第13話 オフィーリアお姉様

母の脅しはかなり怖かった。


私が数日間、食べるお菓子の量を二倍にしたくらいには。


「やめておきなさいよ、サラ」


見かねたイザベラが注意した。


「ドレスが入らなくなるわよ」


「だいじょうぶ。いよいよストレスが溜まったら、今度は食べられなくなる体質なの、私」


私は大好物のアップルパイとチーズケーキと、生クリームでデコレートされた絶品イチゴのショートケーキをモリモリ食べながら答えた。


学校の食堂ではこんなスイーツは出ないので、自宅のパティシエに作らせた。お茶会に出すお菓子の試作品と言って。


それにしても、女性の参加者もう一名の目処めどが立っていなかった。



「親戚の女性とか。誰でもいいよ」


殿下は割と気軽に言うけど、まさかマーベリーフィールドの大伯母を連れてくるわけには行かないでしょう。母だって出禁なのに。


まあ、母はどの会にしても出禁にしておいた方が無難だと思うけど。




ある日、お兄様がふらりと私の部屋にやってきた。


「例のマーク殿下が出席なさるお茶会だけど」


私は振り返った。


「姉様が出席してくださるってさ」


「え? 本当なの?」


兄がふんわりと微笑んだ。


「仕方ないだろう。可愛い妹のために出てくれるって」


「わああ。助かった。お姉様なら問題ないわ。ありがとう、お兄様」



オフィーリア姉様は、母に似て、ちょっとばかり頑固なところがあるけれど、母の頑固と違って人に迷惑はかけない。

夫が突然亡くなるまでは、普通に社交界にも出入りしていて、評判はとても良かった。立っているだけで、絵になる美人だったからだ。


今でも、なんとかツテを辿たどってお話が途切れないらしい。姉は一切相手していないらしいが。また、マーフィールドの大伯母様は母と違って、完全シャットアウトしてくれるそうで、姉がマーフィールドに滞在しているのはそのせいもあるらしい。



オフィーリア姉様は、母がいない時間を見計らって会いにきてくれた。


「お姉様!」


薄紫色の衣装は寡婦に許された色合いだ。


もう二年も経っているのだから、もっと派手な色合いを着てもいいのに、姉は濃淡の灰色か薄紫しか着ない。


今日は薄紫だから、譲歩してくれたのだろう。


「婚約者選びから仕切り直しですって?」


姉は楽しそうに笑った。


目元が本当に美しい。濃い長いまつ毛に縁取られた青の目と、渦を巻く豊かな栗色の髪、肌は白く、くっきりと眉が理想的な線を描いていた。何回見ても、嘘のように美しい女性だった。


父が宝物のように大事にしていた。母もである。


これが一、二歳離れているだけだったら、おおごとである。比べられて大変なことになるところだった。

六つ離れているのは大きい。自慢の美人の姉ですんだ。


「ハーバートときたら、とんでもなかったわね。そして、今ではクリントン公爵家のご子息と第三王子殿下が、あなたをめぐって争っているんですって?」


端的に言えばそうだけど。


「でも、お姉様、本気なのかしら? そんなにうまく話が進むのかしら?」


「うまい話なのかどうかわからないわ。だって、性格が合わないとか、実は浮気性だとか」


「そ、そうですわよね」


「今のところ、あの二人については何も聞いたことないけど。私も頑張って、目を光らせてみるわ」


心強い。母のがんばってみるわ、に比べたら、ずっと安心できる。


「お姉様、ありがとう! 本当に助かるわ。殿下が出席されるとなると、本当に人選に困ったのよ。下手な方をお呼びするわけにはいかないし。実の姉なら、一番いいわ!」


「お茶会の場合は、男性より女性の数が多い方がいいもの。あと一人絶対必要だそうで、ルイが私に出て欲しいって頼みに来たのよ」


ルイとは兄の名前である。


「未亡人の私はぴったりだって」


「お兄様ったら、なんて言い方を!」


姉はまるで気にしないみたいに笑った。


「未亡人、気にしていないからいいの。私は、バラを育てて、大伯母様と一緒に毎年庭の計画を練っているの」


バラ? こんなにきれいな人がバラだけを?


「それで?」


母が再婚を迫る気持ちがわかって、私はその先を聞いた。それだけだったら、寂しくないのかしら? それに、これだけの美人にバラは勿体なさすぎる。


「そのほかに、近くの教会付属の孤児院に寄付をしているの」


「孤児院?」


私は目を丸くした。


「そうよ。私は、今、そこで、先生をしているの。女の子たちの。寡婦にはピッタリだわ」


そんなこと、ちっとも知らなかった。


「勉強のできる子には、学校へ行く援助をしているの。手先が器用な子には裁縫を教えてやって、最低、読み書きと簡単な計算を教えてやっているの」


すごい。私、そんなこと、考えたこともなかった。


「最低限の読み書きと計算は必要よ。どう生きていくにしてもね」


私はうなずいた。それは必要なことだ。有意義なことだ。


「でもね、そしたら、近所の貧しい家から苦情が出たの」


私は、びっくりした。


「なぜ?」


とてもいいことをしているはずだ。苦情だなんて考えられない。


姉は苦笑した。


「自分たちの家の子どもは、読み書きを勉強できないのに、孤児なら教えてもらえるだなんてずるいって」


「はあ」


「孤児たちの親は、育てる義務を放棄したのだ。苦しくても頑張っている自分たちの子どもの方が不利な扱いを受けるだなんておかしいって」


「ああ。そういうことですか」


わからなくはない。理解はできるが、どうしろというのだ。大体、全部、姉の好意だ。それを自分たちにもよこせと?


「私もびっくりしたし、困ったけれど、神父様には最初から読めた展開だったらしいわ。私が世間知らずだったのねえ」


「どうするのですか?」


姉は笑った。


「続けていくわ。変えていきながら。だからと言って止めたりしないわよ。やめたら誰も得しないもの。私は貴族の夫人だから誰も文句は言えないだろうって、神父様はおっしゃるの。貴族の慈悲なんて自己満足で歪んでいるのが当たり前だって。ね? 面白いでしょ? 世の中って」


びっくりするくらい美しい姉が、ケロッとしてそんなことを言う。


「で、お茶会だけど、私が加われば、女性が三人に男性が三人になってちょうどいいのね」


私は、美しくてはかなげな容姿の姉が、結構兄に似ていることを発見した。

DNAは正直だ。

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