第14話 お茶会

姉ご自慢のバラがいっぱいに飾られた客間へは、お客様が次々と入ってきた。


イザベラ嬢とフィリップ様、これは緊張気味でやってきた。


事情はわかっているけど、なにしろ、第三王子殿下と同席するだなんて滅多にないことだ。緊張せざるを得ない。



「マーク、いい加減にしろよ。どうしてお茶会なんか思いついたんだ」


「やっと話しかけてくれた。ここ二、三日機嫌が悪くて、もう、どうしようかと思っていたよ」


「当たり前だろ」


小さな声で口喧嘩しながら、やってきたのはオーウェン様とマーク殿下。


姉は、それを聞きながらクスクス笑っていた。


「子どもの頃のマーク殿下をよく知っているのよ。とっても可愛かったわ」


「どうして知っているの?」


「夫が殿下の馬術の先生をしていたの」


姉が手短に説明した。


「お姉様、行きましょう」


夫と馬の話はしたくないんだと悟って、その話は打ち切って、私たちは殿下たちを迎えに行った。



お茶会の席に、姉がいてくれて助かったと思った。


考えたら、姉は殿下たちとは四つか五つしか違わない。ここ二年は全く出入りしていないとはいえ、それまではずっと社交界に出ていたのだ。学園の先輩でもあり、自分では世間知らずだったと言っているが物知りでもあり、スラスラと話を繋いでくれる。


いつしか私たちは学園の先生や流行りの店や、王太子殿下の最近の外遊の話など、打ち解けておしゃべりに興じていた。


「もう、こんな時間か。そろそろ帰らなくては。残念です」


一番忙しいのはやはり殿下だった。王宮で何か行事でもあるらしく、時計を見てそんなことを言い出した。


「オフィーリア様、門のところまでご一緒願えませんか? あなたの孤児院の教育の話、とても興味が湧きました」


「まあ、光栄ですわ」


だが、その時、邸内のどこかで、侍女か女中か誰かが悲鳴をあげて、食器が落ちて割れる音がした。誰かが廊下を走ってくる。


うちで誰かが廊下を走るだなんてこと、ありえない。何が起きたのだろう。


異常事態に全員が立ち上がって、廊下へ続くドアを凝視したその途端、バンと音を立ててドアが開いた。


「えっ? マリリン嬢?」


思わず言ったのは、オフィーリア姉様以外の全員だった。みんな、呆然としている。

マリリン嬢は……学内では目立たなかったが、この席では、格段に品落ちするドレスを着ている。今、そのことに気がついた。


「何をしに?」


「なぜ、ここへ?」


彼女は息を切らせ、はあはあ言っていた。


「サラ!」


「は?」


そう言ったのは私ではない。オーウェン様とオフィーリア姉様だ。


「なんで、あんたがお茶会なんかやってんの?」


「え?」


「あんたなんか、あたしより下でしょう? どうして、格下のあんたが王子殿下の相手なんかできるの?」


「格下?」


ギラついた目のオーウェン様が聞き返した。


「あんたが相手できるんなら、王子殿下はもっと魅力的な私のものでしょう?」


えええ、意味がわからない。


「わからないの?」


マリリン嬢が聞いてきた。


「ものには順序というものがあるの。わかる?」


「全然」


「サラ様、そんなものに返事をしてはなりません」


オーウェン様から、なんだか知らないけど殺気のようなものが、ゆらりと放たれた。


「ウィザスプーン様はあんたより私を選んだ。これで私の方が格上になった」


「いや、違う」


イザベラ嬢が言いかけた。


「お黙りなさい。友達のくせに。いいこと? ものには順序があるって言ったでしょう。これで私の方が上であることが証明された。だから今後、あんたより私の方がモテるの。だから、王子殿下は私のものよ。クリントン公爵家の嫡子もね。どちらを選ぶかは、私次第だけど」


マリリン嬢が色っぽい表情でマーク殿下とオーウェン様に目を向けると、二人は文字通り震え上がった。


侍女と執事が後を追いかけて走ってきた。遅すぎるわ。変な理論、聞かされちゃったじゃないの。

執事が後ろを振り返って合図すると、若い下男が数人駆けつけてきて、マリリン嬢を羽交い締めにした。


「何をするの? 無礼者!」


「お騒がせいたしました。申し訳ございません」


執事が平謝りに謝った。


「騎士団に突き出します」


「ここの家の警備はどうなっているんだ」


殿下が冷たく言った。


「申し訳ございません」


汗をびっしょりかいている門番が後からやってきて言い訳した。


「こちらに来られているはずのネルソン伯爵令嬢の急な使いの者だと言うので、見た目もそれ風だったもので……」


「うちは侍女や使いの者にこんな下品な服は着せていません」


イザベラ嬢がピシリと言った。


下品。確かに。


マリリン嬢が金切り声を上げた。


「なんですって? サラの友達のくせに!」


今度はフィリップ様がアップを始めた。


「早く連れて出ていって、ドアを閉めなさい」


オフィーリア姉様が執事に言いつけた。

この一声で、ハッと我に返った執事や下男たちが全員で、大声で騒ぐマリリン嬢を部屋の外に押し出してしまった。


ドアが閉り、元凶がいなくなるとオフィーリア姉様は、ため息を一つついたが、客人の方に向き直ってニコリと微笑んだ。


「申し訳ございません。何がどうなっているのやらわかりませんでしたわ。でも、当家の警備は見直しいたしますわ。どうも女性だと思って甘くなってしまったのかもしれません。イザベラ嬢はフィリップ様とご一緒に、そして殿下は門のところまで一緒に行ってくださるとおっしゃってくださいましたわね。もしよければオーウェン様とサラも一緒にいらっしゃいな」


殿下が立ち上がった。


「オフィーリア様、では、ご一緒してくださいませ。急いでいるのは私だけですから、皆さんはどうかそのままで」



そういうと殿下は急いで姉の手を取って、ドアの外に連れ出して行った。



私とイザベラ、オーウェン、フィリップの四人は、びっくりして殿下の姿を見送った。


マーク殿下は、それは嬉しそうに姉様の手を取っていた。

他のものは何も見えていないといった様子で。



パタン……


ドアが閉まり、私たちは、お互いの顔を見合わせた。


「まさかと思うけど……」


私は言いかけた。


全員が一瞬黙った。


それからようやく、オーウェン様が意外そうに言った。


「多分、そのまさかじゃないかな。あいつがあんなに嬉しそうなのは初めて見たよ」


オーウェン様は渋い表情を浮かべ、ワクワクした様子のイザベラ嬢が続けた。


「ねえねえ、もしかしてそれってつまり……」


「そうだね。一体なんのためにポーツマス家でのお茶会に、あんなにこだわったのか、やっと意味がわかったよ」


オーウェン様が釈然としない表情のまま言った。フィリップ様は、ちょっと顔をほころばせた。


「マーク殿下の秘めたる恋人って、多分、サラ嬢の姉上のオフィーリア様のことだったんだね」

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