第12話 マーク殿下の人気度について

オーウェン様は公爵家の御曹司で、マーク殿下は第三王子。


オーウェン様がスッと鼻の高いキリッとした侍らせたい系騎士タイプ貴公子なら、マーク殿下は金髪と碧い目が目立つ、鑑賞系愛でたいタイプの美形。


甲乙つけ難い。


今、私は人生最大の岐路きろに立っているのでは。

さらには、人生最大の危機に落とし込まれているのでは。


左右を人気の二人に囲まれ、女子のみならず、男子生徒からの注目度も高い。


ハーバート様&マリリン嬢事件なんて、雲の彼方に飛び去ってしまった。


「ケガの功名っていうか、ああなれるんだったら、婚約破棄してもらいたいくらいだわよね」


「ああなれるって言うんならね」


ヒソヒソ声で聞こえないだろうと思っていても、結構、聞こえるものである。



そして、最近は、オーウェン様がムッとした表情の時が多いのに対して、マーク殿下はニコニコしていた。これがまたおかしい。


元々殿下は、別名氷の殿下と呼ばれていた。


いつだって、硬い表情で、友人のオーウェン様やそのほかの男の友達の間にあっても、あまり笑わなかった。

下手に愛想良くすると、とんでもない事態が起きると思っていたのかもしれない。


その危惧きぐは、現実のものとなりつつあった。


マリリン嬢事件以来、高貴の身分の男性に特攻をかける女子が後を絶たなかったのである。


「ごめんなさい。私が至らないばっかりに……」


私は、横の男性二人に謝った。


マリリン嬢事件で、高位貴族のご子息でもやれば手に入ると言う悪しき前例が出来てしまったせいで、身の程知らず?が次から次へと二匹目のドジョウ目指して、トライしている。


それだけでも、たいがい人騒がせな結果になったと、恐縮している。


さらに、私は絶世の美女でもないのに、婚約破棄された挙句の果てに、現在進行形で、二人のイケメンを侍らせている。


納得しがたい。


多分、学園中の令嬢方が納得していないと思う。


説明が難しいけど、たとえば、ここにいるのが私じゃなくて、美人で有名な姉のオフィーリアだったら、多くの男性をきつけてやまないのも当たり前と誰もが思うだろう。


掟無視の婚活トライアルなんか、そうそう起きないと思うのだ。


不躾ぶつしけにも、マーク殿下や公爵家の御曹司オーウェン様に、直接、声をかけてくる令嬢はいないのではないかと。


今も一人の令嬢がビクビクしながら私たちのそばに立っている。


マーク殿下が直接声をかけることはできない。だって、王族なんだもん。

仕方ないから、公爵家の嫡子たるオーウェン様が直々に、そのどうも貴族の家の娘っぽくない女子生徒に質問していた。


「君、本当にサラ嬢に用事はあるの?」


「え? も、もちろん」


「サラ嬢、この方、知っている?」


「いいえ?」


「まあ、ひどいわ。私のことは知らなくてもイザベラ嬢のことは親友だっていつもおっしゃっているではありませんか。イザベラ様が呼んでらっしゃるから、教室へきてくださいな」


「サラ、この方、どなた?」


令嬢の後ろから、突然声がした。


「あ、私はサラ様のお友達のイザベラ様の友達で、イザベラ様から教室に来て欲しいって伝言を預かってきたんです。お友達の伝言を無視するだなんて、イザベラが聞いたら、きっと怒るわ! 私、彼女の親友なんです」


彼女は、くるりと振り返ると、新しく登場した令嬢に向かって、ペラペラと説明した。


「イザベラは私だけど、あなた誰?」


イザベラ嬢は、眉の間に皺を寄せながらその令嬢に尋ねた。令嬢はイザベラ嬢の顔を知らなかったらしい。無になって、その顔を凝視していた。


「君、名前を名乗ってくれる?」


オーウェン様が沈黙を破って、ついに質問した。


キャーという声が、食堂内に響いて、その令嬢は逃げ出した。

その声に、食堂内の全員が振り向いた。


いやー、もう、恥ずかしい!


これが私たち、普通の貴族だけだったら、オーウェン様かフィリップ様が彼女を追いかけるところだったが、この席にはマーク殿下が同席していた。


殿下の指の一振りで護衛騎士が優雅に踏み出すと、もたもた全力疾走している令嬢に三歩で追いついて、あっという間にどこかへ連れて行った。



「大方、サラ嬢が邪魔だったんだろうな」


オーウェン様が、すごいしかめ面をして言った。


邪魔な私を離席させて、その席に座り込みたかったらしい。


「マーク殿下の許可がなければ同席なんかできるはずがないだろう。バカなのか?」




このパターンは、その後現れなかった。


なぜなら、手口を学習して未然に防ぐようになったからだ。


私たちが、ではない。


いつも間にか結成された、『マーク殿下を全力でお守りする会』が、である。


訳のわからない令嬢が、やれ先生の呼び出しだの、家族がどうにかなっただの、色々な口実を設けて私に近づこうとすると、スッと見知らぬ令嬢が現れる。『お守りする会』の会員である。

そして審問する。

尋問が終わると、もう一人別の会員令嬢が、どこからともなくスッと現れ、本人の陳述を元に裏を取りに走る。

この間に、嘘と告白すればよし。入信を勧められる。無論『全力でお守りする会』への入信である。

嘘だと認めなければ、証拠が上がった時点で、殿下の護衛に引き渡される。

ただ、証拠が上がるまでの間、もし嘘だった場合、どういう扱いになるかをこんこんと説明され、意を翻すと、入信を勧められる。

嘘だった場合、当然罰せられるかもしれない。とは言え、直接は侯爵令嬢の私への嘘だ。殿下に対するものではないので、軽微なものだ。

後日の入信を勧められる。


どうでもこうでも入信は勧められるが、意外に入信率は高いらしく、なかなかの効果が上がっているらしい。


「俺をお守りする会はできないのかな?」


オーウェン様が言った。


「そんな会、ほしいのか?」


ブスッとした声でマーク殿下が聞いた。殿下にしては珍しく、険悪な声だ。


「いらんけど」


「そうだろ?」


いらないことは間違いない。だけど、どうしてそこまで殿下が人気なのかわからないと言いたいらしい。オーウェン様からみたマーク殿下は、ちょっと愛想が悪い、けどただのいい奴であって、それ以上ではないらしい。


「俺ならそんな会作らない」


オーウェン様が断言した。


「当たり前だ。あんなのに入っているヤツの気がしれない」


マーク殿下、ひどい言いよう……


私は真剣に、入会を検討していたが、やめることにした。


マーク殿下、キラキラしてるけど、結構毒舌だわ。


ニコニコ笑顔で、その場は乗り切って、私は家に戻った。


我が家で開催される、本当に私的な、ただのお茶会はなぜか全校的に有名になっていた。


そのせいか、最近、学園では各種イベントが発生して、とりあえず行くのが怖いレベルになっている。家の方がマシだ。

母がいるけど。


学園では有名になってしまって、と母に言うと、そんなことないわよ!と励まされた。


「あらあ。そんなことなくてよ。全社交界で有名になっているわ! 注目の的よ! 我が家の誇りね」


全然、励ましになっていない。


どこかのパーティから帰ってきたらしい母は、上機嫌だった。


「ただの学生のお茶会なのに?」


私は震え上がった。


「だって、マーク殿下が出席なさるのでしょ? 今後を占う上で、超重要な転換点ターニングポイントよね。だって、マーク殿下はこれまで、どんな婚約話も断ってこられたのよ。王妃様が困ってらっしゃるって噂だったわ」


そんな恐れ多い。


「高位の家になればなるほど、婚約が早く決まっていくので、殿下とはいえモタモタしていると、乗り遅れてしまいますもの。どうやら意中の方がいるらしいって、ずっと噂だったのよ。それが我が家の末娘なんかだったとはねえ。本当に意外だわ」


お母様。


意外なのは、私もそう思いますけど、なんかこう、もう少しオブラートに包んでいただくわけには。


「とにかく! くれぐれも失礼がないように! 私なんかが出入りしたらさぞ興醒きょうざめでしょうから、当日は不在にします。執事のセバスにも重々言いつけておきますからね」


珍しいな。なんでも首を突っ込んでくるお母様が、当日不在にするだなんて気を利かせるとは?


「お父様とルイから言われたのよ。仕方ないじゃない。見に行けないだなんて残念だけど。今日も、ありとあらゆる家の方から声をかけられたわ。いかなる魔法を使ったのかってね? でも、恋なんか分からないものよねえ。真実の愛なのね」


母は、上機嫌の上をいく上機嫌で、高笑いを残して着替えに行ってしまった。


確か、先日、何が真実の愛だとか言って、激怒されていましたわよね。



でも、不都合がないようにって言われたけど、最後の参加メンバーがまだ決まっていないのです。


どうしよう。

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