第6話 モテる男はツラい(多分)

翌朝、私は猛烈に盛り下がって、しおしおと学園の門をくぐった。


婚約破棄実施の翌日よりも、今の方が暗い。


だって、例のマリリン嬢と母を比べて、どちらが迫力があるかと問われれば……当然、母の圧勝である。



考えてみれば、あのマリリン嬢、物凄い考え違いをしている。


学園の中だけで物事を考えるから、こんなことになるのだ。


私は今更ながら腹が立ってきた。


世の中には、ウィザスプーン侯爵もいれば、私の父も、それから母もいるのだ。


彼らがこんな真似をされて黙っているはずがないではないか。


ペンを取ったとか言う程度の言いがかりなら、学園内で収められるが、家同士の契約内容を勝手に破棄するようなことをしたら、途端に世界は広がる。


まあ、この場合、本来責められるべきはあのバカのハーバートだけど。



マイリン嬢がらみの婚約破棄なんか怖くも何ともない。


ハーバートと縁が切れてせいせいするだけだ。


だけど、次の婚約者を学園内で見つけてくるわよね?当然、もっとお高い方を?という母のプレッシャーはものすごく、全く自信のない私は落ち込んだ。


そういえば……私は、姉のオフィーリアに思いを馳せた。

お姉様、かわいそう。結婚まで済ませたのに、相手が死んだせいで、母の結婚圧力にまださらされているだなんて。



トボトボ歩いていて、こんなところを例のマリリン嬢に見つかったら、絶対、ほくそ笑まれる。


私は胸を張って歩こうと思って、頭をツンと上げて、そして、前方に妙なものを見つけた。


え?


何あれ?


人だかりがしている。


何だろう?



女性とが三人ほど一人の男性の周りにたかっている。そしてどう見てもその男性に何事か頼んでいる。ねだっている。え? 迫っているの?



「うわあ……」


男性はハーバートだった。


モテてる。


ええ? おかしいじゃない? マリリン嬢はどうなったの?



「あ、いや、僕はそんな……あっ、サラ! サラじゃないか! ちょっと、助けて」


周りの女生徒たちは、じろりと私に目を向けた。


だが、突然、彼女たちは作り笑いを浮かべた。


「これはポーツマス侯爵令嬢」


「お見苦しいところを申し訳ございません」


見れば、どこぞの男爵家の令嬢だの、平民でも裕福なので有名な家の令嬢だのである。


マリリン嬢とは違い、身分を弁えているのか、申し訳ございませんと私に向かって頭を下げていた。


「何をなさってらっしゃるの?」


好奇心に負けて聞いてしまった。


「サ、サラ! 助けてくれ。彼女たち、僕に交際を迫っているんだ」


「まあ、人聞きの悪い。そんな無体は申しませんわ。そうではなくて、もしお時間が許せば、お茶でもご一緒いたしませんかと」


「はい。私どものような身分の低い者から、お願いはできないと思っていましたが」


「僕にはマリリンがいる! あ、あなた方はマリリンに失礼ではないか?」


これには僭越ながら、私も彼女たちの高笑いに参加させていただいた。全く、どの口が言うんだか。


「婚約者ではありませんもの。気になさることはございませんわ」


ほほほ……と、高笑いと共に彼女たちはハーバートの主張を無視した。


「そうですわ。どなたも同じですのよ?」


なるほど。


確かにその通りだ。


婚約破棄は決まった。


正式にはどうだか知らないが、今頃兄が奔走しているだろう。


それにもう今更覆らない。公衆の目前であれだけのことを言い放ったのだ。聞いた者も大勢いいる。


でも、だからと言って、同時にマリリン嬢との婚約が成立するわけではない。


つまり、事実上、ハーバートはフリー。


そして、男爵家の娘を選んだのだと公言したくらいなのだから、別に身分にこだわっているわけでもなさそうだ。


それならと言うのが、彼女たちの狙いな訳で……


私はしとやかに目礼した。


「よくわかりましたわ。それでは、私は失礼します」


「あっ、ちょっと待って! サラ、事情を話すから」


何の事情だか。


知りたくもない。


それとも、マリリンを呼んでこいとか?


あいにく、私はあなたの婚約者でもなければ、使い走りでもないのよ。


「それでは、みなさま、ごきげんよう」


「ごきげんよう。ポーツマス様」


どこぞの男爵令嬢と違って、彼女たちはしっかり礼儀を弁えていて、愛想よく送り出してくれた。


いきなり人を呼び捨てで呼んだりしなかった。


マリリン嬢より断然いいんじゃないかしら?


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