第3章 物語は未来へ
古く伝わりし憤怒と悲哀
第17話 サフィーロの思い
新たな部屋で朝まで過ごし、翌朝。水晶たちはサフィーロに呼ばれ、昨日とは違う応接室へと招かれた。
フロートの案内で部屋に入ると、上座の椅子にサフィーロが腰かけている。彼は水晶たちに気付くと、優雅な仕草で立ち上がった。そして、深々と頭を垂れる。
「来たか。昨夜は、こちらの警備の薄さも原因だ。本当に申し訳なかった」
「そんな。頭を上げてください!」
思いがけない挨拶に、水晶は慌てた。気にしないで欲しい、無傷だから。そんな言葉を並べてサフィーロを納得させると、水晶は頭を上げた彼の前で微笑んで見せる。
「アンバーが助けてくれましたから、大丈夫です。それに、サフィーロ陛下のせいではありませんよ」
「そう言ってくれるのは有り難いが、やはりオレの責任もあろう。……昨夜のうちに、奴らの雇い主には事情を聞いている。誰とは言えないが、相当の刑罰に処すると約束しよう」
「……はい」
サフィーロには、国王としての責務がある。だからこそ、暗殺未遂は見過ごすことなど出来ないだろう。わかってはいるが、現代日本出身の水晶には、彼の言わんとしていることが重く感じられた。
王とは、国を統べる義務を持つ。不必要な波風は、刃をもって正さなくてはならない。
水晶は、自分が殺されかけたにもかかわらず、どうしても相手の助命をと願い出たい気持ちがある。しかしそれは、この世界では甘い考えだとされるだろう。それくらいの意識は、水晶の中にあった。
「……。では、陛下。それを伝えるために俺たちをここに呼んだのですか?」
水晶が苦渋をにじませていることに気付き、アンバーは話を逸らせた。明らかにほっとした表情を見せる水晶に、内心苦笑する。
「いや、これだけならばあの謁見の間を使えば良い。わざわざこちらに足労願ったのは、あの本について話を訊きたかったからだ」
「……呪いの書、ですね」
「ああ。この部屋は防音がしっかりしていてな、扉を閉めてしまえば、盗み聞きは不可能だ。そして、盗聴器の有無も確認してある」
だから、安心しろ。そう言って、サフィーロは鷹揚に笑った。先程までの支配者の厳しい目とは違う、優しい表情だ。
サフィーロの裏と表を見た気がしたが、水晶は深呼吸して気持ちを落ち着かせる。今すべきことは、狼狽えることではない。
「……幸い、わたしはあの本に触れることが出来ました」
「流石は秘文字読解士。では、何が書かれていたのか教えてくれるか?」
「それは……」
サフィーロの問いにどう答えるべきか考えあぐねた水晶は、ちらりとアンバーを見上げた。そのままを伝えるべきか否か。アンバーは困惑顔の水晶の肩に手を置き、軽く頷いた。
「陛下。実は読み解く以前のアクシデントが起こったのです」
「アクシデント? 言ってみろ」
「あの本の名は、『妖神滅戦記』。水晶がページをめくろうとした所、本から黒く巨大な手が生えて、襲い掛かって来たのです」
「アンバーが剣で応戦してくれて、わたしは無傷でした。ですが、アンバーは……」
「俺は擦り傷程度です。そんなことより、本が水晶を『読み解く者』と称したことの方が問題ですよ」
互いを庇い合う姿に、サフィーロは微笑ましさを感じて穏やかに見守っていた。しかしアンバーの『読み解く者』という言葉に、ぴくりと眉を動かす。
「本がそう言ったのか?」
「おそらくは。あの黒い手から聞こえた気もしましたが、手は本から生えていましたから、同じことでしょう」
「成程。どうやら君は、あの本が待ち望んだ人なのかもしれない。……改めて、問おう。水晶、呪いの書と向き合い、あの本を読み解いてはくれないか? きっと、後にも先にも君にしか成し遂げられないだろう」
「もとより、そのつもりです。今日もこれから、アンバーと共に本と向き合おうと思っていました」
「そうか。……ありがとう」
サフィーロはホッと肩の力を抜き、微笑して応じた。
だからこそ、水晶は尋ねてみたくなったのかもしれない。ふと湧いた疑問をサフィーロにぶつけた。
「陛下、一つお尋ねしても宜しいですか?」
「何だ? 言ってみろ」
「陛下は、何故呪いと呼ばれる書を読み解きたいと思われたのですか? ただの興味本位、以上の思いがあるのでは……」
「ふふっ。流石に依頼をした以上隠すつもりもないが、最初はただの興味本位だった」
サフィーロは気分を概することなく、机に肘をついた。
「父から存在は聞かされていたが、決して触れるなとの一点張り。オレは素直じゃないのでね、若い頃に一度だけ部屋に忍び込んで触れようとしたんだ」
しかし本は、サフィーロを拒絶した。そのお蔭で、サフィーロの腕には蛇が巻き付いたような傷跡が残る。
「一度は読むことを諦めたが……何年も経ち、最近秘文字読解士の噂を耳にして、本物ならばその者に読み解いて欲しいと思ったのさ。その頃には、先代王に仕えていた者たちが、古い考えに固執して、この国の正しき未来を描けなくなっていたからな」
「この国の、正しき未来……」
「本当に正しいかどうか、それは歴史が証明するだろう。オレはただ、この国に責任を持つ者として、大昔何があったのか、それをこの時代に活かす手はないか、そういうことを考え実行したいんだ」
「……陛下のお考え、お訊き出来てよかったです」
「そうか。では、宜しく頼む」
サフィーロに見送られ、水晶はアンバーと共に再び書庫の奥へと舞い戻った。
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