第5話

「実は、アレンくんにはフィアちゃんのパートナーになってほしいんだよ」


 僕はその言葉を聞いて、思わず膝をついてしまう。


「なん……だとッ!?」

「ど、どうしたのアレンくん!? いきなり膝から崩れ落ちちゃって!?」

「や、やはり私とは嫌だったのでしょうか……?」


 ロニエが驚き、アズラフィアさんが悲しそうな表情を浮かべた。

 本当はここで一つ声をかけなきゃいけないんだろうけど、僕はそんなことを気にしている余裕はなかった。

 何せ───


「大丈夫よ、二人共」

「あぁ、我が主たる女神ルシアよ! 僕のお願いを叶えてくれてありがとう! 最大級の感謝を!」

「アレンは感涙しているだけだから」


 あれだけ振られ続け、もうパートナーは組めないと半ば諦めていたのに……僕の悩みが女神ルシアに届いたんだ! しかも、こんなに可愛いシスター見習いの女の子を! 僕は最大級の幸せを目にしました! 一生、ルシア教の牧師として頑張っていきます!

 僕は涙を流しながら、どこにいるか分からない女神ルシアに感謝を伝えた。


「よかったね、フィアちゃん!」

「正直、ホッとしてしまいました……断られるのではないかと」


 どうしてそんなに不安そうなのだろうか?

 アズラフィアさんみたいな可愛くて、見た目聖母のように優しそうな女の子だったら、非モテの最前線を歩く牧師見習いだったらまず断ることもないはずなのに。


「どうして僕にパートナーを? 正直、アズラフィアさんだったら相手に困ることはなさそうなんだけど」

「実は、その……私、あまり男性の方に対する耐性がなくて」


 それはアズラフィアさんを見ていれば分かる。初心で清くて可愛いじゃないか。男性陣にとっては、そういう部分は高ポイントだ。


「それで、あの……」


 それでも、アズラフィアさんは言い難そうにする。

 きっと、彼女の中では悩みというか問題があるのだろう。

 しかし、考えても見てほしい。こんな清く、可愛い女の子の悩みがあったところで、パートナーかつ同棲というメリットの前では全てが些事だということは明白なだ。それにロニエのお願いというのもあるし、何か協力できるのであれば協力してあげたいと思う。今更何を聞いたところで、女の子のお願いを僕が断ることはない。

 だからこそ、そんなに言い難そうにしなくても───


「わ、私っ! すぐ男性の方に「懺悔してください」って言ってしまうんです!」


 断りたい。


「それと、私はこんな自分を変えたくて……この機会に、男性の方を克服したいんです!」

「…………」

「こら、アレン。逃げようとしないの」


 僕が回れ右をしようとしたら、リンシアに腕を掴まれてしまった。

 ここで逃げ出したら男らしくないかもしれない。でも考えてほしいんだ、僕はこの子と一緒に過ごすことで何回も懺悔ごうもんを受ける羽目になってしまうことになる。

 流石の僕でも、大司教様の前にほいほいと飛ばされるのは勘弁願いたい。


「フィアちゃんはこういう性格だから、照れとか恥ずかしさとか、そういう感情になっちゃうとすぐにあがってしまうんだよ。だから、パートナー探しも苦戦しちゃってて……」


 なるほど、苦戦するのも分かる。何せ幸せの代償が肉体の多大なダメージなのだから。


「一応「それでも大丈夫だから」という返事はもらえるんだけど」

「流石に申し訳ないです……」


 なるほど、話の流れが掴めたぞ。

 アズラフィアさんは男性と接触するとすぐに「懺悔してほしい」と言ってしまう。そうなれば、男性陣はすぐさま懺悔室送りだ。

 彼女の魅力が懺悔室に勝り、牧師見習いからは「問題ない」とは言われるけど、アズラフィアさんの良心がそれを許さない。

 だからこそ、パートナー選びに苦戦した。そういうことか。


「前まではよかったんだけどね。今はほら、そのブレスレットのこともあるし」


 確かに、ブレスレットがなかったら「ハッハッハー、可愛い反応だねー」で終わったかもしれないけど、今じゃ単なる拷問宣告だ。

 男性聖職者専用懺悔室の恐ろしさをシスター見習いはきっと知らない。何せ、聖職者の中にそんなことをする人間はいないと思っているから。そうでなければ、あんなにも容易に「懺悔して」とは言わないはず。


 それに、教会の男達も残酷な真実を告げて気を病ませることは望んでいない。ずっと冗談交じりで真実を隠蔽してきた。僕もロニエには「酷い目にあった」ぐらいにしか言わないからね。

 けど、それでも彼女の中では良心が痛むのだろう。本当にいい子なんだなぁ。


「それで相談を受けてたのよ。流石に相手を見つけようとしたら見つけられるシスター見習いがあぶれるなんて許されないでしょうから」

「ずっと極力男性の方とは関わらないようにしていたのですが……今回ばかりはそうもいかないですから」


 今回の配属研修は強制的なイベントだからね。半年間も続くし、サボり続けるわけにもいかないだろう。


「私、この機会に男の人を克服しようと思うんですっ! そこで仲のいいロニエさんに相談させていただきました!」

「相談された私だけど、そもそも牧師見習いの人とあんまり関りがないから今度は私が同じ牧師見習いのリンシアちゃんに相談したの!」

「という流れで話を知った私は、悩める可愛い女の子のために相談に乗ったわ。そして、話を聞いたらアレンがピッタリだと思ったの」

「なるほど、それで白羽の矢が立ったんだね。僕はならょうどパートナーがいないし、そういう知り合い伝手だと安心できるし―――」

「いえ、そうじゃないのよ」

「ん?」


 リンシアが懐から一枚の紙を取り出した。

 そして、そこにはこう書かれてあった―――


【・懺悔室に送られても良心が痛まない人】

【・なんだかんだ手は出さないヘタレな人】

【・体が丈夫そうな人】


「この条件にピッタリだと思ったからアレンを選んだの」

「泣いてもいい?」


 これほどまでに嬉しくない選ばれ方は人生で初めてだ。僕がリンシアの中でどういう存在なのか、是非とも一度話し合いたい。


「お願い、アレンくんっ! アレンくん以外に頼れる人はいないの!」

「私からもお願いしますっ! 私はこの機会に、ダメな自分を変えたいんです!」


 二人が可愛らしい顔を伏せ、勢いよく頭を下げる。

 彼女達がリンシアの挙げた条件を知っているかは分からないけど、こんなに必死になっている。それほどまでに切羽詰まっているということなのだろう。

 特にアズラフィアちゃんは、小さな肩を明らかに分かるぐらい震わせている。それだけで、彼女が本気で克服したいのだということが伝わってきた。


(んー……)


 正直な話を言えば、アズラフィアちゃんは男性聖職者にとっては爆弾みたいなものだ。

 すぐに「懺悔しろ」と言われ、いつどこで懺悔室に送られるか分からない女の子と一緒に過ごすのは、流石にキツい。可愛いかもしれないけど、抵抗がないかと言われればもちろんあると答える。

 だけど―――


「うん、いいよ」


 僕は首を縦に振った。


「本当ですか!?」

「もちろん。リンシアの挙げた条件に合致しているのは業腹だけど、ロニエのお願いだしね。断るわけにもいかないよ」


 それに、と。僕は言葉を続けた。


「こんなにも必死になっている女の子を見ちゃったら、男としては協力してあげたくなるんだよね」


 それは男の見栄なのか、それとも単にアズラフィアさんから庇護欲をそそられてしまったのか、はたまた努力しようとしている人には頑張ってほしいと思っているのか。

 正直どこに該当するのかは分からないけど、それらがあるからこそ「協力したい」と思えたに違いない。

 懺悔室がなんぼのもんじゃ! 女の子のためならば、懺悔室だって怖くない! 何度でも三途の川を眺めながらうわ言で懺悔をしてやるさ!


「流石、アレンくん! 今の発言はお姉さん的にポイント高いぞ!」

「だから、僕とロニエは同い年———」

「ありがとうございます、アレンさんっ!」


 アズラフィアさんが、僕に向かって満面の笑みを浮かべた。


「私、あなたのようなお優しい方に出会えてよかったです!」


 それは年相応の女の子のように無邪気で、純粋で、真っ直ぐな笑みだった。シスターを目指す人があまり嘘をついているところは見たことないけど、この笑顔と言葉は間違いなく本心なんだなと思わされる。


「それじゃ、話も纏まったことだし、今日はここでお開きにしましょうか。パートナー申請は明日でもできるでしょうからね」


 最後に、リンシアが場を締めた。確かに、今はもう夜だ。就寝時間も迫っているし、ここら辺でお開きにした方がいい気がする。


「まぁ、というわけだから―――これからよろしくね、アズラフィアさん」


 僕はアズラフィアさんに手を差し出した。


「はいっ、こちらこそよろしくお願いします!」


 すると、アズラフィアさんは僕に近づいて差し出した手を握ってくれた。

 余程嬉しいのか、友好の証である握手はなんの抵抗もなくしてきた。もしかしなくても、手を握る程度ならそこまで抵抗はないのだろうか?

 一緒に過ごしていくのであれば、徐々にアズラフィアさんのセーフティーゾーンは見極めなきゃいけないよね。無用な懺悔室送りは勘弁だ。


(それにしても……)


 近づいたからこそ分かる。アズラフィアさんのことを。というより、胸部を。

 少し離れていたから気づかなかったけど、膨らみから察するに意外と大きなものをお持ちのようだ。しかも、アレンズアイでは修道服越しに浮かぶ胸部は綺麗な形をしているのではないかと思っている。

 これは脱いだら凄いことになりそ―――


「アレン、気持ちは分かるけど……あまりアズラフィアの胸をガン見しないの」

「ん!? ち、ちちちち違うよ!? 僕は単に、浮かび上がる丘を眺めて感慨に耽っていただけでっ!」

「~~~ッ!?」


 その時、自分の胸が見られていると知ったアズラフィアちゃんの顔が真っ赤になった。

 僕の背中に悪寒が走る。これは前兆なのだ、と。

 胸を抱き、わなわなと体を震わせ、口が何かを言わないように我慢しているけど何度も開きかける。数多の女の子に懺悔室へと連れて行かれたからこそ、僕はこのような姿をした女の子が何を言おうとしているのかが理解できる。

 だからこそ、僕は急いで彼女から背中を向けて走り出した。

 そして———


「ざ、懺悔して《・・・・》くださいっ!」


 ―――僕の視界に、大きな巨漢の大司教が現れた。


「…………」


 薄暗い室内、積み上げられた平らな石達、ひんやりと冷気が肌を撫で、女神ルシアの彫像の横に置かれている鞭と蝋燭が妙な威圧感を与えていた。

 先程まで礼拝堂にいたはずなのに、一瞬にして景色が変わる―――この現象を、僕は嫌というほど知っていた。

 これこそが、『強制懺悔措置機』と呼ばれるブレスレッドの効果だ。

 故に―――


「うぇるかむ、悩める子羊よ」


 僕は勢いよく祭服を着た巨漢の男から背を向けた。


「嫌だっ! 誰か助けて! 誰もいないの、ねぇ!? 誰か助けてよォォォォォォォォォォ!!!」

「さぁ、懺悔を」

「いやァァァァァァァァァァァァァァァァァッ!!!」

 確かに、彼女の胸を見ていた僕が悪かったのだろう。


 しかし、男が女の子の胸を見てしまうのは自然現象と同じ。仕方のないことなのだ。だからこそ思う……いや、胸見ただけでこの仕打ちはないでしょう? と。

 僕はアズラフィアちゃんとの生活に一抹の不安を抱えながら、背後から伸びてくる手から必死に逃れようと努力した。


 ちなみに、今日は三角馬だった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る