第3話
「……配属研修?」
「リンシアちゃん、牧師見習いでは教えられてないの?」
不思議そうに首を傾げるロニエ。その仕草が大変可愛らしくて胸にくるものがある。
「残念なことに、二週間前ぐらいからちゃんと言ってたわ。アレンの反応は、爆睡の賜物ね」
「……お姉さん、アレンくんの成績が心配になってきたんだよ」
可哀想な子を見るような目を向けるんじゃない。君は僕と同い年だということは、初めましての時に聞いたからね。
「それで、配属研修って何? リンシア、解説よろしく」
「仕方ないわね、貸し一つよ」
「いいけど、何に使うの?」
「(今度、シスター寮に侵入するための手伝いをしてちょうだい。夜這いに挑戦したいの)」
いけない、この貸しは与えてはいけないものだ。
「ロニエ、解説をお願いします」
「あ、うんいいけど……」
危うい部分はちゃんと小声で話すから、無垢なロニエは首を傾げるだけで終わった。
そこの塩梅をしっかりしているからこそ、リンシアが未だ危険因子だと思われていないのだろう。だが、知られて僕達と同じ扱いを受けてほしいと思う反面、そうしたらシスター達が残酷な真実を知って悲しんでしまうかもというパンドラの箱状態だから悩ましい。
「配属研修っていうのはね、将来配属されるであろう教会や大聖堂でもやっていけるようにするお勉強期間のことなんだ!」
僕達は教育期間を終えれば、それぞれ希望の教会やら大聖堂やらに配属されることになる。
といっても、ロニエもリンシアも僕も基本的には希望を出したとしても教会に配属されるはずだ。何せ、大聖堂はエリートしか配属されない場所だから。教育期間が終わってすぐに配属されるのは神父見習いだけだろう。
「へぇー」
「それで、半年間だけシスター見習いと牧師見習いがペアを組んで一緒にお勉強するの」
「教会は基本的に牧師とシスターで働くものよね。人数に差はあるけど、小さい教会だと牧師とシスターの二人だっていうこともある……それを考慮してのことじゃないかしら?」
「ふむふむ、なるほど……」
一緒に勉強して、将来配属された教会で困らないように互いの仕事内容を知っておこうってことなのかな? 確かに、自分の仕事だけじゃなくて相手の仕事も知っておけばサポートとかもしやすくなるだろうしね。
「といっても、もちろんそれぞれのお勉強が優先されるよ。これで本来の教育が疎かになったらいけないからね。その代わり、合同講義なんかは設けられるみたい」
「なんとなくは分かったよ。とにかく、そういう期間が始まるってことだね」
そして、その一緒に勉強するパートナーを見つけなきゃいけない、と。
だから最近、牧師見習いの人が一生懸命に声をかけている姿をよく見かけたのか。僕はてっきり自分の顔面偏差値の低さを自覚しないで無謀にもナンパでもしているのかと思ったよ。
けど、うーん……それだけだったら別に誰でもいい気がしてきた。もしあれだったら仲のいいロニエに頼もうかなと思っていたけど、勉強するだけだったらどんな人でも―――
「あと、期間中は寮を移動してパートナー同士が一緒の部屋になるんだよ」
「ロニエさんっ! 是非とも私のパートナーにッッッ!!!」
「えっ!? いきなりどうしたの!?」
そういうことなら話は別だ。
同じ部屋で暮らすということは、私生活の半分以上を共に過ごすということ。共同生活は、新婚生活の前哨戦と言ってもいい。誰でもいいなんて許されない。
可愛くて、一緒に暮らして楽しく、幸せになれるような子———そんな相手と、共に暮らしたい。
となれば、ロニエ以上の人材は見つからないだろう。シスター見習いの中でも特に可愛く、見習いになってから半年以上もリンシアと一緒にこうして仲良くさせてもらっている間柄なら、一緒に過ごして楽しいはずだ。
そして、こんなに可愛い子と過ごせるのなら人生の最高潮を迎えるほど幸せになれるだろう。
こんな機会、逃してしまえば二度と訪れることはないッッッ!!!
「僕、絶対に幸せにしてみせるから!」
「プロポーズ!?」
君が望むのなら、配属研修だけでなく一生幸せにしてみせる!
「あの、せっかくお誘いしてくれたのは嬉しいんだけど……私、リンシアちゃんと組むことになってるから」
そう言われて、僕はリンシアの方を向いた。
すると彼女は勝ち誇った顔でこちらにⅤサインを見せる。まるで宝くじでもあたったかのような腹立たしさだ。
しかし、リンシアの顔を見て確信する……ロニエの言葉には嘘偽りがないということを。
だからこそ、僕の胸の内には悔しさよりも―――
「身の危険を感じたら、大声で叫ぶんだよ?」
「え、待って。私の身に何が起こるの?」
我が親愛なる女神様……どうか彼女の貞操が守られますように。
「まぁ、ロニエがダメだったのは仕方ないとして……誰を誘おうかな? 僕、あんまりシスター見習いの人の中に知り合いがいないんだよね」
「早くした方がいいわよ? パートナー申請は明後日までだし」
「え、そうなの? だったら早く相手を見つけないと……」
ロニエという一番の候補は消えてしまったけど、こんな機会が二度も訪れないだろう。
女の子と一つ屋根の下で過ごせる。そんな状況を逃してしまったら、僕は墓場に入る時までもずっと後悔し続けるはずだ。
「「おかえり」、「ただいま」から始まるコミュニケーション、一糸まとわぬ姿でのお食事、故意から始まる不可抗力のお風呂回、肌と肌を重ね合うおやすみ―――それらが僕を待っている!」
「ところどころがおかしくない!?」
「え……?」
「あれ、リンシアちゃんもその認識だったの!?」
共同生活というのは、こういうものだ。
「そういえば今思ったけど、よくも上の人達はこういう行事を考えたよね。セクハラが多いって頭を悩ませてたはずじゃなかったっけ?」
「そのブレスレッドができたからじゃないかしら?」
「何かあっても、懺悔室に連れて行ってもらえるしね~。案外、身の安全が保障されてるから私達も意外と安心なんだよ」
「ふむふむ、なるほど」
それは辛いな。下手なことをすればムフフな同棲生活が一瞬にして痛みを伴う懺悔祭りに変わってしまいそうだ。
「だけど、それでも女の子と同棲っていうのは魅力的だよね。普通に生活するだけでも、ちょっと幸せな気分を味わえそう」
「モテない男は安い幸せを買えて人生楽しそうね」
「んだとぉ!?」
「怒る前に、早くパートナーを見つけてらっしゃい。あなたも知ってるでしょ? シスター見習いの数より、牧師見習いの方が数は多いってこと」
確かに、牧師見習いの方がシスター見習いよりも多い。
普通に考えれば、一人一人でパートナーを組むと必然的に牧師見習いがあぶれてしまうはず。
そうなってしまえば―――
「僕は皆がイチャコラしている間に、下唇を噛み締めながら寂しく半年も過ごさなきゃいけなくなってしまう……ッ!」
「私を含めて、結構なシスター見習いはペアが決まってるから、確かに早くした方がいいかも」
その言葉を聞いて、僕は勢いよく立ち上がった。
「こうなれば、早く一緒に住んでくれる相手を探さないと!」
「目的は別に一緒に暮らすことじゃ―――」
「じゃあ、行ってくる!」
二コラが何か言いかけていたけど、僕は気にせず食べかけの朝食を持ってその場をあとにした。
現在、食堂には大勢のシスター見習いがいる……この瞬間こそが好機!
僕が一人寂しい半年を送らないためにも、周りの牧師見習いに「え? いないの? ぷーくすくす♪」なマウンティングマウンテンをされないためにも……ッ!
(って言いつつ、なんだかんだ見つかりそうな気もするんだけどね)
なんてことを思いながら、僕は近くにいるシスター見習いの人に声をかけるために近づいた。
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