第4話 セイントゲーテと秘文字読解士

「セイントゲーテというこの世界には、伝説が語り継がれている。荒唐無稽すぎて信じる人は少ないが、嘘だという証拠もない。むしろ、それがあったという話が伝わっていることが多いくらいだ。その伝説とは、人々対神や精霊たちという図式での戦乱の記憶」

「戦乱……人と神様が敵対して戦争をしていたんですか?」

「そういうことだ。元々エーデルフォレストの地は精霊や神の住まう聖地で、人間の方が後でやって来た。勝手に住み始めた人間を嫌い、精霊たちは人間を排除するために神に助けを求め、応じた神と精霊が人を襲い、襲われた人々が反撃をすることで戦乱は大きく、世界中に広がったという」


 アンバーの語り口は、重々しい。その口調や低い声に伝説の内容の重さを感じ、水晶みずきは身震いする。そして同時に、住処を奪われた精霊たちの怒りは最もだと胸を痛めた。

 だからといって、それが人を殺めて良いという理由にはならない。それは人の側にも言えることだが。


「戦争……。その決着は?」

「ついた。戦争が始まって十年後、エーデルフォレスト初代国王となるフォレスタの指揮により、精霊たちは死滅させられたらしい。……フォレスタは悪い精霊たちをやっつけた英雄としてこの国では語り継がれているが、俺みたいに歴史を学び知ってい者からすれば、表の歴史でしかない」

「歴史とは、常に勝者が作り伝えるものですからね」

「そういうことだな」


 しんみりとした空気の中、ふと水晶は秘文字解読士が特別視される理由がまだ明かされていないことに気付く。それとこの世界の歴史とに、何か関係があるのだろうか。


「アンバーさん、その歴史と秘文字読解士とには、何か関係があるんですか?」

「ああ、ある」


 頷くと、アンバーは「もう少し聞いていてくれ」と笑った。


「秘文字読解士には、文字通り秘された文字……古代文字を解き明かす能力が備わっている。つまり、古代文字として残された記録の中には、先人たちの記録と共に精霊たち側から書かれた記録も含まれている可能性が高い。もしも精霊側の記録が世に出てそれが真実だと皆が知ったとして、どうなると思う?」

「……精霊側の記録は敗者の記録ですから、戦争の本質を書き残している可能性が高い?」

「そう。つまり、王国や世界にとって知られたくないものが解読されてしまうかも知れないんだ」


 アンバーの話は、水晶にとって良いことばかりではない。むしろ、不利な面が明るみになった。


「なら、わたしが本当に『秘文字読解士』だった場合……」

「高確率で、王宮の目の届く所に留め置かれる。そうでなければ、何の拍子に王国にとって不利な事実が世の中に発せられるかわからないからな」

「そんな……どうしよう」


 水晶は心底困ってしまった。

 異世界の人間であることは横に置くとしても、異能を得た者は検査をする義務がある。しかしその検査を受ければ、水晶が『秘文字読解士』だと王国側に知られてしまう。知られてしまえば、水晶は自由に動くことが困難になる可能性が高い。


(異世界に来るつもりなんてなかったのに……右も左もわからないまま、自由を制限されるの?)


 それは、耐え難いものだ。水晶は、アンバーと出会ったことでようやく薄らいでいた不安に押し潰されそうになる。

 感情が高ぶり静かに涙を目元にためる水晶に、アンバーは頬を掻きながら一つ提案をした。


「あんた、ここで俺の店の手伝いをしないか?」

「え……?」


 目を瞬かせる水晶に、アンバーは更に説明を加えてくれた。少し、耳が赤いのは気のせいか。


「だから、町に行かずにここにいろってことだよ。店には古代文字で書かれた文献がたくさんあって、俺自身内容を知りたいと思ってた。あんたが解読して今の言葉に直してくれれば、その中身を知ることが出来るだろ? それに、内容に問題がなければ、うちで本として取り扱うことも出来る」

「でも、検査は義務なんでしょ? しなかったら、アンバーさんが捕まったりしない?」

「その辺は、顔が利くから大丈夫。……どうだ?」


 自信ありげなアンバーに驚かされ、水晶は一時言葉を失う。しかし、彼が「大丈夫」と言うのならばきっと大丈夫。そんな、願いにも似た思いが沸き上がる。


(何も知らないまま囚われるより、ここでたくさんのことを知りたい。……向こうに戻れないのなら、古文書を読み解く技術を磨ける古書店で頑張ってみたい!)


 そして、水晶はアンバー自身にも興味を惹かれていた。王宮に顔が利くという彼は、一体何者なのだろうか。


(いずれ、訊いてみようかな)


 ここに住まわせてもらうならば、訊く機会もあるはずだ。そう思い、水晶はアンバーに向かって頭を下げた。


「宜しくお願いします、アンバーさん!」

「アンバー、で良いよ。俺も水晶って呼ばせてもらうから」

「──はい。……アンバー」

「今日から宜しくな、水晶」


 アンバーが差し出した右手は、ゴツゴツと骨張って固い。恐る恐る手を差し伸べた水晶のちいさな手を優しく力強く握り、アンバーは快活に微笑んだ。

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