長く読み継がれる物語を

第21話 物語の中にこそ

 グルナの姿が消え、本を開いても何も起きなくなった。水晶とアンバーは起こったこと全てを報告するため、フロートを通じてサフィーロ王への謁見を依頼しようと書庫を出る。

 しかし、書庫から出た二人を阻む者たちがいた。


「お前ら、懲りないな?」

「以前の奴らと一緒にしないで貰おうか?」


 書庫の扉の前で、アンバーは水晶を背中に庇う。剣を抜き、その切っ先を五人の男たちに向けた。

 既に日は沈み、辺りは薄暗い。照明は幾つもあり普段は明るいはずだが、ガラス片が散らばっていることから考えると故意に壊したのだろう。

 水晶は胸に抱いた古書を守るように体をよじり、武器を手に持ちこちらの様子を窺う者たちを睨みつけた。


「わたしたちは、この本が望む願いを叶えたいだけです。そこ、通して貰えますか!?」

「威勢の良い嬢ちゃんだ。だが、手が震えてるぜ?」

「──っ」


 ゲラゲラと下品に嗤う男たちに対し、水晶は更に言い募ろうと目くじらを立てる。

 しかし彼女を制したアンバーは、剣を動かすことなくリーダー格らしきスキンヘッドの男に尋ねた。


「国王が以前の依頼主は締め上げた筈だが、お前たちはまた別口か?」

「へへっ。答える義理はねぇぜ? 何にせよ、お前らのやろうとしていることを良く思わない奴がごまんといるってことさ」

「この国の歴史を改編しようというんだ。当然だろうな。……だが」


 アンバーの服を後ろから掴む気配がある。ちらりと後方に目をやり、アンバーは唇だけを動かした。大丈夫、任せろと。

 背中を引っ張る感覚が消えたのを確かめ、アンバーは一呼吸置いて暗殺者たちを睨み付けた。


「俺たちは、決して諦めない。……そこを退いて貰おう」

「くっ……。お前ら、かかれぇ!!」

「おおっ!!」


 アンバーの低い声と威圧に気圧された暗殺者たちだが、リーダーの号令で一斉に動く。左右に展開し、庭の木々や屋根さえも利用してアンバーに迫る。

 チャキ。アンバーは剣を構え直し、一挙に飛び掛かってくる男たちを相手取った。上から来る者のナイフを弾き飛ばし、左右から迫る者たちを躱して相討ちさせ、水晶を狙う者の顎を蹴り砕く。

 更に向かって来たリーダーの男と正面から打ち合うと、腕力に物を言わせる相手に対し、冷静にその腹を蹴り飛ばした。


「グッ」

「悪いが、これくらいは模擬戦で何度も経験している。……元王国騎士を甘く見るなよ?」

「──ゲホッ。はんっ、ならばこれでどうだ!?」


 唾を吐き出した男は、人差し指と親指で丸を作り、それを口に当てた。ピーッという鳥の声に似た音が響き、夜闇に消える。

 警戒するアンバーに向かって、男はニヤリと嗤った。


「オレらの仲間はこれだけじゃねぇ。周りに潜んでる奴らがすぐ…………ん?」

「来ないが?」


 首を傾げるアンバーに対し、男は顔を青くして赤くした。キョロキョロと見回すが、仲間が増える気配はない。


「ど、どうして!? 十人は隠した筈だ。それなのに何で」

「答えは簡単。我々に捕えられたからですよ」

「!?」

「フロートさん!」


 突然聞こえた声に、男は顔を蒼白にし、水晶は安堵の声を上げた。王国騎士の格好をしたフロートは、水晶に笑みを向けつつ男の背中に背後から剣を突き付ける。


「フロート……」

「ここからは、僕らにも手伝わせてよ。アンバー」

「頼む」


 アンバーと言葉を躱してから、フロートの動きは素早かった。連れてきた騎士や衛兵たちに指示を出し、暗殺者集団を次々と拘束していく。

 全てを指示し、フロートは目の前の男の腕を捻り上げた。


「いっ……痛ぇっ!」

「彼らへの暗殺未遂は、王への謀反。話は場所を移して聞こうか」

「くそがっ」


 毒付く男を他の騎士に引き渡し、フロートは急展開についていけない水晶とアンバーのもとへとやって来た。そして、二度の侵入を許し怖い思いをさせたことを詫びる。


「ある程度泳がせた後、捕まえようと機を狙っていたのだけど。彼らの方が早かったね、動くのが。遅くなって申し訳なかった」

「そんなことだろうと思ったぜ。早速で悪いが、フロート」

「心得てるよ。水晶さんの手にその本があることの意味も。……二人共、ついて来てくれるか?」

「はい」

「ああ」


 戦闘で荒れた庭を後にして、三人はサフィーロのもとへと向かった。



 夜半を過ぎていたが、サフィーロは応接室で三人を待ち構えていた。事前にフロートによって状況を説明されていたらしい。心得顔で、ただ眉間に深くしわを刻んでいた。


「一度ならず二度までも。父が信頼していた者たちだが、そろそろ世代も家柄も変えていくべきなのかもしれないな」

「いつでも相談には応じますよ、陛下。ですが今回は、奴らを捕えるための罠であったことも事実です。ですから、陛下がそれ程までに気に病むことではありません。病むべきは、我らの方ですから」

「……何にせよ、お前たち二人には苦労をかけたな。水晶、アンバー。改めて、謝意を示させてくれ」


 サフィーロとフロートに頭を下げられ、水晶は慌てた。あわあわと助けを求めてアンバーを見上げたが、彼も彼で驚いているのか、瞳孔が開いている。

 アンバーの顔に気付いたサフィーロが、早速彼をいじりにかかった。


「アンバー、間抜け面になっているぞ? そんな顔、彼女の前で見せて良いのか?」

「かのっ……まだ、そんな関係ではありません」

「ふふ、そうか。まだ、か」


 意味深に微笑んだサフィーロは、まだ目を丸くしている水晶に向き合った。焦らせたな、と謝した後、三人に座るよう促す。


「さて、起こったことを聞こうか」


 どんっと構えたサフィーロに目で問われ、水晶は姿勢を正した。隣にいるアンバーと目を合わせ、不安を少し和らげる。胸に抱いていた古書を膝に置き、そっと撫でた。


「……この本には、この国の歴史には語られない、裏の歴史が刻まれていました。わたしとアンバーは、この本に宿るグルナと名乗る妖精と出会ったのです」

「続けてくれ」

「はい」


 それから水晶は、サフィーロとフロートに向かって書庫で起こったことを全て語った。途中、アンバーにしかわからない表の出来事は彼に語ってもらい、更に言葉足らずの所は助けてもらう。

 サフィーロとフロートは時々驚きの顔を見せつつも、最後まで二人の語りを邪魔することはなかった。


「……ですから、陛下。この歴史を、まずは物語の形で国の人々に届ける許可を頂けませんか?」

「物語? それは全く構わないし、むしろ正しい歴史をと願ったオレの依頼にも重なる。だが、歴史書にまとめなくて良いのか?」

「勿論、歴史書にもまとめさせて下さい。けれどそれと同時に、出来るだけたくさんの人に、この話を届けたいのです」


 水晶は身を乗り出し、懸命に話す。


「歴史書では、正直読む人は限られましょう。ですが、物語から入れば、老若男女問わずに手にとってもらえる可能性が広がります! ……昔、ある有名な物語を書いた方が書いているのです。『物語にこそ、歴史の真実が隠されている』と」

「物語に歴史の真実、か。なるほどな」


 必死の思いで話した水晶の言葉に、サフィーロは何かを感じ取ったらしい。うんうんと頷くと、隣に立っていたフロートを見上げ、ニヤリと笑った。


「お前が見付けてきた秘文字読解士は、オレたちが考えもしなかったことを言う。とても面白いと思わないか、フロート?」

「ええ。そして、僕も水晶さんの提案に賛同しますよ。何か必要なことがあれば、遠慮なくおっしゃって下さい」

「ありがとうございます!」


 ぱあっと表情を明るくする水晶に、隣にいたアンバーは優しい笑みを向けていた。それに気付いた水晶は、さっと赤面する。


「ご、ごめん。はしゃぎすぎた……」

「いや。俺も、古書店の主の端くれだ。物語の出版に、微力ながら協力させてくれ」

「うん、ありがとう。アンバー」


 四人の間で合意がなされ、翌日改めて話し合いの場が持たれた。その場にて、物語と歴史書の作者を水晶とすること、王国直属の出版社から本を出すこと、そして、王国立図書館と王宮の書庫に二冊の本が保管されることに決まった。

 その日から古書店に戻った水晶とアンバーは、新たな本の可能性に胸を躍らせながら、それぞれのすべきことへと邁進することになる。

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