第6話

 配属研修とは、半年間にわたってパートナーである牧師見習い、シスター見習いが共同で過ごすというものだ。

 教育が終われば、それぞれ教会や大聖堂に配属される。牧師やシスターの見習いは特別なことがない限りは基本的に各地にある教会が初めの職場になるだろう。


 そして、教会では牧師とシスターの組み合わせで生活することが多い。昨今、恋愛が認められ、世帯を持ってしまった人間は当て嵌らないのだが、同じ教会に配属された者はだいたい一つ屋根の下で暮らす。

 当然、戸惑うこともあるだろう───何せ、知らない人間と一緒の屋根の下で暮らす経験などほとんどしたことがないだろうから。今でも、牧師見習いとシスター見習いは別々の寮だ。


 配属研修とは、そういった要素の不安を抱えないよう予め慣れさせることを目的としているらしい。

 更に、互いの業務内容を理解することによって、配属先で困らないよう勉強ができるというのも一つの利点だ。

 もちろん、それぞれにはそれぞれの役割というのがあるので、全ての授業が一緒になるわけではないのは言わずもがな。


 たとえば、オルガンの授業などそうだろう。ルシア教では一般的に、礼拝でオルガンを弾くのは牧師、及び神父。シスターは歌う側として分かれている。

 それなのに、シスター見習いがオルガンを弾く授業など聞いても意味はない。

 シスターは牧師のサポート。牧師は教会全体の管理と進行を。言うなれば、店主と店員。上司と部下。教会では、大まかにこうした区分に分かれた仕事が多くなる。


 まぁそういう表現をしたけど、実際に役職的な立場は同じ。仕事内容がそういう風にされているからと言って、実際に上下関係なんて生まれてこないのだ。

 ───というわけで一通り話したけど、いよいよ僕達の配属研修が始まった。


「ふぅ……これで完了、っと」


 礼拝堂で初めてアズラフィアさんと出会った日から二日後。僕は新しく割り当てられた部屋に荷物を運んでいた。

 恒例の行事だからなのか、新しい部屋がある建物はしっかりと専用の建物として存在していた。ところどこに真新しさを感じるのは、恐らく恋愛が認められるようになった直近で建てたからだろう。


 部屋の間取りはちょっとした2DKタイプ。同じ建物で暮らすとはいえ流石に部屋まで同じだとまずいのか、二つの部屋の間にはしっかりとした扉があった。南京錠付きで。これでは覗きに行けない。


「アズラフィアさん、そっち手伝おっか?」


 元々荷物が少ないから、僕の荷解きは早く終わった。

 だから僕は、横の部屋にいるアズラフィアさんを手伝おうと思って腰を上げる。


「いえ、私の方は大丈夫です。その、あまり見られたくないものもありますから」


 下着だろうか。


「は、恥ずかしいですし……」


 下着なんだね。


「そっか……」


 とても残念だ。非常に残念だと言わざるを得ない。


「それに、あと少しで終わりますので!」


 女の子の荷物は多いって聞いたんだけど、存外そういうわけでもないのかもしれない。

 であれば、手を必要としないのも理解できる。非常に残念で仕方ないけど。

 僕は上げた腰を下ろすことなく、そのままダイニングへと向かった。

 簡易的なキッチンが設置されてあるのは嬉しい。牧師見習いの寮だと、わざわざ湯沸かし室まで行かないとキッチンなんて置いていないから。


 僕は戸棚から持ってきた茶葉を取り出すと、そのまま紅茶を作り始める。

 今日は荷物運びということあって、牧師見習いもシスター見習いも講義はお休み。荷解きで疲れ、ゆっくりとした時間を過ごすためにも紅茶でも用意した方がいいだろう。

 この前読んだ『モテる男の百テクニック』という本でも、こういう気遣いは大事だと書いてあった。きっと、アズラフィアさんも喜んでくれるはずだ。

 モテる……とまではいかなくても、これから一緒に過ごすのだから良好な関係を築いておいて損はない。


「お待たせしましたっ!」


 紅茶を作り終えたタイミングで、アズラフィアさんがひょっこりと顔を出した。

 室内なのに、彼女の姿はドキドキもへったくれもない見慣れた修道服姿だった。流石に室内ではウィンプルは外していて、艶やかなプラチナブロンドが揺れている。


「お疲れ様。荷解きって意外と疲れるよね」

「ふふっ、そうですね。ですが、新しい環境になったのだと実感させられるようで楽しいですよ」

「前向きな考え方だなぁ。僕には真似できそうにないよ」


 全てが面倒くさいで終わってしまうからね。共同生活をしていなければ、僕は脱いだ服をそのままにしてしまう男だ。

 それに対し、アズラフィアさんは几帳面で面倒くさいと思う性格もないんだろう。


「はい、これ」


 アズラフィアさんが座ったタイミングを見て、僕は作った紅茶を差し出した。


「お気遣いありがとうございます、アレンさん」

「なんのなんの。これぐらいはお安い御用だよ」


 僕もアズラフィアさんの対面に腰を下ろす。

 そして、僕が淹れた紅茶を一口啜った。


(うーん……こうして見てると、どこかのお嬢様みたいだ)


 背筋はしっかりと伸び、ソーサーを持ち上げカップを口元に運ぶ姿は上品で綺麗だった。全体的に今の姿は気品が溢れており、とても平民の姿とは思えない。

 なんというか、よく分かっていない僕でも「しっかりと教育された所作」というものを感じる。


(アズラフィアさんは貴族? いや、家名は名乗ってなかったし貴族じゃないと思うんだけど……)


 貴族は名前の後ろに家名を残す。

 もしアズラフィアさんが貴族だったら『アズラフィア・~~~』と名乗るはずだ。

 嘘を言うような人じゃないと思うし、初めに名乗った時に言われなかったから貴族じゃないと思うんだけど―――


(まぁ、気にしても仕方ないか)


 僕は自分の中で勝手に解決をし、そのまま紅茶を飲んだ。

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