4日目 「ペスト」④ 第Ⅱ部後半戦

 暑くなってきた。

 手の火照りがまったく抜けない。


 『ペスト』の第Ⅱ部も後半に入ってから格段にむずかしくなってきた。

 その理由は、それまでバラバラだった登場人物たちが、同じ場面で顔を合わせるようになり、またそれが入り乱れて描かれるからだ。

 第Ⅱ部終盤の新聞記者・ランベールが町から脱出を試みる場面は、日付だけでなく、ところどころに時間まで細かく刻まれている。それも、医者のリューや自殺未遂をしたコタール、謎のおっさん・タルーと会う場面と合わさりながら描かれる。

 どうしてこんなに細かく、あえて言うなら、読者にめんどうくさく書いているのだろう。

 先取りして言うと、ランベールは町を脱出できない。

 それも脱出できないだけじゃない。なにか、こう、明日会おうとか、二日後にしようとか、周りが先延ばし先延ばしして、ずーっと待たされるようなことを繰り返す。しまいにはランベール自身が「同じことのくり返しだ」とうんざりして、あきらめてしまう。

 細かく書くことによって、読者にこのうんざりした感じを体験させようとしているのだったら、エンタメとして最悪だ。

 しかし、困ったことに、このランベールが出られそうで出られない無限ループにハマる場面で、これまでの登場人物たちが集結して、交差してくるわけだ。これはけっこうおもしろい。


 それでは読んでいこう。

<説教の日から暑くなり、6月の終わりになろうとしていた。ここではタルーの手記に頼る。ペストの犠牲者は週700人を超え、日毎に数えるようになり始めていた。

 リューはタルーの訪問を受ける。それは行政が打ち出したボランティアの保健隊を、独立したものにしたいという相談だった。リューはそれを引き受ける。

 翌日からタルーは保健隊を集め、実質的な事務局長にはグランが加わった。また、ペストは新型であることがわかってきて、カステル医師が自前の血清を作り始める。


 ここからがランベールの脱出行。

 ランベールはコタールと会い、町から脱出する組織の話を聞いて、案内してもらう。夕方からガルシアに会い、翌々日にラウールという男に引き合わされる。その翌日、ランベールはラウールの仲間のゴンザレスを紹介され、さらに二日待つように言われる。

 その二日の間に、ランベールはリューと町から出ていくことを話す。パヌルー神父が保健隊に加わることを承諾したそうだ。

 待ち合わせの日にゴンザレスがなかなかやってこない。遅れてくると、門の警備をしている仲間がこなかったという。翌日、その門の警備の仲間と引き合う。彼らがさらに二日後に料理屋で会おうという。

 ところが、二日後の19時30分からその料理屋で待ち合わせしてもまったく来ない。

 ランベールはコタールに会いに行くが、結局下町の人間に外出禁止令が出ていたことを知る。「同じことのくり返しだ」とうんざりしたランベールだったが、タルーの説得により、保健隊の参加を申し出る。>

162~244ページ。



 書くだけでもうんざりしてしまうが、これに何時に待って――という描写が差しはさまれる。実は、ランベールは新聞記者だけあって、恋人と朝の早い時間に待ち合わせしたりするような、時間にこだわるところがあるようだった。

 だから、このシーンでは時間にこだわるがために、時間が進んでいるのに事態は進まない苦しさのようなものを読者も味わうことになる。


 もちろん、端折った部分にもかなり面白い場面はある。

 リューとタルーが保健隊の話をするシーンも、ただ相談するだけではなくて、なぜ先生はこんな仕事をするんですか? と聞いてきたり、タルーがどんな人物なのかという片鱗をとらえる会話が出てきたりもする。

 なんというか、一人じゃないんだよね。彼らは。

 ペストで苦しくても、相談する相手がいる。

 これだけ深く苦しんでいる悩みを打ち明けられるから、とにかくやってみようって気になるんじゃないか。


 タルーはパヌルー神父のことをちょっと見下している感じがある。でも保健隊を誘って、参加してもらうことになったときに、「機会をあたえてやることが必要なんだ」とえらそうなことをいうのも、タルー自身がリューと相談できたからみんなでなにかやってみようという自信が持てたんじゃないかと思う。



 今日は暑いのでここまで。

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