第8話
早速僕達は紅茶を飲み終わると、同じ建物にあるロニエ達の部屋へと訪れた。
そこで───
リンシアが死んでいた。
「フィア、衛兵に通報を」
「待って、アレンくん! 私は別に何もしていないんだよ!?」
部屋を開けた先には、カーペットの模様替えでもしているのかと勘違いしてしまうぐらいの大量の血が広がっており、その真ん中ではリンシアが力なく横たわっていた。
正直、この光景だけだと殺人現場以外に筆舌ができない。横にいるフィアも、あまりに衝撃的な光景故か、放心した状態で固まっていた。
しかし、近くを見渡してみても凶器らしきものは存在しなかった。
ただ───
「ぶはっ!」
「アレンくんまで!?」
近くにバスローブ姿のロニエがいた。
「なるほど……犯人はやっぱりロニエだったかッ!」
鼻から溢れ出す血を近くにあった皿で受け止めながら、僕は犯人を一瞥する。
まさか、犯人自体が凶器だとは思いもよりなかったッッッ!!!
「私、何もしてないよね!?」
「残念ながら、その発言には無理があるッ!」
そのバスローブ姿は凶器以外の何物でもないなろう。
ほんのりと蒸気した頬、水の滴る艶やかな銀髪、修道服でもくっきりと分かる豊満な胸部が腕をも飲み込む谷を作り出し、クビレと色気を醸し出す肢体がこれでもかと言うぐらいに強調されていた。
バスローブは到底、体全てを覆えるわけじゃない。肝心な部分を隠すことだけ。故に絶妙な部分を露出させることによって、魅惑という一言を底上げさせる逸品。
下手にオープンよりも、適度に隠した方が色っぽい。バスローブ姿とは、それの極地であった。
「まずは輸血と人工呼吸からだ! 犯人を懺悔室に連行する前にリンシアの蘇生を優先させよう! 大丈夫、血は僕が今垂れ流しているからそれでカバーできるはずだ!」
「できないと思うよ!?」
───というわけで、僕達は作戦会議の前にリンシアの蘇生から始めることにした。
♦♦♦
リンシアがロニエのバスローブ姿に撃沈してしまったので、作戦会議もクソもなかった。一応彼女の一命こそ取り留めたものの、恐らく貧血は免れないだろう。
ロニエの破壊力は凄まじかったけど、あれしきのことで鼻血を出していれば今後の生活が心配になってくる。彼女にとっては本望な死に方だと思う。でもカーペットが汚れすぎるのも考えものだ。ロニエには、無防備な姿はあまり晒さないよう注意しておこう。
というわけで、実質的に方法が見つかったわけでもなく、いよいよ本格的な配属研修が始まった。
「……ねむ」
部屋に差し込む陽射しが瞼のカーテンを照らす。眼球に映る光が睡魔を叩き、一日の始まりを知らせていた。
海上都市の湾岸付近に位置しているからか、寮の中にいても窓を開けていればさざ波の音が聞こえてくる。それに合わせて海鳥達も目覚まし時計のように近所迷惑考えずお盛んな鳴き声を発していた。
「もうちょっといけるかなぁ」
聖職者の朝は早い。着替え歯磨きを終えたあとはすぐに朝のお祈りの時間だ。なので、夜早く寝ない限りはいつまで経っても睡魔がどこかに行ってくれない。
だからこそ、襲い掛かる睡魔とどう向き合っていくか。これこそが、牧師をやっていく上で重要なことなのだと、僕は半年間で学んだ。具体的には、起きなきゃいけない時間ギリギリまで寝ること。
僕は一度開きかけた瞼を閉じ、海鳥という目覚まし時計を子守歌に変えて再び微睡の世界へと身を委ねた。
すると―――
「起きてください、アレン」
僕の体が小さく揺すられた。
このタイミングで一体誰が? というより、むさ苦しい男の声だったら分かるけど、甘くて甘美な可愛らしい声なんてどうして聞こえてくるのだろうか?
僕は閉じてしまった瞼をもう一度開いた。
そこには———
「起きないと、朝のお祈りに間に合いませんよ?」
修道服姿の小さな聖母の姿があった。
「……不法侵入?」
「同じ部屋ですけど!?」
「といいつつ?」
「別に嘘をついているわけじゃありませんよ!?」
そうだった、昨日からフィアと同じ部屋で暮らすことになったんだ。
寝ぼけている思考が一気に覚醒してしまったことにより、今日から始まった新しい環境を理解する。
「でも、確か僕達の部屋を行き来する扉には南京錠があったような……ほら、僕の部屋からは開けられないでしょ?」
「私の部屋からは開けられますよ?」
これは明確な男女差別だと思う。
「それより、早く起きてくださいアレン! 起きないと朝のお祈りに間に合わなくなってしまいますっ!」
と言われても、体が「行きたくない」と我儘を言っている。朝からいつも見ていた野蛮な野郎共ではなく、絶世の美少女を拝めたのはこの上ない喜びだけど、それとこれというのは話が別で―――
「お水をぶっかけた方がいいのでしょうか?」
中々アグレッシブな起こし方を考える女の子だ。
「分かった、今起きるよ……」
抵抗しようとしていた僕を見て凄い起こし方をしようとしたフィアに降参し、僕はゆっくりと体を起こした。
そして、祭服に着替えるために服の上を脱いだ。
「ひゃぁっ!? ざ、懺悔……ッ!」
「やめてくれ! こんな朝から懺悔は流石に体が持たない!」
服を脱いだだけで懺悔させられるのは僕があまりにも可哀想すぎる!
僕は顔を真っ赤にして拷問宣告を浴びせようとするフィアの口を慌てて押さえようと近づいた。
「ち、近づかないでくださいっ!」
「君が「懺悔しろ」と言わなければ喜んで離れるさ!」
だがしかし、ここでその口を押さえなければ懺悔というワードが容易に飛び出してしまう。
一日の始まりは懺悔から―――なんて不名誉かつ腹立たしい格言が生まれないためにも、僕はなんとしてもここでフィアの口を塞ぐ必要がッッッ!!!
部屋から逃げるフィアを慌てて追いかける僕。扉を開け、寮の廊下まで出てしまった彼女はどこに向かおうとしているのだろうか?
(否! そんなことは関係ない! まずは「懺悔しろ」と言いかねないあの口を塞がなくては!)
時折廊下のあちこちから「きゃー!」とか「変態が走ってる!」なんて悲鳴が聞こえてくるけど、僕は気にせずフィアを追いかけた。
「どうして追いかけてくるんですか!?」
「君を捕まえて(口を)押さえたいからだ!」
「その格好で私を押さえる!?」
意外にも、フィアの足は速かった。これでも地元では「速いねアレちゃん」という異名で呼ばれていたぐらいの足を持っていたんだけど、中々距離が縮まらない。
しかし、それでも男の意地を見せてくれた僕の足はエントランスに出る直前でようやく彼女を捕まえることに成功した。
「へっへっへー、お姉ちゃん。やっと捕まえたぜ〜?」
どこか生粋の変態さんみたいな言葉が口から出てしまったように思えるけど気にしない。
せっかく捕まえた細腕を離さないようにガッツリと掴み、僕はそのままフィアの口に手を向け───
「ざ、懺悔してください《・・・・・・・・》っ!」
今日は石抱きだった。
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