新たな暮らし

第5話 依頼人

 水晶みずきがアンバーの営なむ古書店を手伝うようになって、七日が経った。

 彼女が借りた部屋は、以前アンバーの祖母が亡くなる前に使っていた部屋だという。可愛らしいものが好きだったのか、水晶が見たことのない不思議で可愛い動物のぬいぐるみが幾つか残されていた。ほこりも被っていない所を見ると、アンバーがきちんと掃除していたのだろう。テーブルとクローゼット、椅子が残されており、ベッドもふかふかの布団が敷かれている。


「ばあさんは、ここでは死ななかった。流行り病にかかって、入院していたんだ」

「……そうなんだ」


 アンバーは多くを語らなかったが、彼の祖母は病院で亡くなったのだろう。そう思い、水晶はそれ以上訊かなかった。

 その代わり、と水晶はアンバーに別の質問をする。仕入れた本を棚に入れながら、二人は言葉を交わした。


「アンバーは、お祖父さんたちと過ごすことが多かったの?」

「まあ、そうだな。ここは城下町とも近いし、色々便利だったからな」

「……え? じゃあ、この麓の町って」

「城下町って言い方も少し違うのかもしれないけど、みんなそう呼んでる。ここは王宮の傍、国王のお膝元のすぐ近くにある山の中腹。流行ってはいないけど、この店はずっと常連さんに支えられてきたんだ」

「……ということは、わたしってかなりぎりぎりの場所にいるってこと?」

「大丈夫って言っただろ? 気にするな」


 水晶が顔を青くすると、近くにいたアンバーが苦笑と共に頭を撫でる。

 七日程一緒に過ごし、水晶にはわかったことがある。十センチくらい背丈に違いがあるが、アンバーは背の低い水晶を少しからかっている節がある。妹のように扱っているというか、それに近いものがあるのだ。


(年齢訊いたら、二つ上の二十一歳だったもんな。歳の差を考えれば当然なのかもしれないけど……もやもやする)


 棚の高い所にも軽々と手を伸ばして重そうな古書を並べていくアンバーの姿に見惚れ、水晶は我に返ると慌てて手近な場所に本を入れていく。元々紙の本自体が好きな水晶は、この単調な作業を心から楽しんでいた。


 朝本を並べ、店内を掃除する。それらが終われば、開店の時間だ。

 店を開けて数時間は客が全く来ないことも少なくない。しかし数時間後、昼前頃になると二日に一度は顔を見せる客がいる。

 はたきで本のほこりを払っていた水晶は、とんっと自分の体に密着して来たものを見下ろし、顔をほころばせた。


「こんにちは、ミズキちゃん」

「こんにちは、ルーナちゃん。ガートさんも、いらっしゃいませ」

「お邪魔するわね、ミズキちゃん。アンバーくんも、元気そうね」

「お蔭様で」


 ルーナは、城下町に住む十二歳の女の子だ。白に近い灰色の髪をツインテールにして、ぴょこぴょこ跳ねるように歩く。水晶が店に立つようになったその日に本好きという縁で仲良くなり、祖母のガートにくっついて絵本を探しに店を訪れる。

 彼女の祖母ガートは、天然パーマの短い髪を上品に撫でつけた婦人だ。ルーナと同じ焦げ茶の瞳で、いつも少し難しい言い回しの本を好んで探している。

 今日もまた、ガートは店の奥の小難しい歴史書や論文の多いエリアへ進んで行く。対するルーナはといえば、出入り口近くの絵本や文字の大きな小説のコーナーで椅子に座り、気になった本を片っ端から読んでいる。

 常連客である彼女らの邪魔をしないよう、水晶はカウンターの奥側に腰掛けた。そして、昨日アンバーに手渡された古代文字で書かれた書籍に目を通す。傍には神の束を置き、一文字ずつこの世界の現代の文字に置き換えていく。

 最初は読むことが出来る程度だった水晶の言語理解力だが、数日後にアンバーから貰った文字を学習する幼児用のテキストで学ぶことに寄って飛躍的に上昇していた。


「こんなに読めるようになるとは……。やっぱり、水晶は特別なのかもしれないな」

「特別なんて、そんなことはないと思う。転移させた神様が、わたしを気の毒がって理解力を下さったのかもしれないしね」


 アンバーは褒めてくれるが、水晶にとって他言語理解はギフト以外の何物でもない。本来の彼女は、外国語を特に苦手科目とした学生だったから。

 とはいえ、褒められて嬉しくないはずがない。水晶自身は気付いていなかったが、アンバーに褒められると口元が自然と緩む。

 わずかにはにかむその表情を、アンバーがかわいいと思っているなどと、水晶は思いも寄らない。


「ねえ、ミズキちゃん」

「はい。何でしょう、ガートさん」


 水晶がカウンターの椅子に座って解読作業をしていた時、ガートが話しかけてきた。首を傾げる水晶に、ガートはある一冊の古びた本を差し出す。


「亡くなった夫の荷物を昨日改めて整理していたら、これを棚から見付けたの。解読、お願い出来るかしら?」

「はい、やってみます」


 水晶の異能は、国への報告をしていない。しかし常連客であるガートたちには、早々からばれてしまった。来客のない時間、古代文字のいろはを水晶から教わるアンバーの姿が、偶然来店した二人に見られたことがきっかけだ。

 ガートから本を受け取り、一週間をめどに報告することを約束した。

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