第12話 王宮
水晶とアンバーが王宮へ行くことが決まって一週間後、約束の日。朝早く、古書店の戸がノックされた。
支度を済ませていたアンバーが戸を開き、停められた馬車と目の前の青年を見比べる。
「早いな、フロート」
「おはよう、アンバー。午前中には着くと連絡していただろう? まあ、約束の時間よりも十分くらいは早いかな」
水晶さんは? そう尋ねるフロートに、アンバーは自分の後方を親指で指し示す。
「慌てて支度してる。王の御前に出るからってどうしていいかわからないんだろ」
「アンバーはそれで良いのかい?」
フロートがアンバーの服装を見て微笑む。
アンバーの服装は、いつものオーバーオールではない。白のシャツに黒を基調とした騎士の装いだ。
良く似合ってるよ。フロートが言うと、アンバーは眉間にしわを寄せてそっぽを向いた。
「久し振りに着て、変な気分だ」
「その剣も捨てずに持っていたんだな。団長もきっと喜ぶ」
「……使わずに済むなら、それでいい」
ぼそりと呟いたアンバーは、ふと物音を聞いて後ろを振り返った。そこには、支度を済ませた水晶が駆けて来る。
「わわっ。待たせてごめんなさい!」
「いや、僕が早く着いてしまったから。アンバーにも叱られたところですよ。それにしても……」
「へ、変ですか?」
不安げに瞳を揺らした水晶に、フロートは首を横に振る。
アンバーは軽く瞠目して少しの間硬直していた。何も言わないアンバーに苦笑し、フロートが水晶に問いかける。
「変なんてことはないですよ。よくお似合いです。……これはアンバーが?」
「いえ、これは常連客のガートさんというおばあさんに見立てて頂いたんです」
顔を赤くし、水晶ははにかんだ。
水晶の服装は、ドレスよりもシンプルなワンピースだ。落ち着いた桜色を基調とし、白と赤がリボンやトップスの一部にアクセントとして入っている。更に長い黒髪にカチューシャのように結ばれているのは、ワンピースに合った赤いリボン。
古書店での作業をしやすい服装とは打って変わった可愛らしい衣装は、ガートが王宮という非日常的な場所で粗相のないように、と選んでくれたとっておきだ。
水晶はフロートに手放しで褒められ照れつつも、何も言わないアンバーを見上げた。彼の服装も普段とは全く違い、良く似合っていると同時にかっこいい。
「アンバーも、いつもと違うね。かっこいい」
「……そうか。水晶も、似合ってる」
「――っ、ありがとう」
まさか褒めてもらえるとは思わず、水晶は顔を真っ赤に染める。照れて下を向いてしまった水晶は知らなかったが、アンバーもまた顔を赤くして手で口元を覆い隠していた。
フロートはそんな二人を面白く見ていたが、このままでは埒が明かないと咳払いをする。
「――コホン。それじゃあ、行きましょうか」
「ああ」
「はい、宜しくお願い致します」
水晶とアンバー、そしてフロートは馬車に乗り、一路王宮を目指して出発した。
エーデルフォレスト王国の王都は、王宮を中心に同心円状に町が造られている。計画的に造られた石畳の道は人の往来によってすり減り、ほとんど凸凹はない。建物は白や薄い茶の壁が目立ち、全体的に統一感がある、
「さあ、見えてきましたよ」
フロートの言葉を聞き窓の外を見た水晶は、目を見張った。
ガートの家に行った時とは比べ物にならない程近くに、王宮の荘厳な姿がある。日本の城とはまた違い、どちらかと言うと教科書で見た平安京の内裏や西洋の城等に似ているだろうか。
広々とした敷地に幾つもの建物が建ち、中央には最も巨大な建物がある。フロートの説明によれば、そこが王との謁見の間等を含む中心部らしい。
やがて賓客用の門の前に馬車が止まり、水晶たちは衛兵と顔を合わせた。フロートの取り次ぎで待たされることなく通され、あの大きな建物の中へと
三人がたどり着いたのは、廊下の突き当たり。
「この先に、国王陛下がおられます。まあ、それほど固くならずに」
「っ……あ、はい」
「顔がひきつってるぞ、水晶」
「そう言うアンバーも、緊張してるんじゃないかい?」
「言うな」
フロートに指摘され、アンバーは居心地悪そうに顔をしかめた。
水晶も緊張で汗がにじむ手を握り締め、フロートが扉を開けるのを待つ。
ふと、手の甲に何かがあたった。水晶が見下ろすと、自分の手にアンバーの手が触れている。それに気付いた途端、水晶は自分の体温がぶわっと急上昇したのを感じた。
「あ……アンバー」
「俺が隣にいる。大丈夫だ」
「……っ、うん」
囁かれた声が耳をくすぐる。水晶は余計に高鳴る胸の内を抑えながら、しっかりと前を向く。
ギギギ……。扉のきしむ音がして、水晶たちの前が急に明るくなる。思わず目を閉じた水晶の耳に、聞き慣れない男の声が届く。
「よく来たな、歓迎するぞ。秘文字読解士ミズキと元騎士アンバー」
「お久し振りでございます、サフィーロ陛下」
抑えられた威圧感と低く聞きやすい声。隣のアンバーの挨拶を聞き、水晶は慌てて腰を折った。
「お初にお目にかかります。水晶・桃矢と申します」
「顔を上げよ」
許されて顔を上げた水晶は、初めてきちんとサフィーロの顔を見た。
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