飛べない小鳥(昔のこと〜聡子編3〜)
本当に夢から覚めた。
「ここは?」
「お前の家じゃないか。昨日、酒飲んで寝てしまったのを忘れたのか?」
「急に会ったから、いろんなことが思い出されてしまったの」
初めて会ったあの時、青色の作業着を着ていた慶一郎は、今はスーツを着てネクタイを締めていた。髪は整髪剤でセットされ、爪の先が汚いわけでもなく、スーツを着ていても違和感がない。
飼い猫が、落ち着かない様子で、慶一郎を見ている。ペットショップで買ったわけではなく、子猫の頃、野良から保護した子だ。寂しがり屋の私の唯一の癒しだ。
「飼い主の取り合いか」
慶一郎は飼い猫に微笑みかけた。
「もう若くないのに、人が来るのに慣れていないの」
「あまり人を呼ばないのか」
「誰も来ないわ」
「いくつ?」
「八歳くらい。日本に帰ってきた時から飼い始めたの」
「家には帰らなかったのか」
「家には弟がいるから」
「お父さん一人暮らし認めてくれたのか?」
「遠方に転勤になったって言ってる。だから、今、こんな近くに住んでるっていうの知らないと思う」
「娘に嫌われる親父って、結構辛いもんよ」
「あなたとは違うわ」
「おれはお前が想像してるような、そんないいもんじゃない」
「カッコつけちゃって」
「お前のお父さんの目は、お前みたいな節穴ではなかったよ」
「いつ会ったの?」
「ひなが産まれた時に一度だけ」
「何話したの」
「お前と赤ん坊と一緒にアメリカに行く気なのかってきかれた。行かないって言ったら、お父さん安心してたよ。新しいいい出会いがあれば、おれたちのこともそのうち忘れるとおれは思った」
「どうして一緒に来てくれなかったの? 私が嫌いになったから?」
「もう、今日は、その話はよそう」
私は結局高校を退学して、遅れて高卒認定をとった。二十歳の時、出産した後、私は一人アメリカの大学に行くことになった。自分の周りのことなのに、色々なことがいっぺんに来て、よく覚えていない。出生届は誤魔化せないのもあって娘の戸籍は私たちの名前が入っていた。留学すると言ったら慶一郎がついてきてくれると思って、父に言ったのに、私たちは離れ離れになってしまった。空港まで見送りに来てくれたのが、慶一郎と娘に会った最後だった。
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