第2話

「こ、ここは…??」


 岩戸の前に突然一人の人間が現れた。彼の名前は鈴木。30才独身。彼女無し、職無し、焦り無し。筋金入りの引きこもりである。


 彼はついさっきまで、自分の部屋で日課のゴロゴロをしていた。なので、突然見知らぬ場所に放り出されて困惑しきっている。


 思兼神オモイカネノカミはコホンと咳払いした。


「ここは高天原たかまのはら。神々の住まう神聖な場所。頼む鈴木。天岩戸あまのいわとから天照大神アマテラスオオミカミを引きずり出してほしい」


 鈴木は目をぱちくりさせた。


「無理です」


 知恵の神である思兼神オモイカネノカミは地団駄を踏んだ。


「すぐ無理とか言わない! いいからやってみるっ!」


 鈴木はそれでも動かない。伊達に長年引きこもっていない。


「他人に頼む前に自分でやるだけやってみたらどうですか!」


 思兼神オモイカネノカミは拳を震わせた。


「やったわ! めっちゃやったわ!」


 それから、思兼神オモイカネノカミは今までの苦労話を一気にまくし立てた。



 まずは、一回目の引きこもり事件について説明しなければならない。


 天照大神アマテラスオオミカミには須佐之男命スサノオノミコトという乱暴者の弟神がいた。最初のうちは、弟のしたことだからと、ある程度のいたずらも庇っていたのだが、ある日、あまりにも酷いいたずらがあり、さすがの天照大神アマテラスオオミカミもこれには怒った。


 怒って、そして、天岩戸あまのいわとに隠れてしまった。


 このとき、思兼神オモイカネノカミは内心思っていた。


(「なんで隠れる?」)


 怒って隠れるってどういうこと?

 それで何か解決するの?しないよね?

 じゃあなんで?

 どうして?

 なぜに?

 Why??


 そう思っていたが八百万の神々の前で言う勇気はなかった。だから黙って対処した。


 まずは岩戸の前に鶏を放ってみた。鶏が鳴きに鳴いて天照大神アマテラスオオミカミに呼びかけたが岩戸は開かなかった。


 そこで今度は天鈿女命アメノウズメノミコトに踊らせた。見事な舞いっぷりに八百万の神々も本来の目的を忘れて普通に大喜び。岩戸の前で始まった愉快な大宴会に、さすがの天照大神アマテラスオオミカミも気が気でなくなった。岩戸の隙間からひょっこり顔を出し「なんでこの私がいないってのに、みんな楽しそうにしてるわけ?」と不思議がっている。


 思兼神オモイカネノカミはここぞとばかりにうそぶいた。


「あなたより立派な神様が来てくださったんです。ほら、この人ですよ」


 そう言って八咫鏡やたのかがみをそっと前に出す。天照大神アマテラスオオミカミは鏡に写った自分の姿を噂の新しい神と勘違いし、もっとしっかり姿を見ようとして岩戸から体を出してしまった。


 ―こうして世界に光が戻ってきた―


 これが後世まで伝承される天岩戸神話「1」の全容である。



 そしてここからは、今起きている二回目の引きこもり事件についてだ。


 今回の引きこもりのきっかけは……正直分からない。気がついたらいつの間にか隠れていた。ちなみに、須佐之男命スサノオノミコト高天原たかまのはらから追放済のため今回は関係ない。


 とりあえず一回目と同じように鶏と宴を試してみた。しかし、どちらも効果は無かった。さすがは天照大神アマテラスオオミカミ。同じ手に二度も引っかかるうっかりさんではない。


 それでもなお、八百万の神々から注がれる「キミならできるよね」という期待の眼差しに、思兼神オモイカネノカミの胃がキリキリ痛みだす。始めこそ自分がどうにかしなくてはと真面目に思い悩んでいた思兼神オモイカネノカミだったが、次第になんだかイライラしてきた。


(「考えるのいっつもワシやんけ! 少しは自分らで考えろや!」)


 こうなってくると、怒りの矛先が天照大神アマテラスオオミカミに向かうのは必然だった。


(「元はといえばあいつが隠れるのが悪いんじゃ! 偉い神の自覚ないんか?! しかも二回目て…!!」)


 こうして、思兼神オモイカネノカミは先述の悪態をつきながら、なかばヤケクソで魔法円を描くことになったのである。



「だからって、呼び出すの俺じゃないでしょう」


 呆れ顔の鈴木に、思兼神オモイカネノカミは鼻を鳴らした。


「驕るなよ鈴木。お前の前にもたくさん呼んだ。お前は最後っ屁みたいなもんだ」


 シルクド○レイユ、劇団○季、○塚に、リ○のカーニバルなどなど…。エンターテインメント全部載せ。八百万の神々は満面の笑み。鳴り止まない指笛。抑えられないスタンディングオベーション。あの瞬間、世界最高峰のエンタメが確かにそこにはあった。


 それなのにだ。肝心の天照大神アマテラスオオミカミは出てこない。出てくる気配さえ感じられない。


 思兼神オモイカネノカミには全く理解できなかった。天照大神アマテラスオオミカミがそうまでして何が何でも引きこもる気持ちが。


 だから鈴木を呼び出した。


「そうは言っても、引きこもる理由なんて人それぞれですからね」

「なんでも良いから」

「そもそも、本当に引きこもってるんですかね?」


 思兼神オモイカネノカミは首を傾げた。


「どういう意味だ?」


 鈴木は少し迷ったあと、遠慮がちに言った。


「だって、気配も感じられないんですよね。てことは、もしかして、中で倒れてたりするんじゃないかなって…」


 思兼神オモイカネノカミは目を見開いた。


「その発想は無かった! だとすれば、まずいぞ…誰か、救急車を!」


 鈴木は無意識に自分のスマホを取り出した。


「俺、電話します…って繋がるわけないか…って、えっ?!」


 鈴木のスマホはビンビンにアンテナが立っていた。しかも隣には八百万ジーの文字。


 驚く鈴木を思兼神オモイカネノカミが鼻で笑う。


「人の世界ではまだ5Gだったな。こちらではすでに八百万ジーだ」

「ネット繋がるんですか」

「人の世界でも繋がるんだから当たり前だろう」

「それなら…もしかしたら…!」


 鈴木は思兼神オモイカネノカミに耳打ちした。

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