第3話 傷物令嬢の完全復活劇

翌朝、周りの雰囲気に何も変わったところはなかったので、果たして例の婚約破棄が世に知られているのか、私にはよくわからなかった。


ただ、休み時間になると友達が何人もやってきて、コソコソ話しかけてきた。


「見たわよ」


「失礼ねえ」


「何考えてるのかしら?」


「婚約破棄したって、そのあとどうするつもりなのかしら? まさかあの男爵令嬢と結婚する気なの?」


「そもそもお父様の侯爵が認めるかしら?」


ここで、みんなが、私の顔を見た。


「婚約破棄は出来ると思うわ。さほどがんじがらめではないのよ。家の権利とか商売上の利権が絡んだ婚約ではないの」


商売上の利権はとにかく、系図を辿ると何がなんでも結婚しないと、領地と爵位が無くなってしまうなどと言ったケースもある。


その場合は、婚約破棄なんか絶対無理だ。


「そんな理由ではないので、嫌なら婚約を解消すれば良かったのに。もっと穏やかに」


私は解説した。


「そうだったの! でも、あれはどう見てもウィザスプーン家の有責よね」


「そうよね」


彼女たちは怖い顔になった。


「あれは言い掛かりよね」


「ペンがなくなったのは、サラ嬢のせいだって、何の話だか。サラ様が泥棒したとでも言うの?」


「大体、あの男爵令嬢、サラ様と学年が違うじゃないの。サラ様と全く接点がないと思うわ。お互い、何もできないわよ」


婚約者のいる生徒はポツポツいる。


大体、高位の家になるほど増えていくが、本人が望めば解消されるケースも多い。


親が勝手に婚約先の家とケンカして破棄になるケースもあるので、まあ、ホントさまざまだ。



侯爵家と言うビッグタイトル同士の婚約破棄なので、噂が広まるのはものすごく早かったに違いない。


ほぼ全員が、どうやら知っては、いるらしかった。


ただし、ウィザスプーン卿、すなわちアホのハーバートだが、彼の婚約破棄の理由があまりにショボ過ぎて、そっちの方が話題になっているらしかった。


「本当に婚約破棄するの?」


親友のイザベラが聞いてきた。


彼女は学園で知り合った伯爵家の後継息子と婚約が決まっている。


親にしてみれば、それまであまり付き合いのなかった伯爵家同士だったので、青天の霹靂状態だったらしいが、今では良縁だと喜んでいるそうだ。


「私としては破棄するしかないわ。他のやり方なら、婚約破棄しないで済んだかもしれないけど、大勢の前で発表しちゃったものね」


「私が聞いてるのはそんなんじゃなくて、ハーバートをどう思ってるのかってことよ!」


私はイザベラの顔を見た。知ってるくせに。


「だって、全然魅力ないんですもの。正直、嫌いよ。それにくっついてきたあの男爵令嬢!」


イザベラも強くうなずいた。


「嫌な感じの女よね」


「私が私がって、感じ? 私は愛されてるの、大事にされているの、あなたはどうなの?って聞いてくるのよ」


「嫌なマウント取りね」


イザベラは鼻の頭にシワを寄せた。


「侯爵家に向かってなんてことを言うのかしら」


「男爵家だろうと、侯爵家だろうと、理由がある時は何を主張してきてもいいのよ」


私は言った。


「でも、婚約問題であの態度はないわー」


私たちは昼ごはんを取りに食堂へ向かっていた。


話に夢中で、周りのことなんか見ていなかった。


座った途端に、背後に気配を感じた。


振り返ると、イザベラの婚約者のフィリップの笑顔が目に入った。


「イザベラ嬢」


こいつはイザベラと二人きりの時は、リジーとか呼んでるくせに。そして、自分のことはフィルと呼ばせている。


人前ではもちろんイザベラ嬢だ。でも当たり前だ。

礼儀ですもの。


「今日のお昼は、僕と一緒にしませんか?」


こんな時に、何を言い出すのかしら?


「そして、お一人になって寂しいといけませんので、サラ嬢には、僕の大親友をご紹介したいのですが……すごくいいヤツなんです」



世の中、男が推薦するいいヤツがいい男であったためしがない。


「オーウェン……クリントンです」


クリントン! 公爵家ではないか!


思わず私は逃げようとした。


だって、すごい男前なんだもの!


こんなイケメンが私を相手にするわけないでしょうが!


濃い色の髪と青灰色の目、なんとも貴族的な高い鼻と見事な顎の線。


ギャー。好みだけど、どうしたらいいの?


公爵家の御曹司に向かって、イケメン過ぎるから隣に座るな、なんて言えないわ!


「じゃあ、私たちはここで」


イザベラとフィリップは、勝手に合意したらしく、ニコリと笑って逃亡しようとした。


一緒に座って、話をつないでくれるんじゃなかったの?


「ちょ、ちょっと待って?」


「一度、お話ししてみたかったんです」


隣から声がした。


はっと、我にかえると隣のイケメンが見つめていた。


「ですけど、婚約者のいる女性に話しかけるのは礼儀違反ですからね」


思わず知らず私はうなずいた。


その常識が通用しないシリーズに悩まされていたんです!


「ですけど、昨夜、婚約破棄されたそうで」


イケメンがクスッと笑っている。


ああ、そうだ。

昨夜の事件は、笑われるに決まってる話だわ。


「僕にはまだ婚約者がいないので、一度話しかけてみたらって、フィリップに勧められたんです」


「ええと、それはありがとうございます?」


イケメンの微笑みは体に悪い。


この人は形のいい、薄い唇をしている。それがほんのり微笑んでいた。


「光栄ですわ」


私はこの時、やっと気がついた。


どうして、この方が私の横に座ってくださっているか、その理由に。


そうよ! この方が私の横に座ってくださったら、昨夜の話は、事情が変わってくる。


フィリップ様、なんていい人!


それに、オーウェン様も、すごくいいヤツって、本当だわ。


ハーバートの恋人のマリリン嬢は、ムカつくことに私が悔しがるに違いないと信じてた。


まあ、そう考える人も結構いるだろう。


だけど、代わりに、こんな絶品が一度でも隣に座ってくれたら!


婚約破棄の結果、自由になって、もっといい条件の男性から、声がかかれば!


うん。一挙に、何も気にする必要がなくなる。


絶対に傷物令嬢なんて呼ばれないで済む。


「ありがとうございます。オーウェン様」


これほど、名誉復活にピッタリな人材はいない。最高の身分、最高の美貌。


婚約破棄から、誰もが認める復活劇よ!


ありがとう、フィリップ様。

ありがとう、イザベラ!


「え? 喜んでもらえるだなんて?」


「あら、当然ですわ」


私は心を込めて言った。


兄と父には強がりを言ったけれど、やっぱり陰ではロクなことを言われていないと思う。


女性の間で悪い噂が流れるのもつらいと思うが、特に怖いのは男子生徒だと、隣のオーウェン様をみて気がついた。


婚約破棄された傷物令嬢と侮って、品のない男子生徒が声をかけてきたらどうしよう。


もちろん、腐っても侯爵令嬢、侯爵家をはばかって、大したことにはならないと思うけど、こうやって最高位の方に座っていただけたら、今の時期はホントにありがたい。


オーウェン様はほおを染められた。


「本気にしますよ?」


「本気ですわ。ご一緒できるだなんて」


オーウェン様はなぜかあわててお茶を飲んだ。


「さっ、お昼をいただきましょう。明日もまたご一緒出来るといいのですが」


「無理はお願いできませんわ」


私は言った。


そう言っていると、背中にまた誰かの気配を感じた。


「おい、オーウェン」


私があわてて顔を上げると、これまたどう見てもイケメンが立っていた。


「マーク」


誰かしら?


「僕を紹介しろ」


え? 誰に誰を?


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