第20話 真実を繋ぐ
真剣な表情で、赤髪の少女は水晶に問う。その意味を図りかねた水晶だが、精一杯に考え、自分の答えを捻り出した。
名乗らない少女に向けて、おそらく妖精か神のどちらかであろう存在へ。
「わたし、亡くなったおじいちゃんから教わった事があるんです。おじいちゃんはよく言っていました。……『文字が書かれたということは、そこに誰かの思いが残っているんだ。古い文字を解読するということは作者の思いを汲み取り、秘められた意図を解き放つことと同じなんだよ』と。だからわたしは、貴女がわたしたちに伝え残して欲しいと願う真実を文字として残し、繋いでいきたいと考えています」
「……『誰かの思いが残っている』か。お前の祖父は、とてもよく出来た男だったようだな」
「はい。自慢の祖父です」
優しく頭を撫でてくれた祖父を思い出し、水晶は表情を和らげる。
そんな水晶を見詰め、少女は深くため息をついた。どうしたのかと目を丸くする水晶に、少女は言う。
「わしの名は、グルナ。無念の内に死んでしまった戦友たちの思いを現世に残すべく、一冊の本を生み出した妖精の生き残り」
「グルナ……」
「そして」
ふわりと浮かび上がったグルナは、水晶の目の前に舞い降りる。そして彼女は、驚き思わず一歩下がってしまった水晶の胸元を指差す。
「お前を信じて託すことに決めたぞ、水晶。わしらの歴史を、この国の真実を、お前が正しいと思う方法で繋いでくれ」
「グルナ……信じてくれて、ありがとうございます」
目を潤ませる水晶に、グルナはにこりと邪気のない笑みを向けた。そして、ふと何かに気付いたのか空を見上げる。
暗闇で閉ざされていたはずの異空間は、いつの間にか真っ白な空間へと姿を変えていた。
「表での戦いも決着がついたようだ。お前の想い人、きちんとお前の思念と同調し、文字を読み解くことに成功したようだ」
「アンバー、も?」
「お前が裏の世界でわしと対峙し、表の世界ではあやつがわしの分身と対峙する。二つの世界で同時に本を読み解くことが出来なければ、お前たちを永遠に本の中に閉じ込めることも可能ではあったが……その必要はないらしいな」
クスクスと笑い、グルナはトンッと水晶の胸元を指で押した。思いの外強い力に、水晶の体勢が崩される。「きゃっ」と悲鳴を上げた水晶が思わず手を伸ばすが、背を向けたグルナはその手を取らない。
「お前の手を取るべき者は、ここにはおらんからな」
「グルナッ」
自分の名を叫ぶ水晶に、グルナは快活に笑ってみせる。彼女の笑顔を見たのを最後に、水晶は自分の意識が飛ぶのを感じた。
「……き。……ずき。水晶!」
「んっ。……アンバー? どうして」
「それはこっちの台詞だ。斬って化け物が消滅したと思ったら、その中からお前が現れるんだからな。……落ちて来た時は肝が冷えたぞ」
はあっと大きなため息をつき、アンバーは目覚めた水晶を抱き締める。
どうやら水晶は、アンバーが化け物と称したあの黒い手の消滅と共に異空間から表の世界へと戻って来たらしい。
ほっとしたのも束の間、水晶はアンバーと自分が密着していることに今更気付き、大きく心臓を跳ねさせた。恥ずかしさと嬉しさで硬直してしまったが、ふとアンバーの手が震えていることに気付く。
勇気を出して、水晶はそっと手をアンバーの背中に回す。びくりと反応したアンバーに、水晶は一生懸命に思いを口にした。
「あのっ。アンバー、こっちで戦ってくれてありがとう。呑み込まれて怖かったけど、アンバーがこっちで頑張ってるって知ったから、わたしも諦めずにいられた」
「俺こそ、お前がいなくなったらと思ったら、何も考えられなかった。怒りの矛先をあの化け物に向けるしかなくて……。だけど、あいつが言ったんだ。『我を読み解き、活路を見い出せ』とな」
「アンバー、読み解けたの? 古代文字を」
グルナの言ったことは本当だった。水晶が驚くと、彼女を腕から解放したアンバーが頷いて見せる。
「ああ。まあ、俺が読み解いたというよりは、頭の中から自然と湧き出した言葉を読んだって言った方が正しいけどな」
まるで、水晶に助けられたみたいだった。そう呟き、アンバーはわずかに水晶から視線を外して照れ笑いを浮かべる。
そして、空咳をした。照れた自分が気恥ずかしかったのか、話題を逸らす。
「お前はどうだったんだ? 呑み込まれた後、何があった?」
「それは……」
「わしと話しておったのだよ。アンバーとやら」
突然聞こえて来た女性の声。水晶とアンバーは驚き、同時にその声のした方を見た。
二人の視線の先にいるのは、水晶が裏の世界で出逢った謎の少女・グルナ。変わらず美しい癖のある赤髪をなびかせ、ふわりと宙に浮いている。
ニヤリと妖艶に微笑んだ少女は、呆気にとられたままの二人の目の前に飛んで来る。
「表の世界の様子を見ようと来てみれば……。見せつけてくれるのぉ?」
「――っ!?」
「そ、そんなんじゃない!」
「冗談じゃよ」
一斉に赤面した二人を満足そうに見て、グルナは微笑む。
からかわれたと眉間にしわを寄せたアンバーだが、表情を改めた。
「あなたはもしかして、古代にいたという魔法を使える種族……?」
「察しが良いの。お前の考えた通り、わしは所謂妖精と呼ばれる種族の生き残りじゃ。名を、グルナという。もう、わし以外には誰一人として残っておらんがな」
「それは……あの本に書かれていた戦いのために……」
「ああ」
ふと瞼を下ろしたグルナは、悲しみを思い出したかに見えた。しかし涙を流すことはなく、すぐに顔を上げる。
「済んでしまったことを嘆いても、今更どうすることも出来ん。だからこそ、わしらのことを伝え残してくれ、と水晶に頼んだ。……同じ頼みを、お前にもしておきたい。アンバーとやら」
「――わかった。必ず、読み解き知ったこの国の過去を、長く伝え繋いでいく。二度と、貴女方のような悲壮な死を迎える者たちが出ないように」
「……期待して、わしはこの本の中で眠ろうか。そろそろ、夢の中でくらいあいつらと話が出来るだろう」
そう言って微笑むと、グルナは欠伸を一つした。目を閉じると、彼女の体が淡く輝き出し、少しずつ薄れていく。その口元は、わずかに微笑していた。
「グルナ……良い夢を」
光の粒となって閉じた本の中に消えたグルナを思い、水晶はそう呟く。彼女の手に、グルナが眠る本が落ちた。
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