惑星Cbのアダムとイヴ

@baltbolt

惑星Cbのアダムとイヴ

 今から3世紀ほど前に太陽系を出発した世代宇宙船「ガイアXI(イレブン)」は、ようやく目的地であるアルファ・ケンタウリ星系の恒星の一つ、プロキシマ・ケンタウリに到着するところだった。

 ガイアXIは最大人口8000人が生活することが可能な船であり、その目的はプロキシマ・ケンタウリの惑星Cb(シービー)のテラフォーミング、および植民であった。

 だが、そのプロジェクトが達成される見込みはすでに無かった。


「そっちはどうだ?」

 ブラスター銃を構え、周囲に警戒しながら、簡易宇宙服を着用した少年が言った。

「今のところ見つからない!」

 少年と同じ簡易宇宙服を着ている少女が答えた。

 二人は、彼らの背丈より高い機械が立ち並んだ部屋で、何かを探していた。重力がない部屋なので、二人は壁を蹴ったりして空間を泳いでいる。移動に困った時は宇宙服のマイクロスラスターを使う。


「くそっ……どこに居やがる……」

 宇宙服のヘルメットのバイザーの中の少年の顔はいまいましげな表情だ。

「もう、被害が出る前にやっつけないと、やばいんだよね……」

「ああ。この船はもうボロボロだからな……次にどこかやられたら、もう宇宙船としての最低限の機能だってあやしくなる……」

「あっ! 後ろ!」


 少女の叫びに少年は素早く反応した。

 振り向き、素早く銃を構え、機械のパイプを食い破ろうとしている「それ」に狙いをつけ、撃つ。


 だが、「それ」の反応も素早かった。

 全長20cmほどの、金属の塊に見える「それ」はガスを噴射することによって宙を飛び、射撃を回避する。


「くそっ!」

「重力作るよ!」

「頼む!」

 少女が宇宙服左腕の部分についている端末を操作すると、その部屋に瞬間的に0.5Gの重力が発生した。

 宙を飛んでいた「それ」がカツーンと音を立てて落下した。


「そこ!」

 少年のブラスター銃が、こんどこそ獲物を捉えた。

 流れ弾が機械類を傷つけないように威力を絞っているとはいえ、ブラスター銃が発射する灼熱した重金属粒子の奔流を受けて、「それ」は木端微塵に砕け散った。


「お疲れ様」

 少女がねぎらいの言葉をかけながら端末を操作する。重力が消え、二人の体がふわりと浮く。

「なんとかなったか……けど、かなわないな……」

「本当に……」

 少女が何か言おうとしたとき、バキッという何かが破壊される音とともに、部屋が振動した。

「何だ!?」

「あれ!」


 少女が指さしたのは、最初に「それ」が取り付いていた機械のパイプだった。

 パイプが破裂して、内部を通る液体が吹き出していた。


「くそっ、どうして!」

 少年が悪態をつきつつ、宇宙服のマイクロスラスターを使ってパイプに接近する。


「最初に食いつかれたとき、すでに深刻なダメージを受けてたんだ……」

 絶望的な表情になる少女。


「パイプの番号はG-217-3Aだ! ターミナルからの閉鎖をしてくれ! 俺は物理的に元栓を閉める!」

 少年はパイプに刻まれている番号を確認し、少女に指示を出す。


「ワーニングが出た! 『パイプを閉鎖すると船の機能に深刻な障害が……』って」


「強行してくれ! 止めないともっとまずい!」

「分かった!」

 少女が端末を操作した。


 それから2時間が経過した。二人は加圧された、空気がある部屋に来ていた。

 二人の表情は暗かった。

 結局、船の中枢システムに深刻なダメージが発生してしまったのだ。


「もう……だめなんだよね……」

 少女が口を開いた。

「どうしようもなかったんだ、しかたない」

 慰めを言う少年の口調も暗い。

「300年かかった……のべ40000人の人間が関わったプロジェクトなのに、私達のせいで……」

「俺達のせいなものか!」

 少年が叫んで、少女が顔を上げた。


「異星生物の襲撃なんて、だれにも予想できなかったんだ! 第一次掃討戦の段階で船が半壊して、人口も3%まで減った! その時点でプロジェクトは失敗してたんだ!」


 少年の言う通りだった。

 そして多大な犠牲を払って異星生物は撃退したものの、その後、船のあちこちに「それ」が出現するようになった。

 どこからともなく現れて船の機械類を破壊していく「それ」を船の乗組員はできる限り排除しようとしたが、それでも徐々に船の機能は失われていき、人口も減っていった。


 今、このガイアXIの乗組員は、わずか二人。この少年と少女のみである。

 そして、船はもはや宇宙船としての最低限の機能すら喪失しようとしていた。

 最後に残った二人の生命維持、それすらもはや何時間持続できるか分からない状態なのだ。


「ねえ」

 少女が口を開いた。

「なんだ?」

「Cbに降りない?」


 Cb。それはこのプロジェクトの目的地。そこをテラフォーミングし、地球のように人が住める環境にすることが、プロジェクトの目的だった。


 行って何をするんだ、その言葉を少年は飲み込んだ。

 もちろん、そこで最後を迎えるのだ。それ以外にない。

 この船内にいて最後を迎えるか、Cbに降りて最後を迎えるか。

 後者のほうが、いいように思えた。

「そうしよう」

 少年は言った。


 最小サイズの降下艇を選んで二人で乗り込み、降下を開始した。

 二人は降下中に、降下艇内部のモニタでガイアXIの全体像を見て、別れを言った。

 二人にとって世界の全てであったガイアXIの姿を外部から見るのはもちろん初めてだった。


 やがて降下艇はゆるやかに、Cbの地表に降り立った。

 ハッチが開き、正規の宇宙服を着た二人が姿を表す。


「人跡未踏、だね」

 少女が、すこし楽しそうに、Cbの地表を数歩歩いた。


「船の中に比べて、重力が強いな……」

 少年もあとに続く。


「外気温マイナス96度だって。寒―い」

 少女の声は楽しそうだ。


「生命維持装置が切れたら終わりだな……」

 そんな事をいいながら、不思議と少年も気分が晴れてきているように思えた。


 少女が、ふらふらと踊るように動きながら、仰向けにバタッと倒れた。

「おい、大丈夫か?」

「うん、大丈夫」

「心配させやがって」

「重力が強いから、寝てたほうが楽だよ」

「どれどれ」

 少年は、少女の横に自らの身を横たえた。

 二人は、地表に寝転がって、空を見上げている。

 少女はふと、宇宙服の端末を操作し始めた。

「何やってるんだ?」

 少年は聞いたが、答えない。

 ひとしきり操作を終えて、少女は「そうか」と言った。

「何なんだよ」

「あのね、この星、Cbって公転面に対して地軸が傾いてるじゃん?」

「ああ」

「っていうことは、四季があるんだよ」

「四季? まあ、暑い時期と寒い時期はあるんだろうな」

「それでね、今調べたら、この星は一番寒い時期が終わって、暖かくなってきてる時期なんだ」

「ふうん」

「つまりね、いま、この星は春なんだ」

 嬉しそうに少女が言う。

「マイナス96度だけどな」

 少年もちょっと笑った。

「今私、春の中にいるんだ。そう思うとちょっと嬉しい」

「そうだな」


それから二人は、とりとめのない話をした。静かに時間が過ぎていった。


「もうそろそろ、終わりかな」

 少年が言った。生命維持装置のエネルギーがもう無いのだ。

「そう、だね」

「なあ、ニーナ」

 少年は少女の名を読んだ。

 ガイアXIの乗組員が2名のみになってから、長く呼ぶことがなかった名前を。

「なに?」

「俺、お前が、好きだよ」

「うん」

「お前は?」

「私も、キサラギが、好き」

 少女も、少年の名を呼んだ。

「そうか、よかった。じゃあさ、約束しようぜ」

「なにを?」

「つぎ生まれてくるときも、巡り会おうって」

「うん、わかった」

「約束だぞ」

「約束だね」


 少女の返事を聞いて、少年はなんだか暖かな気持ちになった。

 二人の宇宙服の生命維持装置は、もうすぐ切れようとしていた。


(終わり)

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