第15話 オーウェン様、語る

「私たちも帰りましょうか」


イザベラ嬢がフィリップ様に言った。


「申し訳ないわ。こんなことに巻き込んでしまって……」


私は口ごもりながら、二人に詫びの言葉を伝えた。マリリン嬢は私がいるからここへ来たのである。イザベラ嬢とフィリップ様は完全な巻き添えだ。


私だって、マリリン嬢に関しては、通りすがりの赤の他人状態だと思う。本人の認識は違うらしいけど。


「気にしないで。あなただって、マリリン嬢とはなんの関係もないでしょ? 本当に困った人だわ。でも今日は楽しかったわ。お姉様、とてもきれいな方ね」


「そうだよ。本当言うと、今日は噂の最前線に参加したようなものだよ」


フィリップ様がちょっと興奮気味に言った。


「マーク殿下の本命はオフィーリア様だったんだ! もちろん、王家が絡む話だから、簡単には口にはできないけど」


「現場に立ち合っちゃったわ。すごいわ」


イザベラ嬢も興奮気味に言った。


「でも、きっと障害は多いと思うよ」


フィリップ様が言った。私はフィリップ様を見つめた。


「オフィーリア様の方が年上な上に再婚だ。実際には結婚は難しいだろうな」


「それは……殿下の恋はうまくいかないだろうってこと?」


私は姉が心配になって言った。フィリップ様は、あわてたように言った。


「世間的に言えばってことだよ。一般論」


「姉は結婚なんか考えてもいないと思いますわ」


私は事の次第に困って、少々震え声で言った。


言われて見て気がついた。その通りだ。

姉は年上で、再婚。王子殿下と結婚なんて考えられない。

王子殿下の結婚相手には、それ相応の相手がふさわしいと誰もが考えるだろう。


「オフィーリア様が再婚なんか全然考えていないなら、余計むずかしいんじゃないかな。殿下一人がいくら頑張っても、孤立無援だもの」


フィリップ様の言葉を聞いて、オーウェン様は難しい顔をしていた。


「マークはそんなやつじゃない。あれは一時の気持ちなんかじゃない」


フィリップ様とイザベラは、オーウェン様の次の言葉を待った。


だが、オーウェン様は苦笑いを口元に浮かべて二人に忠告した。


「今日の話は黙っておいた方がいいな。しゃべって歩きたいネタかもしれないけれど、王家の話だ。マーク殿下にも王妃様にも嫌われたくはないだろう?」


「そうだね」


「わかっていますわ」


フィリップ様もイザベラ嬢も厳粛な顔で頷き、侍女の案内で外へ出ていった。本来なら執事の仕事なのだが、執事はマリリン嬢の後始末で出払ってしまっていた。



「オーウェン様も今日は本当にごめんなさい」


私は心から謝った。


なんでこんなことになるのだろう。


あれほど粗相がないようにと母から厳命をくだされていたのに、マリリン嬢は乱入してしまうし、それに……



マーク殿下の本命はオフィーリアお姉様だった。


それが分からないほど、私は間抜けではない。


社交界どころか、マーフィールドの館から一歩も外へ出ないお姉様を引っ張り出すために、妹の私のお茶会はチャンスだった。

そう。他に手段がないくらい。


殿下はとても賢い方だと評判だった。それがここでも遺憾無く発揮されたわけだ。

姉は知り合いだと言っていたし、線はみごとに繋がった。


きっと殿下は姉を見染めて以来、ずっとずっと待っていたのだろう。



私は踏み台かい。


まあ、一度直接会ってエスコートして仕舞えば、マーク殿下がそのチャンスを活かさないわけがない。王家特権でグイグイいきそう。


それに、お似合い。


年下のキラキラした美少年めいた人だが、殿下は実は気が強くて現実主義者だ。姉を引っ張っていくだろう。

大伯母のバラ園から引き摺り出して、現実の世界に戻していくだろう。


マーク殿下の目は、一心にオフィーリア姉様を見つめていた。あれこそがきっと真実の愛なんだ……障害がものすごく多そうだけど、あの殿下を知れば知る程、オーウェン様ではないが、『ただモノではない』妙な信頼が出てくる。何とかするんじゃないだろうかと。



………………


客間には、オーウェン様がまだ残っていた。


私はハッとして我に返った。


「本当にごめんなさい。玄関の間までお見送りいたしますわ」


丁寧語になってしまった。私は急いで立ち上がって、オーウェン様を玄関まで案内しようとそばに行った。


要するに殿下の本命はオフィーリア姉様だった。私じゃなかった。裏には裏があるものね。

それを思うと、なんだか自信がなくなった。オーウェン様だって分からないわ。


ことによると、マーク殿下に頼まれて、この茶番の片棒を担いだだけなのかもしれない。


勘違いしてはダメ。お母さまの言い分ではないけれど、男性はわからないわ。



「時間はたっぷりあります」


オーウェン様は言った。


「え?」


もう、皆様帰られましたわよ?


「いいや。僕の用事は済んでいない」


オーウェン様は微笑んだ。なんだか嬉しそうだ。


「誰もいなくなった。よかった」


私は困って、どうしたらいいかわからなくなった。何の用事?


「サラ嬢、今日の僕の用事は、あなたにイエスと言ってもらうことです」

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