第9話
「ねぇ、朝に「上半身裸で廊下を走り回る変態が現れた」って話を聞いたんだけど……」
お祈り、食事をすっ飛ばして講義の時間。
今日から配属研修が始まったということで、講堂の長椅子にはいつも見ないロニエの姿があった。
「まったく、怖い話もあるもんだね。気をつけるんだよ? ロニエも可愛い女の子なんだから」
「……アレンくん、お祈りの時と朝食の時ってどこにいたの?」
「え? 懺悔室だけど?」
「…………」
横に座るロニエがジト目を向けてくる。
どうしてそんな顔をするんだろうか?
「こいつは自覚のない変態だから諦めた方がいいわよ。ほら、アズラフィア───変態の傍にいると変態が移るから、もっとこっちに来なさい。そんな距離空けないで、くっついちゃうぐらいまで寄った方がいいわ」
ロニエの横でフィアを毒牙にかけようとするリンシア。
その横にいるのはフィアなんだけど、僕とはかなり距離があり、避けられているというのがありありと伝わってくる。
「ッ!?」
加えて僕と目が合う度に顔を逸らされ、更に距離を取られてしまっている。おかげでリンシアの言葉に惑わされることはないんだけど、こうもあからさまに避けられると僕のガラスのハートがボロボロになりそうだ。
「ふむ……やっぱり男性への耐性をつけてもらわないといけないね」
「その前にアレンくん自分の行動を改めるべきだと思うよ」
失敬な、僕はただ間に合わなくなるって言われたから服を脱いだだけなのに。
『人は誰しも過ちを犯すものです。そのため、己の心と向き合う必要があります。しかし、一人で向き合うのは困難でしょう……そういった信徒の方は多い。そのために、女神様はお言葉を残しました───』
講堂の中央では、講師である牧師の人が聖書の教えを語っていた。
牧師は礼拝で説教───聖書を読み上げなければならない。悩める信徒の人達に、聖書に載ってある教えを噛み砕き、口頭で伝えることによって教えを伝えていく。
そのためにはまずは自分が聖書を覚え、意味を理解しなくてはならない。だからこそ、僕達の授業ではこういった聖書のお勉強が含まれる。
もちろん、これはシスターが覚えていても損はない。というより、シスターも覚えなければいけないことだ。
だからこそ、こうして牧師見習い、シスター見習い達が合同で授業を受けている。配属研修の初手としてはピッタリではあった。
現在、牧師による講義は『己の罪に向き合うこと』という意味を有した言葉のご説明だ。確か僕の記憶が正しかったら『信徒への手紙:二節、第四項』の「言葉にすることの大事さを知りなさい。さすれば、己の全てを知り、受け入れることもできる」というものだったはず。
「こういう教えって、やっぱりいいよね〜。心が成長していく感じがするんだよ」
僕の耳には、その教えが「懺悔しろ」という意味にしか聞こえないけども。聞いているだけで膝にのし掛かる重圧を思い出してしまうんだけども。
「それより、アレンくん。どうするの?」
「どうするの、とは?」
「フィアちゃんのことだよ。初日からいきなりこんな調子で……これからどうするの?」
ロニエの懸念は理解できる。確かに、初日から避けられてしまっては今後の生活に影響してしまうだろう。
「まだ耐性ができていないのに服を脱いでしまったのは申し訳ないと思っているよ」
「いや、どちらかというと上半身裸で廊下を駆け回ったことに原因があると思うんだよ」
「でも安心して、一応対策は考えているから」
「対策……?」
ロニエが可愛らしく首を傾げる。
その仕草は愛嬌抜群の百点満点と言わざるを得ない。男の目からどうすれば可愛く見えるかをよく理解している。
「その通り、まずは距離を詰めることから始めよう」
講師が背中を向けたタイミングを見て、僕は立ち上がって席を移動する。
そして、猫でも呼ぼうとしているのか、小さく手招きをしてフィアを呼ぼうとしていたリンシアの横に腰を下ろした。
「私はあなたを呼んだわけじゃないんだけど?」
「うるさい、貧血女。初っ端から鼻血を出して倒れてからに」
「今日からはレバーを食べることを意識するわ」
レバーいいよね。美味しいし、貧血予防にもなるし。
「って、そうじゃないよ。僕は一刻も早くフィアの好感度を上げなきゃいけないんだ」
「私も好感度を上げたいわ。アレンはもう好感度低いじゃない、ここは私の好感度をあげた方がいいとおも───」
「さっき、ロニエがリンシアとお風呂に入りたいって言ってた」
「具体的な予定を組み上げてくるわ」
そう言って、リンシアは僕から離れてロニエの方にググッと近づいた。
お風呂に入るだけだというのに、具体的な予定を立てようとするとは……どこまで一緒に入りたいんだ、この残念美人は。
「え、なになに急に!? どうしていきなり近づいてきたのリンシアちゃん!?」
「さぁ、今日は何時にお風呂にしましょうか? 新しい寮はお風呂が部屋に設置されているから、二人きりで入られるわよ!」
お風呂場がだったら血で汚れたとしてもお掃除が楽だから大丈夫だろう。
それよりも、だ。フィアと仲良くなることだけを考えよう。男の人に慣れてもらう以前に、そもそも嫌われてしまっては元も子もない。
(こういう時もあろうかと、ロニエからフィアの好みはすでに聞いているからね!)
フィアの好みは女神ルシアの教えらしい。根っからの信徒らしい好みではあるが、今はそれが好都合とも言える。
古今東西、人と人とが仲良くなる最初の一歩は会話だという。
それは身振り手振りだけでは伝わらないこと……己の心情や、好意、内面だというものがストレートに伝わるからであり、それを人間は主軸に進化を遂げてきた。
主軸だからこそ、人はそこを信頼する。そして、好感及び共感が得られる相手には好意を抱いてしまうものなのだ。
女神ルシアの教えを「好みはなんですか? 教えです」と言えるまでは好きじゃない僕でも、学んでいるからこそ話題を広げることは可能なはず。ここで「あのお化粧がさー」なんて好みが出てきたらお終いだっただろう。
しかし、教えが好きならば教えが好きじゃない僕でも話題を広げて仲良くなれる! 共感出来なくても、共感している風には演出できるはずだ!
「女神様の教えって、どれも胸に沁みるものだよね」
そう口にいた瞬間、隣同士のはずなのに五人分の間隔を空けていたフィアの体がピクリと反応する。そして、ゆっくりと近づいてきてくれた。
「僕の中では『信徒への手紙:九節、第一項』の「素直な生き物こそ、強く優しく好かれる生き物だ」という部分が時に好きだなぁ」
すすっ。
「やっぱり、素直が大事なんだなって思うよ。人はどうしても「恥ずかしい」って隠したい部分があるだろうけど、それは時に足枷になるのは確かだもんね」
すすっ。
「もちろん、それが全てじゃないとは思う。時には隠さなきゃいけないこともあるし、素直になって悪い方向に向く時もある。でも、この教えって「素直になれ」っていう部分だけじゃなくて「しっかり相手に知ってもらおう」という意味でもあると思うんだ」
「私もそう思いますっ!」
すすっ。
ついに、フィアが僕の隣までやって来てくれた。
よしよしよし、順調じゃないか。これであともう一押しあれば、僕とフィアの心は削れていた部分の溝を綺麗に埋めてくれるはず。
僕は横にいるフィアに向かって最後の一押しをした。
「だから、やっぱりフィアには僕のことを知ってほしいと思うんだ」
「はいっ、なんでしょうか!」
「実は、僕」
そして———
「女の子の裸が大好きなんだ」
更に距離が開いた。
「どうして……ッ!?」
顔を赤くし、人を跨いで更に離れてしまったフィアを見て愕然とする。
僕はただ、女神の教えという共通の話題を出して話を広げようとしただけだというのに!
「当たり前でしょ」
「どうしてそこでそんな言葉が出てくるのかな」
横で、何やら二人のジト目が突き刺さっているような気がした。
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