第2話 モテ期?
翌日からは、本当に忙しくなった。
父は話を聞くと怒りはしたが、むしろ呆れ返った。
「バカなの?」
父は兄とはタイプの違うイケメン……イケオジである。
兄より小柄で威圧感がない。オシャレでもある。
「バカです」
兄が真面目に返した。
「じゃあ僕が、アルバートに話をつければいいんだね?」
アルバートというのはウィザスプーン卿の父で侯爵家の当主で、父の狩猟仲間だ。
「慰謝料ももぎ取ってきてください」
兄がぶっきらぼうに言った。
「モチロン。だけど、サラはどうなの? ケチョンケチョンにしてほしい?」
私は考えた。
何が嫌って、私がハーバートに未練や執着があると、あの二人が信じているあたりが腹ただしい。
「私はウィザスプーン卿が好きでなかったので……」
父が急速冷凍した。
「そんなこと、考えてなかったよ……」
ハーバートは見た目立派な男だった。
体格がよく、ウチの兄には遠く及ばないものの、顔立ちも良かった。
乗馬も剣術もそこそここなし、成績は良くなかったが、貴族の子弟にそれは求められない。ましてや嫡子だ。
正直、私という婚約者がいなければ、大勢の女の子たちが押しかけてきていたろう。
みんな婚約者がいるからと遠慮していたのだ(当たり前だ)
そこをどこかのおバカが慣例や礼儀、暗黙の了解などを全て無視して特攻をかけ、見事、侯爵夫人の座を射止めたのだ。
「そんな訳ないでしょ?」
父が、
「親父のアルバートだって、サラだから婚約したんだよ」
「婚約するにしても家柄はホント大事。夫や妻になにかあっても、どちらかの家が助けてくれるしね。本人が優秀なら……」
父はピンと兄を指した。
「そんな助けは要らない。自分でどうにか出来る人は、平民の妻でもオッケーさ。たいてい、そう言う人間は自分にふさわしい伴侶を選んでくる。バス伯爵夫人みたいにね」
バス伯爵夫人は平民の出だ。
大恋愛の末に結婚した彼女はデザイナーだった。
元はと言えばドレスデザイナーで、貴婦人方のドレスを作っていたのだが、彼女のデザインはみるみるうちに有名になり取り合いになった。
妹のドレスの縁で知り合ったバス家の嫡子が惚れ込み、正式に結婚した時は、あわや廃嫡になりそうな勢いだったが、彼らの結婚披露のパーティーは未だに語り草になっている。
斬新な、細部まで行き届いた見事な装飾で飾られたテーブル、時折挟まれる感動を誘うイベント。
こんな結婚式は見たことがなかった。
「別世界みたいに、きれいだった。雰囲気があって……。見たこともない装飾だったけど、これが結婚式だなって。豪華さはなくて、神聖さみたいな感じがあったのよ」
それと花嫁は引っ込み思案の可憐な乙女だった。
身の程をわきまえてか、むしろ地味な色合いのドレスなのに、その可憐さ、美しさは人々の心を撃ち抜いた。
その後も、彼女の真価……他の追随を許さないセンスはいろんな場面で発揮されて、今やバス伯爵夫人は見事に社交界にその地位を獲得している。
バス伯爵は、妻に比べれば凡庸なのかも知れなかった……少なくとも目立ってはいなかったが、地味に出世しているとは兄の弁だ。
「優秀な方だ」
辛口の兄が誉めるなら、よほど優秀なのだろう。
「まあ、でも、例外だよね。それにハーバートにそんな能力はなさそうだしね」
父はそう言うと、私に向かって聞いた。
「なんかハーバートを再起不能にしたいとか、希望ある?」
私は首を振った。
「好きにすればいいと思います。ただ……」
「ただ、何?」
兄まで食いついてきた。
「あのお二人はどうも私がハーバート様に執着していると信じているらしいんですの」
私はここで言葉を切った。
婚約者……いや、元婚約者のことを、こんなふうに言うのは嫌だけど、仕方ないわ。
「ハーバート様の優れたところはご容姿くらいでしょう。私はまったく執着してません。勘違いされるとは腹ただしいですわ」
父の雰囲気が微妙に変わった。
この縁談をまとめたのは父なのだ。
「どうしてもっと先に言ってくれなかったの? 小さい時はあんなに仲が良かったのに!」
「仲が良さそうに見えたんでしょうか」
「えっ? 悪かったの?」
私は重い口を開いた。
「ハーバート様はつきまとってこられましたけど」
うん。男の子の付きまといはよくわからない。
ちょっと嫌がらせされたり、とにかく構ってきた。
こっちは嫌で逃げてるだけなんだけど。
私にはわからなかったけど、父は何事か悟ったらしい。
「ああー! サラ、ごめんねー! 僕もアルバートも猛反省するよ!」
それから、私の手を握ってきた。
「男の子ってね、好きな女の子を見ると、変なこと仕出かすんだよ」
うん。ハーバートもマリリン嬢相手に変なことやりそう。
すでに学園で手を繋いだりイチャイチャ始めている。
「そっちじゃない」
兄が注意した。
「そっち?」
「子どもの頃の話だろ。でも、ハーバートの話はもういい」
すでに父は出かける用意を始めていた。
兄は私に向かって言った。
「学園はどうする? 少しくらいなら、休んでもいいと思うよ?」
私は肩をすくめた。
「普段通り行きますわよ」
「いいのか?」
「あの男爵令嬢の味方につきたい令嬢なんかいないと思います。婚約破棄されたからって、わざわざ侯爵家をからかいに来るような命知らずもいないと思いますわ」
兄はニヤリと笑った。
「その意気だ。気にするようなことじゃない」
だが、気にすべきだったのだ。
婚約破棄で、あんな事態が待っているだなんて思ってもいなかった。
だって、いつも通り学園の食堂に昼食をとりに行ったら、両隣には顔見知りの令息が二人、和やかな雰囲気で座りにきたのだ。
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