第13話 謁見

 水晶とアンバーたちを見下ろした男は、己のことをサフィーロと名乗った。

 藍色の髪は肩につかない程度に切り揃えられ、意思の強いサファイアの瞳が水晶たちを見詰めている。がたいが良く、着飾った中にも雄々しさを感じる雰囲気を持つ。

 サフィーロの前方を固めるように、両脇の通路には五人ずつ大臣と思われる年嵩の男性たちが立っていた。どの人の唇も固く結ばれ、礼を欠かない程度の仕草しかしない。

 身を固くする水晶に配慮してか、サフィーロはまずアンバーへと目を向けた。


「アンバー、お前と会うのも数年振りか。『琥珀の騎士』の名は、以前騎士団の中でも有名だと聞くぞ」

「恐れ入ります。しかし、その話は今すべきではないかと存じますが?」

「それもそうだな。では、さっさと本題に入ろうか」


 アンバーはさらりと話題を躱し、サフィーロも躱されたことに気付きながらも指摘しない。その暗黙の了解的な間合いに違和感を感じつつも、水晶はサフィーロの視線を正面から受け止めた。


「水晶とやら、わざわざここまで来てもらってすまない。驚かせただろう?」

「あの……はい、かなり驚きました」

「だろうな。オレ自身、秘文字読解士の存在は半信半疑だったからな。フロートから実在するのだと聞いた時は耳を疑った」


 しかし、とサフィーロは目元を緩める。威圧感のある顔に、柔らかさがにじんだ。


「情報を集めるごとにお前の真摯な姿が見えて、会ってみたくなった。会って、是非この国に伝わる書の解読を依頼しようと考えたのだ」

「それが、呪いの書という名の……?」

「その通り。普段は書庫の更に奥、特別な部屋に置かれている古い本だ。水晶、お前にはこの王宮に滞在し、誰も読み解けない本を読み解いて欲しい。そして、その内容を全てオレに伝えて欲しいのだ」


 依頼を伝え終わると、サフィーロは目でフロートを呼んだ。「何か?」と問う彼に、サフィーロは指示する。


「本物を見ないことには、受けるか否かも判断出来まい。フロート、案内を頼めるか?」

「心得ました。――では、二人共こちらへ」


 フロートに誘われた二人は、謁見の間を出る。

 ピリッとした視線を感じ、水晶は思わず振り返った。玉座にはサフィーロが座り、こちらに軽く手を振っている。

 しかし、王座を守るように立つ年嵩の男たちは違う。明らかな敵意を向けられていると感じ、水晶は思わず喉を鳴らした。


「水晶? 顔色が悪いが……あの人たちにあてられたか?」


 謁見の間を出てしばらくして、不意に立ち止まったアンバーが水晶の方を振り返る。青い顔をしていた水晶の額に手をやり前髪をかき上げ、彼女の顔を確かめた。


「……あんな風に、敵意を向けられたことってなかったから。少し、びっくりしただけ。大丈夫だよ」

「無理して笑うな。……ほら、行こう」

「あ……うん」


 大丈夫と言って遠慮する水晶の手を掴み、アンバーは彼女の手を引く。彼の手の温かさに触れ、水晶は冷たくなっていた心がふわりと温まるのを感じた。

 手を繋いだまま、二人はフロートの後についていく。フロートはそれに気付いていたが、あえて何も言わずにどんどんと廊下を奥へと進む。

 やがて建物を出て、渡り廊下を渡る。その際、両側には庭園の美しい景色が広がった。自然のままの造形を残した庭に、水晶は表情を明るくする。


「こちらが王宮の書庫です。奥へ、ご案内します」

「はい」


 フロートが書庫の鍵を開け、古めかしい木の扉が開く。分厚い一枚板のそれはゆっくりと音をたてて開き、三人を招き入れた。

 棚に置かれていたランプを手に、フロートは奥へと進む。ランプの火は本に燃え移ることのないよう、ガラスの様なもので包まれていた。


「水晶さん、サフィーロ王と会っていかがでしたか?」

「え?」

「怖い方ではありませんでした?」


 突然話を振られ、水晶は驚く。しかしにこにこと微笑み振り返るフロートに、水晶は首を横に振った。


「確かに意思の強い目をされた方だと思いました。けど、怖いとか恐ろしいとかは思わなかったです。どちらかと言うと、気圧されたような」

「あの方を怖いと言わない方は珍しい。いや、過去にもう一人いましたか」

「……」


 フロートの目がアンバーに向く。しかしアンバーは何も言わず、巨大な本棚を見上げていた。


「フロート、この辺りは現代語だな。古文書はもっと奥か?」

「ああ。この王宮にいる間、二人には書庫のどの本を読んでも構わないとお許しが出ています。ただ、水晶さんには『呪いの書』を解読して頂きたいですが」

「……はい」


 いつの間にか、三人は書庫の最奥に到達していた。その周辺には重厚な装飾が施された本や、見るからに古い本が多い。

 しかし、目指す『呪いの書』は、これらの更に奥。鍵で閉じられた部屋に封じられているのだと言う。

 その鍵を取り出し、フロートは緊張の面持ちで水晶を振り返った。


「どうやら、この本は読む者を選ぶようなのです。例え王であれ、表紙に触れることすら許されません。ですから、危険のないようにアンバーと共に部屋にお入り下さい」

「選ばれない者が触ると、どうなるんですか?」

「……我が王は、触れようとして魔力の波動を受けました。その傷は未だに腕に残っています」

「傷……」

「そんなに危険な本を、どうしてこいつに解読させようとする!?」

「アンバー!? 止めて!」


 アンバーは止めようとすがる水晶の手を振り切り、フロートの胸ぐらを掴んだ。怒りを露にするアンバーと、あくまで冷静なフロートの顔が近付く。


「フロート、お前は……お前らは何を考えている?」

「王、は、あの本を読み解ける者をずっと捜していた。呪いの書とは書いてあるが、あの本はおそらく歴史の真実を告げているのだ、と」

「歴史の真実……」

「そう。王族を拒絶したその本は、おそらくかつて敵対した者たちの嘆き。だからこそ、異世界から来たという秘文字読解士の力を貸して欲しいんだ」


 緩んだアンバーの手首を掴み、フロートは胸ぐらからその手を離させる。それから言葉を失い自分たちを見詰める少女に向かって、もう一度頭を下げた。


「水晶さん、国王に代わりお願い致します。『呪いの書』を解き明かし、この国の真実を紐解いて頂けませんか?」

「……やってみます」

「水晶……っ、お前ならそう言うだろうな」


 水晶の決意に否を唱えようとしたアンバーだが、直後に考え直した。自分がここについて来た意味を思い出す。

 アンバーは腰に佩いた剣の柄に手を掛け、ニヤリと笑う。


「なら、俺がお前を守るよ。何があっても、何者にも邪魔はさせない」

「ありがとう、アンバー」


 ほっとした笑みを浮かべ、水晶はフロートに力強く頷いた。


「まずは、見せて頂けますか?」

「ええ。……こちらです」


 鍵を開け、フロートは二人を部屋の中へと案内した。

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