アンバーの過去、その一部

第11話 勲章が持つ意味

 食後のお茶を用意し、アンバーは水晶に座るよう促した。目の前には、お茶菓子としてルーナが持って来てくれたクッキーが置かれている。チョコチップやドライフルーツが使われたもの等、ルーナお気に入りのお店のものらしい。


「……うまいな、相変わらず。水晶も食べてみろよ」

「うん。……ほんとだ。ホロホロしてて美味しい!」

「だろ?」


 何でも、アンバーもその店のお菓子が好きらしい。甘過ぎずに軽くほどける風味は、甘いものが苦手な人にも好まれそうだ。

 お茶を一口飲み、アンバーは手のひらに置いていた勲章を水晶に手渡す。ずしりという重さを感じるのは、それ自体の重さのせいだけではないだろう。

 アンバーは勲章を撫で、重い口を開いた。


「俺は以前、王国直属の騎士団に所属していた。フロートはその時の同僚で、今も交流がある数少ない友人だな」

「騎士団ってことは、アンバーは元騎士?」

「ま、そういうことだ。……理由があって、辞めたがな」

「……」


 何と声をかけるべきかわからない。水晶の心情は、まさにそれだ。騎士団を辞めた理由が気になるが、そこまで深入りするべきではないと止める自分もいる。

 水晶は何処か苦しげなアンバーの机の上に出ていた手に触れた。小刻みに震え、何かに耐える青年の手を包むように温める。


「アンバー。……ありがとう、話してくれて」

「別に……。でも、すまない。水晶も気になることはあると思うんだが、それはまだ」

「話せるような状態にないんでしょ? 無理矢理話そうとしなくて良いよ。今言ってくれたってことが、わたしは嬉しいもん」

「ごめん」

「謝らないで。わたしみたいな何処の馬の骨とも知れない奴を家に置いてくれてる、それだけでどれだけ感謝してもし足りないくらいだよ」


 目を臥せるアンバーに、水晶は語りかける。何もわからない自分が、この世界の住人でなかった自分がここにいられるのは、アンバーのお蔭だ。

 何も知らない水晶を、アンバーは受け入れてくれた。しかも、深くは事情を訊かずに。事情らしい事情がないにしろ、存在を認めて貰えたようで、水晶は本当に嬉しかったのだ。


「……別に。あんなずぶ濡れの女の子を外に放り出すほど、俺は落ちぶれちゃいないだけだ」

「うん、ありがとう」

「……」


 改めて感謝の意を伝える水晶の言葉に、アンバーはふんっとそっぽを向いてしまう。しかしその耳たぶが赤くなっていることを、水晶はしっかりと目撃していた。


「……ふふっ」

「何だよ、笑うなよ」

「うん、ごめんね?」


 まさか、照れたアンバーが可愛く見えた等と言う訳にもいかない。水晶は小さな笑みを収めると、無言でお茶を飲むアンバーにつられてお茶を飲み干した。




 水晶と部屋の前で別れ、アンバーは自室に入る。

 パタン、と扉を閉めて照明をつけると、ベッドに倒れ込んだ。


「……」


 アンバーの手にあるのは、水晶に見せた勲章だ。赤いリボンが鮮烈で、金色のメダルが目に痛い。

 その勲章を国王から授けられた時、アンバーは既に騎士を辞めると決めていた。あのことがなければ、祖父が死んだと聞かされても古書店を継ごうとは考えなかっただろう。そして、水晶と出会うことも、おそらくなかった。


「……じいさん、俺は今度こそ護れるだろうか?」


 祖父の遺影は、祖母のものと共に棚の上に置いてある。生前のまま微笑む祖父は、アンバーの言葉に応じはしない。

 ふ、とアンバーの視線が移動する。移動した先にあったのは、騎士だった頃に使っていたものが仕舞われたクローゼット。退団してから開けていないその扉の中にあるものを、アンバーは今回王宮に持っていくつもりでいる。

 ベッドから立ち上がり、ゆっくりとクローゼットの前へと歩く。どうしてもその引手に手をかけることに躊躇いを感じる。それでも、アンバーは大きく息を吸い込んだ。


(異能を持たない俺には、これしかない)


 不整脈かと疑う心臓の音を聞きながら、冷汗を背中に感じながら勢い良くクローゼットを開け、立てかけられたそれを手に取った。すらりと長い刀身が隠された鞘には、この国の紋章をデザイン化した模様が装飾されている。

 それは、騎士団に所属する騎士しか身に着けることを許されない特別な剣だ。アンバーは退団時に団長に返還しようとしたが、拒まれた。

 いつか、それを使う時が必ず来る。騎士団長はそう言って、剣をアンバーに突き返した。その時のことを思い出し、アンバーは渋面を作る。


「おっしゃる通りになりましたね、団長。俺は……」


 俺は、護りたい人が出来たのかもしれません。

 不意に頭に浮かんだ人の面影を想い、アンバーは苦笑するしかない。ただ、この淡い想いを告げるわけにはいかないだろう。


(彼女は、この世界の人ではないんだから。いつか、元の世界に戻る時が来るかもしれない。だから……)


 大きく息を吸い、吐き出す。剣の柄を掴み、ゆっくりと鞘から抜いた。

 数年間手入れもしていないにもかかわらず、刀身は銀に輝く。騎士団の剣には、異能が籠められている。刃こぼれせず、折れもしないという硬質化の力だ。


(俺には異能はない。だからこそ、この身を賭して護ってみせる)


 新たに生まれた決意を胸に、アンバーは剣を軽く振った。

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