おツルさん

鈴木すず

おツルさん

ある山奥に、タケルさんと桃子さんの夫婦が暮らしていました。若くてよく働いた頃もありましたが、二人とも、もうおじいさんとおばあさんです。二人には子供はおらず、質素ながらも幸せな生活を送っていました。


ある日、タケルさんは、一羽の鶴が罠にかかっているのを見つけました。慌てて罠を外してあげると、鶴は飛び上がり、タケルさんの上空をくるくる回り、

「カウ、カウ。」

と、感謝の鳴き声をあげて飛び去って行きました。


その日は雪のよく降る日でした。夜になり、タケルさんと桃子さんが家で暖を取っていると、扉を叩く音がしました。桃子さんが扉を開けると、若い娘さんが立っていました。

「私は、昼間にこの山に登り、降りようとしましたが、雪が深く立ち往生してしまいました。もしよければ、私を一晩泊めていただけないでしょうか。」

「もちろんじゃよ。こんなに雪をかぶって、震えてしまって。名前は何て言うのかね。」

「ツルと言います。」

「おツルさん、身体をこのタオルで拭いて、囲炉裏で暖まりなさい。」

「ありがとうございます。」


次の日の朝、娘さんが、タケルさんと桃子さんに、

「実は、私には身寄りがいないのです。私をここに置いてもらってもいいでしょうか。」

と、お願いしました。二人は、

「もちろんじゃよ。孫娘のようでとても嬉しいわい。」

と、とても喜びました。

「ただ、家にはそんなにお金がなくて、家族が一人増えた分、おツルさんにも働いてもらわないと、生活していくお金が足りないんじゃ。何か、出来ることはあるかね。」

と、申し訳なさそうにタケルさんが言いました。


「機を織ることが出来ます。今から機を織りますので、完成するまで、部屋を覗かないでくださいね。」

「まだ朝ごはんも食べていないじゃないか。そんなに焦らずに、まずは朝ごはんをお食べ。」

桃子さんの声も聞かず、娘さんは機織り機のある部屋に入って行きました。


お昼になっても、娘さんは部屋を出てきません。タケルさんと桃子さんは、とても心配になりました。桃子さんは、様子を見に行くことにしました。

「おツルさんや、おにぎりをお食べ。お腹が空いたでしょう。」

すると、鶴が、自分の羽を引き抜いて、機を織っていました。

桃子さんは、たいそう驚きました。

「おじいさんや。こっちにおいでなさい。」

タケルさんが、大声で呼ばれ、慌ててやってきました。

「私が織った布を街で売って、そのお金で暮らして欲しいと思いましたが、姿を見られてしまいましたので、私はお別れしないといけませんね。」

鶴が窓から飛び立とうとすると、タケルさんが、

「私達には、お金なんてそんなに大事なものではないんだよ。それより、おツルさんがうちに来てくれたことが、一番の恩返しだよ。家族が一人増えたようで、とても嬉しかったんじゃ。もし、おツルさんが迷惑でなければ、これからも一緒にいてくれないかのう。働いて欲しいとは言ったけれど、自分の羽を抜くなんて、そんな自分で自分を傷つけるようなことはしてはいけないよ。」

「え…。」

「それに、元はと言えば、わしらが悪いんじゃよ。あの鶴のかかっていた罠を置いたのは、わしらなんじゃ。」

鶴は、とてもびっくりしました。

「うちの庭の畑に、最近、害獣が出るようになって、物騒だから罠をかけていたんじゃ。」

「…。」

「わしが、おツルさんに働いて欲しいと言ったけれど、他の働き方を、一緒に見つけていこう。」

鶴は、自分が畑の穀物を食べていたことを、どうしてもタケルさんと桃子さんに言えませんでした。その分、しっかり働いて、二人を支えようと、心に誓いました。


おツルさんは、桃子さんと一緒にお裁縫をしたり、タケルさんと一緒に魚を捕まえたりするようになりました。初めてのお裁縫でしたが、少しずつ要領を得てきて、あっという間に上手になりました。魚を捕まえるときは、鶴の姿で捕まえました。おツルさんは上手に魚を捕りました。そうして、三人でも、なんとかつつましく暮らしていけるようになりました。


ある日、家の扉を叩く音がしたので、タケルさんが扉を開けると、二羽の鶴が立っていました。二羽の鶴はその場で、それぞれ、男の人と女の人に姿を変えました。

「いつも、家の娘がお世話になっております。私達と娘が大喧嘩をしてしまい、娘が家出をしてから、ずっと娘を探していました。昨日、川であなたと魚を捕まえている娘を見つけて、こっそりついていったら、この家に行き当たりました。娘とお話しさせていただいてもよろしいでしょうか。」

「そうだったんですね。わしらは、『身寄りがない』と言われて信じ込んでしまったけれど、もしかしたら、一緒にいたかったから、そうあって欲しいと思っていたのかもしれん。本当にすまなかったのう。今、おツルさん、いや、娘さんを呼んで来ますね。」

「おツルさん、お父さんとお母さんじゃよ。」

おツルさんは、鶴に姿を変えて、慌てて窓から飛び去って行きました。おツルさんのお父さんとお母さんも、鶴の姿に戻って、追いかけて飛んで行きました。


それから、山奥の小さな家は、桃子さんとタケルさんの二人暮らしに戻りました。二人はよく、おツルさんの話をします。

「ちゃんと仲直り出来ているといいね。」

と話します。そして、最後には、

「本当に『おツルさん』は存在したのかね。」

というところまで話して、二人でお茶をすすります。


二人の中に、「おツルさん」は、不思議な物語としてずっと残っていきます。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

おツルさん 鈴木すず @suzu_suzuki

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

同じコレクションの次の小説