け組のカーストなんだなって」

「?」


 可愛いレディには分からなかったようだ……この愉悦。女の子が隣にいるという優越感。更には、圧倒的美少女。

 誰よりも幸せな時間を噛み締めている者になった今、男子仲良く寂しい時間を謳歌している者を見ると、なんだか気分がいい。

 そうさ、これが勝ち組が見る景色なんだ……!


『あいつ、俺達のことを見てドヤってるぞ』

『半裸で廊下を走る変態が……腹が立つな』

『幸い、ここは海が近い。縄と懺悔室にある石抱き用の石があれば事足りるだろう』


 いけない、あまり優越感に浸っていると僕が体を縛られて重りと一緒に海に放り投げられてしまうことになる。


「それにしても、今日は信徒の方が少ないですね」


 女神ルシアのことを褒めちぎったらすぐに警戒しなくなってくれたフィア。

 お兄さん的には、あまりにも簡単に警戒心がなくなってしまったので将来変な男に引っ掛けられないか心配になってくる。


「そうだねー、今日はいつになく暇な日だよ」

「やることがなくなって困ってしまいますね」


 だからこそこうしてダラダラとした過ごせているのんだけど、フィア的には困ったことらしい。


「そうですっ! せっかくですので、クイズして遊びませんか!?」

「お、いいね!」


 たまにはそういうのも悪くない。

 ちょうど暇を持て余していたし、仕事のことは忘れてちょっとした遊びで楽しむのもいいだろう。この仕事を選んでしまったのは僕だけど、毎日聖書やらお祈りやら女神やらばかりで若干うんざりしてたからね。


「僕、こう見えて意外と博識だよ? ちょっとした遊びでも、本気でやらせてもらうから!」

「ふふっ、負けませんよ!」


 フィアもかなり乗り気だし、これなら暇も潰せて楽しめそ───


「では、『聖書クイズ』の第一問です!」


 ……僕は楽しめるだろうか。


「ちょっと待って」

「ふぇ? どうかしましたか?」


 何かおかしなことでも言っただろうか? とでも言わんばかりの顔をするフィア。

 残念ながら、僕の耳にはおかしな部分しか見つからなかったように思える。


「……何、そのクイズ?」

「え、やりませんか? 私達はよく『聖書クイズ』で遊んでいましたけど……」

「僕達はやってないなぁ」


 この同じ環境で生活しているのに、こうも意識に差が出るものなのだろうか? この一言で、牧師見習いが不真面目のカテゴリに入れられたような気がしなくもない。


「ち、違うクイズにしない? それだと、慣れているフィアが勝っちゃうよ」

 あと、知識量でも負ける自信がある。残念なことに、僕はクイズとして楽しめるレベルにまで聖書を読み込んだことはないんだ。


「あぅ、そうですか……」

「せっかくだから、ここはフィアの男性に対する耐性をつけるためにも、男性に関する───」


 そう言いかけた時、背後の扉がいきなり開いた。

 お祈りをしに来た人だろうか? どこかやつれて見える男性の方が扉から姿を現した。


「ようこそ、同士たる信徒よ。本日はお祈りですか?」


 すると、フィアが箒を置いてすぐさま男性の近くに寄った。

 仕事熱心だからか、凄い切り替えの速さだ。それに、男性であるにもかかわらず彼女は近寄ることに抵抗感を見せなかった。

 ロニエから話を聞いた通り、こうして話す分には抵抗はないのだろう。赤面する様子も「懺悔して」と口から出る様子もない。


(っていうことは、過度なスキンシップ及び卑猥な発言をしなければ懺悔室送りにはならない、と……)


 でも、それだと彼女の男性に対する耐性問題が解決しない。

 ただ僕の身を壊さないように逃げているだけで、結局はのらりくらり問題解決から目を逸らしているだけだ。


(それに、もしフィアに恋人ができた時も大変になりそう、だ……)


 そう考えた時、ふと思考が止まった。


(もしかして、フィアに恋人ができれば男性に対する耐性も解決するかも?)


 我ながらいい発想だ。

 恋人になれるぐらい好きな相手であれば、接していたいという気持ちが増える。照れも気恥ずかしさも軽減され、あがってしまうことも少なくなるだろう。少なくなってしまえば、あとは時間と経験が全てを解決してくれるはず。


(そうと決まれば、このあと早速提案してみよう! フィアなら可愛いし、相手を好きになることができればすぐに恋人もできるだろうしね!)


 僕は心の中でこのあとの予定を立てると、フィアと信徒の方のところに近寄った。

 一応、パートナーとしてお仕事しているわけだし、何か手伝えることがあったら手伝おうと思って。


「ちょっとお祈りがしたかったんです……」

「この時間は他の信徒の方はいらっしゃいません、お好きな席に座ってお祈りを捧げてください」

「ありがとう、シスターさん」


 けど、近寄って間もなく信徒の方が近くの長椅子に座ってしまった。

 そして両手を顔の前で組むと、ジッと女神に向かってお祈りを捧げ始める。


「(アレン、アレンっ)」


 その姿を見送ったフィアが、僕の耳元に顔を近づけてきた。

 整った鼻梁と愛苦しい顔立ちが眼前まで迫り、ほのかな甘い香りが僕の花を擽ってくる。潤んだ桜色の唇も動けば触れてしまいそうで、こんな距離だと―――


「キスできるよね」

「んにゃっ!? ざ、懺悔———」

「僕が悪かった以後気をつけよう!」


 もう何一つとして冗談が通じない。

 顔を待ったにした可愛らしい一面も、昨日から凶器に変わりつつある。

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