第21話 二つの物語
私の卒業後、私たちは思い切り華やかな式を挙げた。だって、誰はばかることもない、友達からも、親族からも祝福された結婚だったのだもの。
教会で厳粛な式を挙げた日の夕方、クリントン公爵家本邸の大きな庭で開催されたパーティには、大勢の人が集まり、にぎやかで、とても楽しくて屈託のない、園遊会となった。
広い庭には、点々とオレンジ色に
暖かな天気のいい日で、夕方になっても気温は下がらず、両家から大勢の親戚が招待され、参加していた。マーフィールドの大伯母も来ていて、神も嘉したもうと少し震える声で祝辞を述べた。
そして、あの母が、感動して涙を拭きながら抱きついてきた。
「ああ、よかったわ! サラ! 婚約破棄万々歳ね!」
常々、母は言葉の選び方が間違っていると思っていたが、こんなところで発揮しないでほしい……
ただ、それすらも回り中から大声で笑われて終わってしまった。
「サラ、こちらへ」
オーウェン様が笑いながら引き寄せた。
「今日からは、僕の妻だ」
彼は万感の思いを込めて、私の目をのぞき込んだ。
「君の母上は二番の場所に転落だ。君の一番はこの僕だ。そして僕の一番大事な人は君だ。ずっと一生」
その数週間後。
王妃様が、何をどう思っていたのか知らないけれど、お姉さまとマーク殿下の結婚式は、静かに行われた。
私の式とは比べ物にならないくらい、参列者も少なくて、選び抜かれた人たちだけだった。
地味だったが、いい意味で有名になった。
とても品のいい、控えめだけど心を打つものだったと。
例のバス伯爵夫人のプロデュースだった。
マーク殿下は、公爵領を賜り、王宮を去った。
彼は、この結婚で色々なものを失った。社交界に出ることもめっきり減った。
彼ら夫妻は社会的には抹殺され、活躍の機会をなくした……はずだった。
だが、マーク殿下は、兄の王太子殿下の善き補佐として、目立たないところで仕事をしていた。王太子殿下は密かにマーク殿下の味方だったらしい。
「有能だからな」
兄は解説した。
「有能だったら、どこかからまた復活してくるものだ。お前のところのオーウェンが騎士として比類ないくらい活躍しているのと同じようなものだ。適材適所だな」
私もがんばっている。姉のために積極的に社交界に顔を出し、好印象を残そうと振舞っている。母には無理な芸当だ。クリントン家のためにもなるしね。
ある日、私は呼ばれてマーフィールドの大伯母の屋敷に行った。
すると、なにやら姉とバス伯爵夫人が激論を叩き交わしていた。
「ここらで、清純でまるっきり善意としか解釈できない事業を立ち上げたいのよ」
姉の声がした。
「王妃様が、ぐうの音も出ないやつをね。善意だけしか感じられない会を催したいの」
何々? 何の話なの?
「善意だけの甲斐って辛気臭くない? 慈善の会って、知り合い同士が参加し合うくらいじゃない。来てもらったから、お返しで出ますみたいな。だけど、私がする会はそんな催しじゃダメ。どこの貴婦人も、絶対来たくなるバザーをしたい。ものすごく控えめだけど、超評判になる慈善バザー。男は出禁」
「何それ。矛盾してない?」
バス伯爵夫人は、もう四十代半ばのはず。でも、とてもそうは見えない。若くて美しい。
「結婚前からずっと世話してきた孤児院で、私が慈善バザーをしても誰からも非難されないと思うの。今を時めくバス夫人から、顧客へのサンプルとして作った非売品を出品すると言う触れ込みにするの。ただし商品のカタログは先に流してちょうだい」
姉は平然として言った。
バス伯爵夫人は呆れたと言った表情になった。ついでに私もだ。
「そんなもの、ないわよ。サンプルなんか。残しておかないもの」
「新しく作ればいいのよ。偽サンプル。誰にもわからないわ。お金は出すわ。バス夫人デザインのドレスをバザーで格安で買えるとなれば、みんなソワソワしてやって来るわ」
バス伯爵夫人が、眉の間にしわを寄せた。
「そのほかに、気を惹くような気の利いた小物を作って欲しい。みんなが買って満足して帰れるように」
「それで、どうしたいのよ?」
「私は社交界に返り咲くのよ。王子殿下をたらしこんだ悪女なんかじゃないわ。このままでは、私も殿下も不幸になるわ。私に子どもが出来た時も。そうじゃない? やれることはやらなくちゃ」
何の話をしているんだろう……
「とにかく王妃様なんか敵ではないわ。イメージ作戦で戦うわよ? 全貴婦人を巻き込む勢いで!」
姉が言った。ここの家に防音加工がしてあるといいなあと、私は切に願った。
「社交界は流行に弱いからなあ」
バス伯爵夫人が独り言のように言った。
「そう言えば、この間、極彩色の東洋の陶器あったでしょう? 人気が出てきたのよ。イケると思うの」
お茶を出しに来たマーフィールドの大伯母が、仕方がないなあといった様子で、部屋に入らず固まっている私の顔を見て、しわがれた微笑みを浮かべた。
「あの子たち、あくまで、清楚で、良心的で、思いがけない結果になって戸惑っています、を演出するつもりなのだよ」
凄い積極的で強引で、戦略的で、お金がかかっているみたいですけれども?
「よく似た姉弟なのよね。ルイとオフィーリア。マーク殿下も、オフィーリアのそんな所に惚れたんだろうねえ。そう言えば、マーク様も似た感じの方ですもの」
……………
腹黒、実力派シリーズ。
「あの二人、年が二十も違うのに、意気投合してしまって。バス伯爵夫人は元は平民だけど、実力でのし上がって、うるさい世間を黙らせた人だから、どこか重なるのだろうねえ」
大伯母はなんだかしみじみしていたが、それどころではないのでは?
結婚を反対し続けた王妃様の評判、危うし? この嫁は認めておかないと、何をしでかすかわからない。腹黒マーク殿下は、姉には骨抜きだし。もう、小骨も残っていなさそうだ。
「奥様、マーク殿下がお早くお戻りをと」
お使いが来た。マーク殿下の溺愛だけは止まらないらしい。
「大伯母のところに来ているので、もう少しここにいるわ。それにサラが来ましたのよ」
姉は言った。
「あんな真似して、サラを利用したんですもの。申し訳ないわ。マーク殿下にはそう伝えてちょうだい」
いえっ。もう、私は全然根に持ってなんかいませんから。
殿下のお使いにそう言おうとした途端、姉に、お茶の用意がしてあるのよと、わざとらしく別室に誘われた。
腹黒ッ。そして、殿下だけではなくて、お姉さままで私の婚約破棄(の結果のお茶会)を自由自在に使いこなしている。
マーク殿下、ではなくて今は公爵だが、マーク様は、あの一件に一応引け目は感じているらしく、私には、何かと便宜を図ってくれるのだが、それはそれで不気味だ。
マーク殿下は、真実の愛物語をなんとなくうまく世間に流布している。
先日は書籍化と演劇の演目になったと聞いた。
私の結婚相手はオーウェン様で本当によかった。私は普通でいいわ。
そして、私たちに双子の女の子が生まれて、姉のところには元気そうな男の子が生まれた頃には、姉は堂々と社交界に地位を占めていた。
曰く、慈善に尽くしている尊敬すべき貴婦人だ、上品ではかなげな美人だ、運命に翻弄されてああなっているけれど 等々と。
いや、運命の方が翻弄されているのでは?
お姉さまが、バス伯爵夫人にお願いして、夫人が昔作った試作品を供出させてバザーを開催した時は、多くの貴婦人が慈善慈善と唱えながら、目の色変えて殺到した。いつもなら高くて買えないバス夫人の作品を買うチャンスだ。実際には、オークション方式になってしまって、そう安い値段では買えなかったらしいが、参加しただけでも箔が付く。参加だけでも善意なのだから。
バラ園が見頃になると、バラ鑑賞会が開催され、お姉さまが選りすぐったかわいい顔の孤児たちが給仕をした。気に入られて、そのまま奉公先を見つけた子どもも多いし、孤児院絡みの話は全部高徳の人として、姉の得点になっていく。
マーク殿下の内輪のパーティに招かれた時、氷の王子改め冷徹宰相(マーク殿下は宰相になった)が、自邸では蕩けているのを目撃して、私は二重人格と言う言葉を思い出した。
一緒に参加していたオーウェン様がウフフと笑った。
「僕には君がいる。大事な人が。だから、マーク殿下がどんなに幸せでも今となっては全然気にならない」
世界中で一番大事なあなた。私はオーウェンの手を取った。厚みのある重い手。
正直なところ、あまり関心がないので、ハーバートがどうなったのか知らない。まだ独身らしい。
そして、マリリン嬢だが、しばらくはハーバートにアタックし続けていた。
なぜか当然のように、当家、すなわちクリントン家にもやってきたことがあるが、なんだかみじめな格好だった。
ドレスは汚れ、髪も乱れていた。
あっという間に優秀な門番に追い出されていたが。
後のことは知らない。
「納まるところに納まったのだよ」
いつの間にか着ていた夫が肩を抱いて私に言った。
そして、最後に残ったのは兄だった。
「ルイ。貴方もそろそろ身を固めないとね」
母がやる気満々で言った。
だが、そこは兄。難癖戦法に出た。
母はこういった問題には割と完璧主義者だ。
「母上。ナッツベリー侯爵家のご令嬢は確か一人娘では? 私が婿になるわけにはまいりません。それから、こちらのアンナ嬢の母上は、女癖の悪いアームス卿とご縁があるように聞いておりますが、いかがなものかと」
ケチを付けようとしたら、どこかに問題はあるわけで。完ぺきな結婚なんかない。
いつかきっと、兄も心惹かれる人を見つけるだろう。
兄のことだ、マーク様並みに全ての難関をぶっ飛ばし、幸せな結婚を手に入れるだろう。そうあることを祈るばかりである。確信はないけど。
人の婚約破棄を無断で利用しないでください! buchi @buchi_07
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