第11話 神話

 智弥は皆を囲む様に地面に線を描いた。街灯はなく、辺りは闇に包まれている。丸い月の明かりがはっきりと皆の姿を照らし出していた。

「私も行く!」

 刹那の声が静かな闇へ溶けて行った。

「刹那には伊織と霞雲を看ていて貰いたい。二人共疲れ切っているから……コンビニでも見つけてカップ麺でも食わせてやってくれ」

「え? コンビニ?」

 直人が驚いた様に声を上げると、刹那と神崎は直人を見据えた。目をキラキラさせた中学生に少したじろぐ。

「悪いんだけど、里にも山の南側の街にもまだコンビニは無いんだ。駅から車で一時間くらい走ったらあるにはあるけど、夕方の五時には閉まっちゃうんだ」

「はあ? そんなのコンビニじゃねーだろ!」

「コンビニも無いとかどんだけど田舎なんですか!」

 智弥の説明に、霞雲と伊織が抗議する。神崎は腕を組んで考え込んだ。

「駅の売店……」

「開いてると思う?」

「新幹線でも通ってりゃあ空いてる可能性があるかと思うが、時刻表見たら一時間に一本一車輌走っているきりだったな」

 神崎が悩んでいると、智弥は刹那の手を取った。

「駅の裏に大介庵ってお店が有るんだ。そこなら開いていると思う。駅を出たら左に曲がって、歩道橋で線路の上を歩いて真っ直ぐ行ったところに赤い提灯が掛かっているんだ。行き過ぎると大通りにぶつかっちゃうから気をつけてね。住宅街で入り組んでいるけど、直ぐに解ると思う。お蕎麦とかもあるし、おすすめは牛鬼定食かな。持ち帰りもお願いすれば作ってくれると思うよ」

 刹那の掌に指で地図を描くと、刹那はそれを眺めながら智弥の話を聞いていた。

「一度休んで、日が昇ってからではダメなの?」

「般若堂の呪詛が解体出来たということは屋敷の呪詛も解けたと言うことなんだ。そうなると刀の呪詛が吹き上がるはず。それを弟が抑えているとすれば、それも解除してやらないと弟は自由になれない。今まで僕の我儘で縛り付けてしまっていたんだから、少しでも早く開放してやるべきなんだ」

「それは解るけど……」

「刹那」

 智弥に詰め寄っている刹那に神崎が声をかけた。

「様子を見てくるだけだ。般若堂と似た呪詛であればどの道全員揃わないと刀の呪詛を解くのは難しい。だから様子を見て、一時的に俺が時間稼ぎ出来るのか、それともそいつの弟にもう少し頑張って貰えるのか、それを見極めに行って来るんだ」

 まあ、それが出来なければ智弥が弟の代わりになるつもりなのだろう事は容易に想像がついた。だから、変な気を起させない為に自分は智弥に着いて行かなければならないと思う。

「お前達には次の戦いへの準備としてゆっくり休んで貰いたい」

 神崎の言葉に刹那は渋々引き下がった。円の中へ入ると、智弥は円に手を添える。地面に陣が現れ、金の光が溢れると、刹那と伊織、霞雲の姿が消える。神崎は直人の足元に円を描いた。

「凄い……」

「悪いけど、お前にも明日、また力を借りる事になると思う」

 神崎が話すと、直人は神崎の腕を掴んだ。

「明神が死んだなんて信じられない。けど、あいつの為に俺に出来ることがあるんだとしたら、何でもする」

 直人がそう言って神崎の掌に御守りを乗せた。

「これは?」

「昔、明神から貰ったものなんだ。これを持っていたから、呼んだら来てくれたんだと思う」

 直人が手を離すと、神崎は御守りを見つめた。手作りの、小さな白い布で作られたそれは、経年劣化で所々擦れ、色褪せている。

「良い友達を持ったな」

「友達じゃないよ」

 直人が即答すると、神崎は驚いて目を丸くする。

「親友だよ。明神は、そう思って無いんだろうけど……」

 直人が俯くと、神崎は少し笑った。

「親友だと思って無い奴のピンチに、死んでからも駆け付ける男なんて俺は他に知らないな」

 神崎の言葉に直人が顔を上げる。直人の体が銀の光に包まれて消えると、神崎は智弥へ視線を戻した。もう疲れ果てて眠りこけている椿を愛おしそうに抱き上げている。

 智弥がそのまま歩き始めると、神崎は智弥の後を追った。

「何で子供を捨てたの?」

 ぽつりと問い質してみた。智弥は一度振り返ったが、何も言わずに再び歩を進める。

「呪詛のせいにしてしまうのは簡単なんだけどね……勘違いのせいかなぁ」

 智弥は思い出す様に話していた。木々の隙間から溢れた月明かりが、そこここで白い花を咲かせている様だった。

「この子の髪が赤かったから、自分の子供では無いんだと思った。呪詛でこういった姿に生まれてしまったのかもしれない。何れにしても手元に置いておくのが辛くて、弟の言う通りにしようとした。けど……自分とは血が繋がって居なかったとしても、妻が産んでくれた子供に違いなかったから、殺してしまうのが忍びなくて……弟が生きているなら、この子を可愛がってくれるだろうという打算もあった。結局、自分勝手だったんだよ。呪われて当然だと思う」

 智弥はそう話しながら椿の頭を撫でた。

「こんな自分勝手な親の元じゃなくて、今度は優しい良い人の所へ行くんだよ」

 神崎はそれを聞くと肩を落とした。

「お前がこれから、その子にとっての優しい良い人にはなれないの?」

 智弥が驚いた顔をして振り返った。どうやらそんなことはそもそも念頭になかったらしい。これから、弟の代わりに刀の封印をするつもりだったからだろう。

「この子はまた、僕を選んでくれるだろうか?」

「それは知らん」

 感傷に浸っていた智弥はそれを聞いてくすりと笑った。

「君はなかなか面白い人だね」

「お前は大分変人だな」

「そう?」

「弟を蘇らせると言っておきながら、弟を自由にする為に封印の犠牲になろうとしている」

 智弥はそれを聞いて肩を竦めた。

「ああ、言っている事に一貫性が無いと言いたいんだね。弟を蘇らせるつもりだよ。僕の寿命を挿げ替えてから呪詛の封印をすれば良いだけだから」

 神崎は眉を潜めた。

「そんな事が本当に出来ると?」

「出来ないだろうね。僕にはそもそも彼程の才能がない。寿命を挿げ替えた所で、上へ上がってしまった直霊を呼び戻す事は出来ない。だから蘇ったとしても弟には生きていた頃の記憶は無い。今は魂の一部しか残っていないから、何処まで人として生きられるかは分からないけれど……それで良いんだよ。僕の自己満足なんだから」

 神崎の表情がどんどん険しくなった。

「狂ってる」

「そうなんだろうね。僕は普通の兄弟として彼と過ごしたかった。今でもその気持ちは同じ。でも、どうせそれが叶わないのであれば、せめて紛いなりにも人として生きてほしいと思ってる」

 智弥は悪怯れる風もなくそう話した。

「それが弟の望み?」

「弟がどう思っていようと関係無いよ。さっきも言ったでしょう? 僕の自己満足なんだから……」

 智弥がそう言うと、思わず神崎は智弥の肩を掴んで引っ叩いた。音に驚いた椿が、眠気眼を擦っている。

「お前って本当に最低だな。それで、蘇った弟が苦しんだり困ったりした時に、寄り添って相談相手になる事もしない。生まれた子供を捨てたのと同じじゃないか! 自己中も大概にしろ!」

 神崎が怒鳴ると、椿は智弥の腕から下りた。

「かんちゃん、怒っちゃダメぇ」

 椿が神崎の足にしがみつくと、不意にポケットの光に目が行った。

「かんちゃん、何持ってるの?」

 ズボンのポケットを指し示され、神崎はさっき直人から渡された御守りを差し出した。椿はそれを手に取ると、首を傾げながらそれを見つめている。

「そっか、これが依代だったんだ。だからさっき、直霊が降りて来たんだ。とーと、隱神、蘇らせるかもしれないよ!」

 椿の言葉に神崎と智弥は目を瞬かせた。



 闇の中に赤い提灯が一つ揺らめいている。辺はもうすっかり暗くなり、お客さんも他に居ない。伊織と霞雲は黒い木造造りの建物の中を見回しながら、通された畳敷きの部屋に座り、ぼうっとしている。さっき刹那が適当に頼んでくれた料理が運ばれるのを静かに待っていた。

「ねえ」

 伊織が不意に声を上げた。テーブルを挟んだ向かい側に座っている刹那が、不思議そうに耳を傾ける。

「何で刹那は元気なんですか?」

「は? しんどいわよ。あの橋本って中坊を守るために結界張って、何回霞雲の快復に力使ったと思ってんのよ」

「いや、ですから……」

「守備系ではずば抜けてんだよ。何だっけ? そう言う神様の系列がどーのこーの……」

「ああ……そういうことですか」

「何で今の説明で納得したのか解らん」

 霞雲の適当な説明に刹那が冷や汗を流した。

「うちも似た様な家系でしたから。元々は文字を司る神だったのに、大昔に偉い人達と揉めたらしく、名前を無くしたそうです。後に紙を司る神様の元で匿って貰ったらしく、その子孫がうちの家系だと聞いてます。だからうちの一族には偶に自分の様な不思議な力を持って産まれてくる人間がいるのだと、ボロい家系図出してきて親が嬉しそうに話してくれた事がありましたよ。震災で全部焼けましたけど……」

 伊織が懐かしそうに話すと、刹那と霞雲は肩を竦めた。

「私の祖父もそんな事言ってたわね。元々は薬草を司る神様だったけど、別の宗教の流入とかがあって名前を変えられたんだろうって。だからうちの一族は代々医者や薬剤師が多いって聞いてた。目が良い人間がよく生まれるって。レントゲンが無かった時代はそれこそ神の御業なんて言われてたらしいけど……」

 刹那が話していると、五人分の定食が運ばれて来て伊織が眉を潜めた。霞雲は見慣れているのだが、少し引き気味の伊織に耳打ちした。

「刹那は力を使った後は大食い大会で優勝するくらい食う」

「それ、エネルギー使い過ぎて居るんですよ」

 二人が話をしているうちに、刹那は箸をとって食べている。別皿に盛られていた肉をご飯の上に乗せると、早々に箸で口に放り込む。ゆっくりと噛みしめると、眉根を寄せた。

「赤みの多い牛肉に、甘めのタレが絡まって、少しタレが焦げた香りが芳ばしい。お米も粒がもちもちしてて美味しい」

 刹那が満足そうに頬を綻ばせ、箸を進める。

「何とかの宝石箱や〜って言われるよりは全然静かだから勘弁してやってな」

「いえ、別にそれは気にしませんが……」

 伊織もそう言いながら箸を取る。味噌汁を一口飲んでふと刹那を見ると、一つの定食を食べ終えて次の定食に手を伸ばしている。

「早食いは体に悪いですよ」

 伊織が言うと、刹那が睨んだ。伊織の隣に座っていた霞雲が、伊織に耳打ちする。

「飯食ってる時に話しかけると噛み付かれるから黙って食おう」

 何処の動物園から逃げた猛獣だと聞きたいが、伊織は押し留まった。

 本当に、女子高生が定食を三人前も食べれるわけが無いだろうと思っていた伊織は、空になった器を見つめて冷や汗を流した。満足そうにしていた刹那が、テーブルに置かれた会計札をひっくり返した途端に顔を真っ青にしたのを見て、伊織は首を傾げる。

「もう少し多めにお小遣い持ってくるんだった」

「え? いや、そんなもんだろ定食の値段なんて……」

「日帰りの予定だったから持ち合わせが……」

 刹那の言葉に霞雲も自分の財布の中身を確認する。

「ああ、新幹線高かったもんな。帰りは歩いて帰ったらいんじゃねぇ?」

 霞雲は自分でそう言ってから、何日かかるだろうかと冷や汗が流れた。

「新幹線から予讃線に乗り換えて、それから特急乗ったのよ? 軽く十時間以上かかってんのよ? あんた馬鹿なの?」

 刹那が霞雲の胸倉を掴んでいる間に、会計札を持って伊織がレジへ向かう。伊織がカードで支払いするのを見て二人は目を丸くしていた。

「ホテルで休みたいので、早くして貰えませんか?」

 伊織に急かされ、二人はお店を後にする。霞雲は興味津々で伊織に話しかけた。

「え、伊織ってもしかして金持ち?」

「坊っちゃんのですよ。何かあった時の為にと渡されているんです。後で請求しますからご心配なく」

「世知辛い世の中……」

「普通です」

 伊織と霞雲が話し合っている姿を後ろから見ていた刹那が笑った。二人は何が面白いんだと振り返ると、刹那が肩を震わせている。

「まるで兄弟みたい」

 刹那がそう言うと、伊織と霞雲は顔を見合わせた。

「こんな似非陰陽師と兄弟とか最悪です」

「はあ?! こっちだって、お前みたいな詐欺師と兄弟なんて絶対嫌だからな!」

「ええ?! もう渾名で呼び合う仲なの?」

「違います!」「違う!」

 二人の声が重なると、刹那は腹を抱えて大笑いをしていた。夜の静かな闇に刹那の笑い声が響いていた。



「隱神?」

 暗い森の中に智弥の声が響いた。椿は首を傾げた。

「クロガネ……」

 困り、周りを見渡すが鉄の姿は無い。草木が静かに風に揺れているきりだった。椿は必死に思い出そうと頭を捻った。

「えっとね、神様の間でいざこざがあって、神様の名前を剥奪されたんだけど、その末っ子がすんごい阿呆で、だからお兄ちゃんの神様に迷惑かけてて、それでぇ」

 神崎は腕を組み、智弥も悩ましそうに首を傾げた。

「おい保護者、解読しろ」

「こういう時だけ保護者扱いされるのは心外なんだけど……昔、雨を降らすように願いを請うたら村が洪水になるほどの雨を降らせたり、晴れる様に願うと全く雨が降らなくなったとか、兎に角融通の効かない極端な神様の話しなら読んだ覚えがある。良い事も悪い事も見境なく叶えるからその力を悪用しようとする者も居て、他の兄弟が苦労したって話し」

「それで?」

「その神様なら死者を蘇らせる事も出来ると言いたいのかな?」

 智弥が聞くと、椿は首を傾げた。

「何の話してたっけ?」

 寝起きのせいか、頭が回っていないらしい。神崎は顎を触りながら夜空を眺めた。

「……さっき般若堂で出て来た霊魂は、智弥の弟だって言ったよな? けど、椿が隱神だと認識したのは、椿が智弥の弟の事を知らないからか? 智弥の弟がその隱神ってので、それを蘇らせる為にその御守りが依代として必要だって事?」

 椿がこくりと頷いた。

「弟を、蘇らせる事が出来るの?」

「出来ると思う。けど、言葉に敏感な神様だから正確に願いを奏上する必要があると思う。死者を蘇らせろと言ったら今までに亡くなったあらゆる死者を蘇らせたという話もあるくらい阿呆な神様だったってクロガネが言ってた。その尻拭いに苦労したって……」

「そんな迷惑な奴を蘇らせるとか嫌なんだが」

 神崎が冷や汗を流すと、智弥は息を吐いた。

「大昔はどうあれ、その辺は落ち着いている筈だよ。僕が覚えている千年前の鬼も、僕の弟もそんな風では無かった。だから、弟が蘇る事でそこまで周りに迷惑かけるって事は無いと思う」

 智弥の話に神崎は溜息を吐いた。

「そいつが蘇った場合のメリットは?」

「大昔の大戦で名前を剥奪された神が八柱揃うから、今度こそ御魂伏を壊す事が出来ると思う」

 智弥と神崎は顔を見合わせた。

「八柱?」

 神崎が聞くと、椿は両手の人差し指を立てて神崎と智弥をそれぞれ指し示した。

「般若堂の解体に居合わせた八人が、名を剥奪された神々の生まれ変わりだよ」

 俄には信じられない話に二人は困惑していた。

「……ちょっと待ってね、名を剥奪されたのは何故?」

「神代の大戦の時に名を剥奪されたって言ってたな。なんか謀反でも起こしたのか?」

「つーちゃんもあんまり良く覚えてないけど、他所の神々とのいざこざの時に八柱の親である宇摩志阿斯訶備比古遅神が戦争に反対したって言ってた。周りはその人の子供たちを戦争に使う為に躍起になったんだって。仕方ないから宇摩志阿斯訶備比古遅神の次男坊だけが大戦に参加することでその場は納めたらしいんだけど、また戦に巻き込まれる事を恐れて子供たちを逃したんだって」

 神崎はそれを聞いて再び顎を触った。

「神話は詳しくないな……」

「宇摩志阿斯訶備比古遅神なら聞いたことがある。浮嶋神社に祀られている神様だよね? 確か古事記とかに出てくるけど、大したエピソードは無かったと思う。確か独神で、子供は無かったはずなんだけど……」

「古事記ねぇ……」

 神崎があからさまに嫌そうな顔をすると、智弥は首を傾げた。

「日本神話嫌いなの?」

「まあ不得意なジャンルではある」

「孟子の五倫は知ってるのに……」

「悪かったな。どういうわけか一言主の改変に最初にぶち当たっちまったんだよ。そこから読む気にならねぇ」

「ああ、割と有名だもんね。古事記では一言主に出会った雄略天皇が畏れ多くて頭を下げたのに、後に書かれた日本書紀では神様相手に一緒に狩りをしたと書かれている。その後の続日本紀では天皇と獲物を争った一言主が島流しにあっている」

 それを聞いた椿が驚いて首を傾げた。

「どうして?」

「その書物が書かれた時代の権力者によって都合よく書き直されてんだよ」

 神崎が応えると、椿は納得しているようだった。

「つまり、これらの古事記や日本書紀に名前が書かれなかった神が、名を剥奪された神と言う事なんじゃないかな? 一言主の様に、神様からその地位を貶める話を残すのではなく、最初から存在自体を消し去られたのは、その時代の権力者からすれば一言主よりも都合が悪かったんだよ」

 智弥の話に神崎は首を傾げた。

「……八百万の神ってくらいだから、それ全部名前を連ねるのが面倒臭くて書ききれなかっただけじゃねーの?」

「成程、そういう見方もあるね。けど、今は真相云々よりは、理屈後にしないと話が進まないよ。

「それでその、宇摩志阿斯訶備比古遅神の八柱の末っ子が、隱神ってことだろ?」

 神崎が整理すると、椿は頷いた。

「雲の神様との間に産まれた神様で、母親である雲の神同様、あらゆる天候を自在に扱えたのと、父親である宇摩志阿斯訶備比古遅神の大地の生命力を持っていた為、それを悪用されないようにと隠したんだって」

 椿の話に神崎は冷や汗を流した。

「昔の人にとって天候はそれこそ命に直結しただろうからね。大地の生命力って言うのは豊かな土壌という意味かな? 毎年同じ場所で同じ作物を作っていると連作障害が起こるんだけど、昔の人はそれを神様の怒りと捉えたのかもね」

「そんなもんを自在に操れるとなったら誰にとっても脅威だろ」

「だから、隠された」

 智弥が呟くと、神崎は唇を噛み締めた。

「どんな気持ちだろうね。それだけの力が生まれながらにあるのなら、本来であればそれなりの地位に着いただろうに。周りから隔離されて、親だって独神で直ぐに姿を消した。なんて適当に書き記されて、自分は最初から居なかった事にされて、性格曲がっちゃうのは仕方ないんじゃないかな?」

 神崎はそれを聞くとぐうの音も出なかった。

「別にそいつを蘇らせなくても、さっきの般若堂の時の様に、霊魂だけその依代で呼び出せば済む話じゃねーの?」

「般若堂に降りて来た霊魂は、直霊と和御魂、奇御魂、幸御魂しか無かったんだよ。その状態では力が安定しない。だから足りない荒御魂を戻す必要がある。とーとが荒御魂をまだ肉体に縛り付けているなら、そこに直霊と和御魂、奇御魂、幸御魂を下ろす事で蘇る事が出来ると思う」

 椿の説明に、神崎は頭を抱えた。

「そんなに難しく考えなくて良いと思うよ?」

「何でそんなにお前が余裕なのか全く解らんが、要は死体に魂を縛り付けるだけだろ。西行の撰集抄に人造人間の話しがあったけど、それと同じじゃねぇの?」

「西行さんのとはやり方が全く違うからそこは大丈夫だと思うよ?」

「要するに弟の体で蘇りの実験しようって話しだろ。俺はそんなのに協力したくない」

「なかなか頑固な人だね」

「それで失敗して、お前の弟の魂に傷でも付いてみろ、消滅するぞ? そうなったら御魂伏の解体はおろか、弟の転生も不可能になる。そうなったら次にその刀を破壊する機会が完全に消えてしまう。それなら、今回は荒御魂を外してやって、もう一度転生してくるまでは刀を封印する方が確実だろ。無理に蘇らせる必要はない」

「弟の荒御魂を外した場合、誰が刀を封印するの?」

 智弥の質問に、神崎は息を吐いた。

「つーちゃん、また刀の封印してもいーよ?」

 椿が声を上げると、智弥は椿の頭を撫でた。

「椿は優しい子だね。でも大丈夫」

「俺に出来るようであれば俺がする」

「現物見てもいないくせによくそんなことが言えるね。賢い人だと思っていたのにちょっと幻滅」

「俺はその刀を使っていた神の生まれ変わりだと聞いた。だから出来ない話では無いと推察する」

 神崎の言葉に智弥は驚いた様に目を丸くした。肌寒い風が、森の中の三人を静かに包んでいた。

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