第68話

 エルクはルリにそう言うと、そのまま手を伸ばして自分の目の前にいるミスリルアーマーリザードの体皮を無造作に触った。


 エルクに体皮を触られたミスリルアーマーリザードは体を一瞬ピクリと反応させると、エルクとルリが立っている方をギョロリとした目をした顔で向いて来たが、そこに居る筈だったエルク達の姿を見つける事が出来ず、ミスリルアーマーリザードは首を大きく傾げてその場を去って行った。


「なあ、全く俺達が見えてなかっただろ」


「ええ、本当に見えていなかったわね。これなら、途中で魔物に見つかって戦闘をする事無く、無事にこの迷いの森の中心部まで行くことが出来そうね」


「そう言うこと。でも、俺と相手の力量が離れていれば離れている程、見破られる可能性が増すからな。例えば、俺とルリが敵だとしたら多分ルリは俺の姿を見破ることが出来るって事だ。俺とルリのレベル差はまあざっと三百位あるからな」


「そう言うことなのね。それじゃあ、この森の中心部にいる魔物が私レベルの者だったら見破られる可能性があると言うことね」


「そう言うこと。それじゃあ、先に進むか。行こうぜルリ」


 エルクとルリは会話をそこで区切ると、並んで迷いの森の中心部に向かって歩き出した。


 そして、エルクとルリは一時間と少し歩いて森の中心部に到達した。


「な、マジかよ。何だこいつ。ドラゴンか、何でこんな所にいるんだ。しかも、俺の神眼でも種族しかわからないし、でもこれでこの森に起きていた異変にも納得が出来るな。このドラゴン、ルリと同格か少し下位の強さを持つヒヒイロガネ級の魔物でしかも龍王種みたいだぞ。でも、こいつ、体中傷だらけじゃないか。一体何があったって言うんだ」


 エルクが気絶しているのか全く動かない龍王種の前でルリに鑑定でわかった情報を話していると、突然、エルクの後ろからいきなり野太い声で話しかけられた。


『我の傍で話をしているのはどこのどいつじゃ。我は、同族との争いで深手を負っているのだ。そんな重病人の直ぐ傍で結構な大きい声で話などするでない。ただでさえ体中が痛いのに頭まで痛くなって来たではないか。どうしてくれるのだ』


「何だお前、起きていたのか。てか、俺達の姿が見えているのか、やっぱり俺よりレベルが随分と高いみたいだな。……そうだな。お詫びと言う訳ではないが、お前、見たところ鼻の先に縦に並んでいる立派な二つの角は両方とも半ばあたりでぽっきり折れてるし、大きくてかっこいい翼は片方は千切れて無くなっているし、もう片方は穴だらけで、お前の体、ボロボロだから俺がお前のその体治してやるよ。傷跡一つ残さず綺麗にな」


『む、……うむ、良かろう。貴様が見事この我を治す事が出来たあかつきには何か褒美をやろう。と言っても今は貴様にくれてやれる物がない故に少し時間をもらうことになるがな』


 目の前にいる龍王種の話を聞いて怪訝に思ったエルクが顔を少しゆがめると、龍王種はエルクの顔の変化を見逃さず、またエルクに話しかけた。


『何心配するな。龍族は約束をたがえる事は決してない。しかし、もし我の治療に失敗したら貴様をこの場で食い殺す故、心して治療にあたるがよい』


「ああ、肝に銘じるよ。でも、お前が俺に危害を加える事は何にしても出来ないと思うけどな」


 エルクが目の前の龍王種にそう言うと、エルクの隣で今まで大人しくしていたルリから急に途方もない魔力波が感じられた。


『うぬぬ、な、何じゃ。この途方もない魔力の波動は、貴様、その者はいったい何者なのだ。明らかに我よりも高位の存在ではないか。この様な者、人間では到底あり得ぬ。お主何者じゃ』


 目の前の龍王種がルリの事を見ながらエルクに切羽詰まった感じで問いかけた。


「あなた、さっきから黙って聞いていれば、偉そうにべらべらと喋って、あなた、一体何様のつもりなのよ。私のエルクにこれ以上偉そうな態度を取らないでもらえるかしら」


 ルリは目の前の龍王種にそう言いながら自分の体を人間形態からフェンリル形態へと変化させて、「じゃないと今ここでうっかりあなたを食い殺してしまうじゃない。後でエルクに怒られたらどうしてくれるのかしら」と言って、龍王種を威圧していた。


『な、フェンリル様だと。何故聖獣のフェンリル様が矮小な人間などと一緒にいるのだ』


 龍王種はエルクと聖獣のルリが、なぜ一緒にいるのか理解できずにその場でブツブツと独り言を呟いていた。


「な、なあ、取り敢えず、治療を始めていいか」


『む、うむ、そうだな。よろしく頼む。それと我の名はグースである。覚えておくとよい』


「ああ、一応覚えておくよ。じゃあ始めるぞ」


 そして、エルクは龍王種であるグースの治療を開始した。




 



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