第9話 王の依頼
ひと悶着が落ち着き、アンバーはフロートを見せの奥の部屋へと呼んだ。古書店は一旦休憩とし、表に『休憩中』の木札をかける。
水晶に出したのと同じお茶を出し、アンバーは「で?」と目の前に座るフロートを睨みつけた。
「今更何の用だ、フロート?」
「そう急かすな。それに、用があるのはお前にじゃない」
音もなくお茶を一口すすったフロートは、苦笑を浮かべる。そしてアンバーの隣に座り緊張した面持ちの水晶に対し、柔らかく微笑んだ。
「突然押しかけて申し訳ありません。僕は、フロート・ビジュタント。エーデルフォレスト王国で国王の側付きとして務めております」
「あ、ご丁寧にありがとうございます。わたしは桃矢水晶……こちらの言い方なら『ミズキ・トウヤ』と申します」
丁寧な仕草で礼をしたフロートに、水晶もつられて自己紹介する。
フロートは、アンバーとは対照的な見た目をした青年だ。色素の薄い肌に、白寄りのブラウンの髪をリボンで束ねている。柔和な表情が良く似合う男だが、何故かアンバーは警戒の色を解かない。
水晶は戸惑いながらも名乗りを終え、自分も出されたお茶を飲んだ。相変わらず、優しく包み込むような味わいを感じる。
「それで、ビジュタントさん」
「フロート、で良いですよ。僕も水晶さんと呼ばせて頂きますから」
「……では、フロートさん。わたしに用だとおっしゃいましたが、一体?」
「単刀直入に申しましょう。……あなたの『秘文字読解士』の力をお貸し願いたいのです」
「――っ、それ、は」
「フロート、『秘文字読解士』なんて異能を持つ奴はこの世界に存在しない。それが常識だろ?」
フロートの言葉に答えられず、声を詰まらせる水晶。彼女を護るように手で制したアンバーは、眼光鋭くフロートを見据えた。
二人の様子を見て、フロートは何か思う所があったらしい。肩を竦めると、軽く息をついてから困ったように眉を下げた。
「アンバー、警戒心を丸出しにしないでくれ。そうでなくても、きみは昔からキツイ顔をしていると同僚に言われていただろう? それから水晶さん、怖がらせて申し訳ありません。ただ誤解しないで欲しいのは、先程言ったように、これは国王命令です。だからと言って僕らはあなたを罰するつもりもありませんし、勿論、断って頂いても構いません。僕たちは、あなたの力について調べさせて頂きましたから」
「えっ」
「……こいつの周辺を?」
明らかに威嚇の表情をするアンバーに苦笑し、フロートは頷く。
「ええ。『秘文字読解士』は、この世界で長い間存在しなかった異能。それを持つ人間が、しかも異世界からやって来て存在するなんて、にわかには信じられませんでしたからね」
「そのことまで……」
呆気にとられた水晶に、フロートは「王国の力を甘く見ないで下さいね」と舌を出して微笑んだ。
「幾つかの施設、人への聞き取りを行いました。その結果、水晶さん。あなたが真摯に相手に、そして古文書に向き合い読解する心優しい方だと知ることが出来たのです」
誰もがもう一度貴女に頼みたい、とおっしゃっていましたよ。フロートに伝えられ、水晶の顔が火照る。
「わたしこそ、受け入れて下さった上にお仕事まで下さるんですから。本当に有難いと思っています」
「……謙虚な方ですね。アンバー、そんな顔をしなくても盗りはしないよ?」
「五月蠅い」
何故か不機嫌なアンバーを放置し、フロートは「さて」と鞄から一冊の古文書を取り出した。それは現代語ではなく、明らかに古代文字で書かれている。
フロートは本を水晶に差し出すと、彼女に受け取らせた。目を瞬かせる水晶に、フロートは一つ依頼する。
「その題名を、読んでは頂けませんか?」
「これを、ですか? えっと……」
水晶は能力を発動させ、青みを帯びた白い瞳で古文書を見詰める。すると読めなかったはずの文字の意味がスッと頭に入って来た。
「……『外伝・東邦記』。あの、これは?」
「王宮の図書館の奥に眠っていた書物です。あなたの能力を確かめるためにそれを持って行け、と王が申しましたので。勿論、僕も王も内容を知らないので、これは試験にもなりませんが」
「はあ……」
くすくすと笑うフロートの真意が読めず、水晶は混乱する。しかし、次に発せられた彼の言葉に更なる衝撃を受けることになった。
フロートはつと真面目な表情になり、水晶とアンバーを真っ直ぐに見据えて頭を下げた。
「秘文字読解士、水晶どの。是非王宮にて読み解いて頂きたい書物があるのです」
「頭を上げて下さい、フロートさん。書物って、何なんですか?」
「……呪いの書、と呼ばれる古文書です」
「呪いの?」
穏やかではない書名に、水晶は身震いする。アンバーも固唾を呑んで見守る中、フロートは正式に水晶に依頼した。
「王宮に仕官し、『呪いの書』の謎を解き明かして頂きたいのです」
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