第10話 お茶会のススメ

「絶対にあなたと仲良くなりたかったんだ」


第三王子様は耳を疑うようなことを言い始めた。


だって、私と第三王子殿下はほぼ初対面だ。この前、学園の食堂で初めて紹介されたくらいだ。


それまで、もちろん顔は知っていたが、話をしたこともなかった。


王家の王子様たちの中で、一番の器量よしで、末っ子なのが勿体無いと言われるほど、成績も良かった。

細身で、兄弟三人とも金髪だったが、この人は特別で、キラキラしてしていた。



「今まで話しかけようもなかったからね。婚約者がいたから」


堰を切ったように訪れたモテ期?しかも極上品ばかり。


「もし、君の家でお茶会をするようなことでもあったら、僕たちも招いて欲しいな」


彼は私が向かう教室を聞いて、途中まで一緒に行こうと歩みを合わせてきた。


「お茶会?」


お茶会なんか予定ありませんが?


「いやいや、ぜひ開催してほしいな。だって、あなたに求婚している人は、一人だけではないでしょ?」


私は、父の書斎に積んであった手紙の束を思い出した。


「婚約破棄をされた娘なら、再婚のお話でも上等だろうとか、持参金を積めばもらってやるとか?」


「失礼だな、それ。誰なの?」


殿下は怒り出した。茶色の全く混ざらない、澄んだあおの目がキラリと光った。


私は笑った。


「大丈夫ですわ、殿下。その方達は、今頃、母が退治しに行っています」


殿下は声をあげて笑った。ポーツマス侯爵夫人は、有名なのだ。


「殿下はやめて欲しいな。マークと呼んでほしい」


私は困った。いくらなんでも、王子殿下のことを名前で呼ぶなんて失礼だ。


「まさか。失礼ですわ。私、不敬罪で捕まってしまいます」


殿下は無邪気そうに笑って言った。


「それで行くと、とうの昔にオーウェンは不敬罪でつかまっているはずだ。そんなに畏まらなくても大丈夫だよ。気楽に呼んで欲しいな。ダメだろうか?」


弟属性だな、この人。お願い口調が板についている。末っ子だからだろうか。

どちらかと言えば細身で、きれいな金髪と碧い目は美少年的な感じを受ける。本当は私より年上のはずなんだけど。


「お茶会を開くことは考えていませんでした」


「たまには開くでしょう?」


「正式というかどうか。イザベラ嬢……ネルソン伯爵令嬢ですけれど……が自宅に来ていただくくらいで……」


婚約者を呼べば、それなりに正式なお茶会になるが、ハーバードは最近全く来なくなってしまっていたので、お茶会もなくなっていた。


「婚約破棄してよかったじゃない。ずっと賑やかなお茶会ができるよ。少なくとも、二人は参加者がいるよ。僕とオーウェンだ」


私たちは、教室に着いた。でも、殿下はなかなか離してくれなかった。


「約束してよ。必ず、呼んで欲しい」


教室には山ほど令嬢たちが詰まっていた。全員が目を丸くして、みんなの憧れの王子殿下を見つめていた。

そして、殿下がいなくなると、その視線は全部私に集まった。


◇◇◇◇◇



自邸に帰って、私は頭を抱えていた。


こんな展開はないはずだ。


婚約破棄された令嬢の辿る道が、こんなふうであっていいはずがない。


学内全体から、羨望の眼差し。


「本来なら、次の相手が見つからなくて、修道院入りとか、実家に居残ってお兄様の奥様にいびられるとか」


「誰にいびられるって?」


さわやかに登場してきたのはお兄様だった。


「あ、あの……」


「聞いたよ。同時に二人からお申し込みがあるって」


誰から聞いたのかしら。兄は仕事をしている。学園の話なんか知るはずがないのに。


兄は私の部屋だと言うのに、遠慮なく椅子に座った。まあ、兄だから別にいいのだけれど。礼儀作法にうるさい兄にしては珍しい。


「お母様も、よく人となりを見てからお決めなさいとおっしゃっておられた。自宅でお茶会でも開いたらどうだ」


なんでみんなしてお茶会を勧めるんだろう?


「お茶会が嫌なら、ダンスパーティでも開く気か?」


「まさか」


最もお手軽なのがお茶会だ。それでも、結構ハードルが高く感じる。


「お茶会の手配はしておく。オーウェンとマーク殿下に招待状を出しておきなさい」


「あ、待って。お兄様」


そんな男性ばかりのお茶会、おかしすぎるわ。


それに、やっぱり婚約破棄されたばかりの令嬢が、派手にお茶会を開催するだなんて、噂になると思うの。




私は学園の食堂で、親友のイザベラと頭をくっつけて相談していた。


「なんで、うちの兄が王家との結婚に積極的なのかわからないわ」


「王家って、嫁ぎ先としては怖いわよねえ」


「まあ、第三王子殿下だから、いずれどこかの公爵家か何かを引き継いで臣下になるのでしょうけど」


王家は爵位タイトルをいっぱい持っている。後継者がいなかったり、領地や財産のない爵位は王家に返されることが多い。

王子殿下なら爵位くらいもらえるだろう。でも、王家と親戚付き合いはちょっと気が張るところだ。


イザベラが言った。


「あなたのところならいいじゃない。おばあさまが王妹だし。うちだったら大変なことになりそうだけど」


イザベラのところは完全な伯爵家だ。でも、うちだって父は侯爵家で商売人なのよ。


いや、そういう問題じゃなくて。当面の懸案はお茶会だ。


どうしてだか、王子殿下からお招きを強要されている。なんだか、訳がわからないけど。


「でも、お茶会にはきてよ、イザベラ。男ばかりが出席のお茶会って、おかしくない?」


「それはそうよね。困ったわね」


まるでお見合いみたいなのだ。それも男過剰の。


「既婚者なら一人参加できるけど、さすがに私たちの年齢で、既婚者はいないしね。婚約者がいる場合は婚約者を呼ばなかったら誤解を招くし、独身の令嬢なら大勢いるけど、第三王子殿下がご出席の場合、どうしても人を選ぶし」


パーティ開催の場合、避けては通れない人選と席順。


男女の人数比に偏りがあるのはおかしい。男性側は、マーク殿下とオーウェン様は当然として、女性が私一人ではどう考えてもおかしいから、親友のイザベラを招かなくてはならない。だが、イザベラにはもう婚約者がいる。関係ない男性がいる席に、まるでお見合いのように招くわけには行かないから、婚約者のフィリップ様も呼ばなくてはならない。やっぱり、女性が一人足りない。


今回、メチャクチャに悩んでいるのは、イレギュラー要素として王子殿下が割り込んできたからだ。


「あっ。いるじゃない、既婚者でお茶会に参加してくれそうで、問題のない人」


私はイザベラの顔を見た。心当たりが全然ない。


「あなたのお姉さまよ」


「え? ダメよ、それは」


オフィーリアお姉様は、小さい頃はとにかく、最近はほとんど顔を見ることさえない。

母が強引に次から次へと縁談を持ち込むから、家を避けているのだ。父は悲しそうだけど。

社交界に戻る気もさらさらないらしい。

狩猟とか競馬とか、とにかく馬を思い起こさせる言葉が大嫌いで、静かに庭の花を愛でて暮らしていた。


「今回はあなたの婚約話でしょ?」


私はちょっと顔を赤らめた。


婚約破棄されてすぐ次のお話って、それもどうかと思ってはいるのよ。なんだかはしたないわ。


「次の話のほうが全力疾走でやってきちゃったんだから仕方ないでしょう。相手選びの決着をつけるためのお茶会開催って、変だけれども、あなたのお兄様も第三王子殿下も勧めてくるのよね?」


私もイザベラも、そこのところは、首を傾げたが、くじ引きとか、チェスや決闘の勝利者と結婚しろというより、断然マシだから仕方ない。


「お母様も、お話をして相手を理解してお決めなさいっておっしゃっているのでしょう」


「お話しすることは理解する上で大事よね、まあ」


「でも、贅沢な悩みよねえ。公爵家の嫡子と王子殿下。この二人の間で悩むだなんて。婚約破棄万歳だわね。それで、いつ開くの?」


「そうねえ。三週間後くらいかしら? 準備もあるし」


この時、私たちは誰かが聞き耳を立てているだなんて想像もしていなかった。

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